▼102▲ 連載を抱えた漫画家の窮状
グレタがひたすら丸太を掌で突いては身をかわす修行に励んでいる間、エイジン先生はほとんど何もアドバイスをしなかった。
エイジンがうるさい位にアドバイスするのは、グレタが休憩している時で、
「何度も言うが、復讐は割に合わない。時間を巻き戻せない以上、復讐の成否に関係なく、過去に起こってしまった事件は何一つ変える事は出来ないからだ」
そのアドバイスの内容とは、もちろん「復讐を諦める事」だけである。
アドバイスというより、修行の妨害に近い。
「分かってるわよ、そんな事」
エイジンの方に顔を向けようともせず、吊り下げられた巨大丸太が微かに揺れているのを眺めながら答えるグレタ。
かなりの美人ではあるがその面立ちには険があり、どこかとっつきにくい感じを与える文字通りの悪役令嬢であったが、その見ている先にあるものが世にも間抜けな修行装置であるせいか、体を張ったお笑い番組にうっかり出演してしまった大物女優の如き間抜け感が甚だしい。
「今日を入れて後五日で修行を終わらせる事に無理があるのは、修行をしている本人が一番分かっているはずだ。修行を活かしたいのなら、もっと先に期日を延ばし、余裕を持って技の完成を目指すべきだろう」
そんな間抜け感漂うグレタに、もっともらしい顔でアドバイスするエイジン先生まで加わると、傍目には誰も突っ込む者がいないボケとボケのシュールなコント状態である。
「正直、無理を感じている事は認めるわ。でもこれは全部、一ヶ月で古武術の奥義が会得出来る様に、エイジンが計画した事でしょう」
「君も格闘に関わる者なら、技の習得が『これだけ日数を掛ければ、これだけ出来る』という単純なものでない事も承知しているだろう。最初に大まかな目安を決めるのはいいとして、その後はその時その時の状況に合わせて、柔軟に対応するものだ」
「締切に間に合わない漫画家の言い訳みたいね」
「状況は似ていない事もない」
「その状況で逃げるのは、プロ失格じゃなくて?」
「逃げるのではない。よりよい作品に仕上げる為、取材に行ったのだ」
「『作者取材のため休載させて頂きます』って事ね」
「ああ、実際には取材してない事も多いが」
「下書き状態で本誌に掲載して、単行本で完成させたり」
「単行本の方が収入が多いからな」
「途中で打ち切られて、他誌で連載を再開したり」
「きっと作者が編集とトラブルを起こしたんだろう」
エイジンと一しきり関係ない話題に花を咲かせた後で、グレタは間抜けな丸太修行に戻って行った。