▼100▲ クリスマスと抱き枕
その日も就寝の時間となり、照明をナイトランプに切り替えてから上半身裸になって、さも当然の様に自分のベッドにもぐり込んで来るイングリッドに対し、
「あんたは下の布団だ。それと脱ぐな」
無駄だと分かっていても、一応抗議を試みるが、
「今晩もお互いに胸襟を開いて、大いに語り明かしましょう、エイジン先生」
「あんたが一方的に開いてるだけなんだが。しかも開き過ぎ」
結局なしくずしに侵入を許してしまうエイジン。
「等身大の美少女の絵が描かれた抱き枕カバーは、エイジン先生の祖国が誇る文化と伺いましたが」
「胸襟を開いて大いに語り明かすテーマがそれかよ。誇ると言うよりネタ扱いだ。少なくとも俺には縁がない」
「今の状況の私は、エイジン先生にとってリアル美少女抱き枕カバーと言えるのではないでしょうか」
「それはただの人間だ。『美少女』と言うには年齢がどうのこうのという話は置いておいて」
「女性に年齢の話はタブーです」
「あんたはまだ若いだろ。タブーってのはもっと人生経験を積まれたご婦人に対してだ。二十代に入りたての女が気にする事じゃない。ただ『少女』はないと思うが」
「デリカシーのない発言は、顰蹙を買いますよ」
「上半身裸で若い男の寝床にもぐり込んで来る痴女に、デリカシーについて説教されたくないんだが」
「話を美少女抱き枕に戻すと」
「戻さなくていいから」
「クリスマスの夜を一人寂しく過ごす独身男性は、美少女抱き枕を恋人に見立てる風習があるとか」
「ねえよ、そんな奇習」
「クリスマスケーキの前に座らせた写真を撮ってネット上にアップするそうですね」
「ああ、アレか。抱き枕じゃなくて、パソコンのディスプレイ画面に、『嫁』と称する自分の好きなヒロインを映し出してやっている画像はよく見るけど」
「自分の話を他人の話として語るのは、よくある事です」
「俺はやってないからな。そもそもクリスマスにその手の思い入れがない」
「幸せそうにイチャつくバカップルを見て、刃物を振り回したくならないのですか?」
「ならない。それは通り魔の発想だ」
「実際に刃物を振り回す振り回さないという問題ではなく、自分が望んでも得られない幸せを公然と見せ付けられる事に、嫉妬から来るやり場のない怒りを覚えませんか、という意味ですが」
「そいつらの幸福と俺の不幸に確たる因果関係がなければ、何の感情も湧かん」
「達観してますね」
「基本、俺は自分の利害に関係ない事には関心がないんだ」
「言い換えれば、自分さえよければどうでもいいのですね」
イングリッドの容赦ない一言に、
「そんな所だな」
気を悪くした様子もなく、あっさりと答えるエイジン。
「そんな寂しいエイジン先生の為に、今晩は私が美少女抱き枕となって差し上げます。さ、どうぞ」
「普通、生身の女の代わりが美少女抱き枕なんだが、美少女抱き枕の代わりにされる生身の女ってみじめじゃないのか?」
そんなしょうもない話をしつつ、どちらからともなく寝落ちする二人。
そして翌朝、案の定、イングリッドに抱き枕にされた状態でエイジンが目覚め、
「抱き付いてくる抱き枕ってのも、結構ホラーだな」
割と怖い事を呟いた。