電脳隔絶世界 ハルカゼ Ⅱ
2完全情報現実ホムンクルス ビジター Ⅰ
「よろしい。それでは、君に最後の試練を与えよう。」
どこからともなくその声は響いてきた。声の主を探すがしかし見つけることはできなかった。
ふと空を見上げる。空は青かった。雲は浮かんで遊ぶように、のんびりと空を泳いでいる。雲を力強く押し続ける風は、しかし草花を優しくなでている。一歩足を踏み出せば返事を返すように、地面は足音で答える。日差しは暖かく、それでいて不快感を与えずに体温を温めてくれる。落ち着いて息を吸えばまるで自分自身を洗うようなそんな心地よさを肌で感じた。
剣を構える。
およそ1mの剣を穏やかな世界の中で構える。刀身は穏やかな日差しを受け止め吸い込む。深い深い海のような藍色の刀身。二本に枝分かれたエッジは自分の右手の方向に伸びている。この穏やかな環境に全く適さない剣。優しい風は自分の少し焦がしたような茶色のコートをはためかせる。
カタカタカタと、不意に正面から不規則な音が聞こえた。その音の主は知っている。いくつか超えてきた試練のおかげで今目の前にいる物が敵ということがわかる。
目の前にいる標的の名はダミー・コマンダー。コマンダーもまた、一本の剣を持っている。コマンダーは確かにそこに存在しているが、自分とは全く異なる存在データから1から作られた電脳兵器である。前面の頭部には液晶が装着され、そこに赤い光が一つ灯っている。主に戦闘面で投入される兵器。その外装は鎧に包まれている。
自分と相手の距離は約10m、たどり着くまでに普通なら2秒ほど必要とする距離だ。視線のフォーカスをコマンダーに合わせる。
「――――――――ゥ」
一つ、深く息を吸った。取り込んだ空気が、酸素が口から気管を伝って頭に、脳に染み込んでいく。染み込んでいく酸素はおよそ一秒前まで考えていた思考の全てを真っ白に塗りつぶす。真っ白に塗りつぶされたイメージの世界で一枚の白紙の頁を連想させる。
視線を上げコマンダーを捉える。瞬間胸にほんの僅かに炎が灯る。灯った炎が瞬く間にしてイメージの頁を燃やして闘志へと変える。全身に闘志が満ちていく。自信のコンディションを、バイタルを限界まで高めていく。自分の中に存在する集中力のメーターが振りきれる。
――――その瞬間大地を踏み抜く。
剣を大きく左に振りかぶり斬りかかる。
「――ッッッシ!」
藍色の閃光は兜に守られたコマンダーの首を容赦なく落とそうと唸る。が、コマンダーの持つ剣がそれを阻む。凄まじい金属音が響く。それに構わず相手の剣に触れていた自身の剣を離す。間髪入れずに斬る。しかし次の斬撃も、そしてさらに繰り出し続けた斬撃も阻まれる。
1・2・3・4・5・6・789!
連続で放ち続ける斬撃も全て弾かれてしまう。だが剣戟の速度はまだこの程度ではない。まだここからだ。
「っぁあああ!」
相手の剣を大きく下から弾き上げる。がら空きの懐。しかしただ弾き上げただけで相手の体制は崩せていない。こちらの剣も大きく振り上げられている。おそらくこちらの攻撃は相手の懐に届く前にコマンダーの剣で防がれるだろう。一手が足りない。いや。工程が一つ多いから行けないんだ。
――― 過程・(ス)破棄
ザンッ。鋭い音が通り過ぎた。間に合うはずのない一撃。しかし現実としてコマンダーの懐には大きく、斬撃による損傷が存在した。まるで一つの動作過程を破棄したような所業。不可能なタイミングを突いた一撃がコマンダーに痛打を与えた。しかしコマンダーは物ともせずぐるりとこちらを振り向き頭部の液晶部に光が点滅する。
「クリーンヒットの、発生、を、確認いた、しました。これ、より第二フェー、ズ、に、移行いたします。」
機械的に抑揚の外れた音声がこちらに届く。その音声がこちらに届くよりも早く互いに接近する。今まで一方的に攻撃を受けてきたコマンダーがついに剣を振りかぶる。その瞬間俺はイメージを明確にさせる。勝つためのビジョン。そしてそこに至るまでに不必要な過程を破棄して結果を現実に重ねる。
「――ッッシ!」
一瞬の閃光。再び俺の放った斬撃が右へ振り抜かれる。大きく振りかぶられたコマンダーの剣はしかして振り下ろされることはなく、攻勢に初めて移ったコマンダーは呆気なくその場に崩れ落ちた。倒れたダミー・コマンダーは動くことは無く、全面の頭部に灯っていた光は明滅を繰り返しながらやがて完全に消滅した。
「・・・っく!」
敵の消滅を確認した途端に、体に疲労感が一気に襲い掛かる。特に肺への負担がひどい。急激な疲労感を感じた肺が慌てて酸素を求めたのだろうか。大量に侵入してきた酸素に、一瞬やかれたのではないかと錯覚してしまうほどのものだった。
「おや?たった一瞬の全快戦闘でそのざまかね?」
再びどこからともなく声が響いてきた。言い回しもそうだが彼の声は前からどうも癇に障る。特に消耗した頭には普段より余計に来るものがあった。
「どうした?折角最後の試練を超えたというのだ。もう少し喜んだらどうだ?」
「うるさい。こんなことで別にうれしいとは思えないだけだ。」
上がっていた息を整えようとしながら声の主に応える。しかし声の主との応答はそこまでだった。
「・・・・ぁっは!」
器官を焦がす酸素と共にタンがせりあがってくる。まずい。倒れる。くそ。あんな短い戦闘でこのざまか。俺のこの状態をどこかのモニター越しに見ているであろう部屋の声の主は今どんな顔をしてるだろうか。おそらく情けない子の姿を見て笑っている気がした。
だが俺をあざ笑うような声は投げかけられることは無かった。そして俺の限界も来る。ついに視界がホワイトアウトを始めた。
意識が落ちる。その瞬間部屋の声は言った。
「おめでとう。君の勝利をもって、我々と一緒に戦う権利を認めるとしよう。ようこそ少年よ、我々ビジターの新たなる同胞よ。精々、多くを殺したまえ。」
物騒な言葉がこちらに投げかけられ、そこでの記憶は途切れた。




