1話 辰美の親友
何もない2人だけのしょうもない会話、それが2人にとって至福の時間であった。下校中はいつものようにくだらないギャグや他人の面白いミスで笑いあうのだ。
平日も休日もいつもジャージ姿で案外静かな少年の名前は焔 辰美、そして隣にいるのが大岸 志恩、辰美の親友だった。
辰美と志恩は小学生の頃、チャンバラごっこという刀のおもちゃでただしばき合う遊びの天才だった。特に辰美はジャージ姿で相手の子供に手も足も出させないほど強かったので、ジャージ侍というあだ名がついた。
今は部活があって忙しいので出来ない(部活がなくてもきっとやらない)が、たまに2人で思い出すのだ。あの時はバカなことしていたな、と。
「じゃあな、辰美。また明日。」
「ああ、また明日。」
仲はいいのに別れはサッパリしている。2人ともベタベタし過ぎるのは嫌いだったからだ。
辰美は川沿いの道を歩いていった。この川は思い出がある。志恩と初めてこの川で会い、辰美の人生は変わった。
小学生の頃、辰美はずっといじめられてた。対して志恩はクラスの中では人気者で心優しい少年だった。心の中で辰美のことは気にしているものの、辰美を助けることはクラスの男子の大半を敵に回すことだと思い、中々辰美を助けることが出来なかった。
ある日の夕方、クラスの男子のボールが川に落ちてしまい、ボールを取りに行ったら友達になってやる、と辰美に無理矢理川にボールを取りに行かそうとする光景を見て、本当に助けに行こうか迷ったがここでも心配性の性格がでてしまい、助けに行こうとはしなかった。
しかし、辰美は本気で川にボールを取りに行った。辰美はいつも1人で少しでも友達が欲しかったからだ。
ボールが落ちてしまったのは川が丁度深くなっているところで、泳ぎがあまり上手くない辰美は当然溺れてしまった。
クラスの奴らは唖然としていた。そんな彼らを見て志恩は叫んだ。
「何をやっているんだお前達は!」
これが辰美のために発した第一声である。クラスの奴らは鬼のような形相をした志恩を見て怖気づいてしまい逃げ出してしまった。一瞬辰美と目が合った。
志恩は大人の助けを求めるために川から背を向けた瞬間、後ろから今にも沈みそうな辰美の声が聞こえた。
「た、助けて!」
その声を聞いた瞬間、自然と体が動いた。志恩は川に向かって全速力で走り出していた。心優しい志恩が心配性の志恩を黙らせ、辰美が溺れている川に飛び込んだ。泳ぎが上手い志恩はあっという間に辰美の服をつかみ、川から助けてやった。
辰美はたらふく飲んだ水をゲェーゲェー吐き出している。そんな彼を見ながら志恩は言った。
「な、なんで川に飛び込んだんだよ。お前は泳ぎが上手くないって自分でもわかってるだろ?」
「だって友達が欲しかったから…」
辰美の弱った声での返答に志恩は心を締め付けられた。
自分はなんてちっぽけなんだろう、周りには友達をつくるために必死な奴がいるのに助けようとしなかったなんて、そう思った。そして決心した。クラスの皆から嫌われてもいい、今は辰美を助けたいと。志恩は優しい声で言った。
「じゃあさ、俺たち友達になろうぜ。泳ぎだっておしえてやる。友達だって紹介してやるさ」
辰美は目を輝かせて、いいの?と答えた。
「もちろんだ!」
それから辰美は少しずつ変わっていった。新しい友達も増え、泳ぎだって上達した。辰美をいじめていた連中は逆にいじめられていったが、辰美はそれをとめた。辰美にはいじめられていた人の寂しさを知っているからだ。そんな訳で辰美は志恩と同じくらい人気者になった。辰美は志恩に感謝した。
川を見ていると携帯が川の近くに落ちていて今にも流されそうなのを発見した。
辰美はその携帯を拾い、持ち主に返すために川に近づき携帯を拾った。携帯にはパスワードが入っておらず、持ち主の名前を調べようとしたらいきなりメールを開いてしまった。スマホを持っている人間にはガラケーの使い方などわからないのだ、と辰美は自分で言い訳した。
メールの一番上を選択した。すると変なメールの内容だった。
「私
は
君
の
後
ろ
い
る」
なんか、背中がヒヤッとした。妙に寒気がする。後ろを振り向くと誰もいない。良かった、と前に向き直った瞬間、自分の背中を誰かが押した。辰美は川に落ちた。
今日の川の流れはとびきり速く、泳ぎが上手くなった辰美でもあっという間に流された。
お、溺れる!、辰美は必死にもがいたが溺れてしまった。そしてそんなこと構わずドンドン川は辰美を流していく。
父さん、母さん、志恩、ごめん…、辰美はもがくのをやめ、そのまま流されていった。辰美か力強く握りしめていた携帯は流されたのか辰美の手からは消えていた。