▼101▲ 幸せを呼ぶ飛脚の赤い尻
「もう勝手にしてください、としか言いようがないんですが」
その日も修行場に向かう途中、エイジンの抱き枕になる事を志願したイングリッドが逆にエイジンを抱き枕にするというエロ話を聞かされたアランは、顔を赤らめつつも投げやりに言う。
「断っておくが、俺の方からはイングリッドに手を出してないからな。手を出すとややこしい事になりかねないし。あの痴女メイドは自分がセクハラする分には大胆だが、いざ自分がセクハラされる側に回ると急に怖気づくタイプだ。俺が前にうっかり胸を揉んだ時も変な声を――」
「はい、そういう話はもういいです。残された時間も少ないんですから、真面目にやってください」
「俺は至って真面目にやってるぞ。そもそもこの世界自体がふざけてるんだ」
「そんなに変ですか?」
「この世界の人間は気付けない様になっているのかもしれないが、極めて変だ。男を取り合ってガチで格闘する令嬢って、一体何なんだよ」
色々と不満を言いたそうなエイジンであったが、いざ修行場に着き、その「男を取り合ってガチで格闘する令嬢」グレタの前に出ると、
「今日から掌で丸太を打つ修行に入る。手を保護する為、軍手をはめて打て。最初は丸太に触れさえすればいい」
と、そんな不満はおくびにも出さず、いつもの物々しい雰囲気を漂わせて大雑把な指示を申し渡した。
そして、グレタはこの大雑把な指示に従い、向かってくる丸太に掌を打ち込んでは軌道の外に逃げる動作をひたすら繰り返す。
その様子を見ていたエイジンはアランに、
「昔、俺のいた世界で、『とある運送会社のトラックに描かれている男の尻を、そのトラックが走行中に触ると幸せになれる』、という迷惑かつ危険な都市伝説が流行った事があったんだが、今のグレタ嬢の動作を見てると、ついそれを思い出す」
と懐かしそうに言い、
「エイジン先生のいた世界も、かなり変だと思いますが」
訳が分からないといった表情のアランに呆れられた。