表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

6.さらばライトノベルの光

 ゆらゆらと身体が揺れる。

 それはハンモックのように心地のよいものでは決してなくて。

 非力な者に、懸命に運ばれているような感覚。

 でも、そこには確かに、人の温もりを感じられて。





 そこで俺は、うっすらと目を覚ました。


 前に広がるのは、廊下だ。

 学校の廊下をゆっくりと進んでいる。

 俺の足は動いていないのに。

 誰かに肩を担がれ、ズルズルと引きずられている。


「起きたんなら、少しは自分で歩きなさいよ」


 顔の側から声が聞こえた。

 聞き覚えのある、どこか懐かしい、女子の声。


「あー……いいじゃん。もうちょっと寝かせて」

「はぁ? なに調子乗ってんのよ」


 深紅の髪を揺らす彼女に、コツンと頭突きされてしまった。

 それに俺は、思わず笑ってしまう。


「……久しぶり、こがね会長」

「久しぶりね。受験前に解散して以来かしら?」


 どうやら彼女的にも、優等生モードでの再会はノーカンのつもりらしい。

 口調もすっかり崩れて、3-4教室での面影はまったくない。

 あの頃と同じだ。


「で、これは一体どういう状況なんだ?」

「途中であんたが気絶したから運んであげてるの。感謝なさいよ」

「……えーと、何があったんだっけ?」

「覚えてないの?」

「こがねの悲鳴聞いて、助けようとして返り討ちにあってから先はまったく」

「しっかりと覚えてるじゃない」


 呆れたようにため息をつくこがね。

 ばつが悪そうに顔を伏せている。自分が泣きわめく姿を見られたのが、相当恥ずかしかったのだろうか。


「……みっともない姿を見せたわね」

「それはお互いさまだろ。俺なんて自分のゲロに顔突っ込んで気絶したんだぞ?」

「うんまあ、確かにアレよりはマシだけど」

「……おい、せっかく励ましたのにカウンターで返すんじゃねえ」


 軽口を叩きつつ、さりげなく自分の顔に触れてみる。

 吐瀉物はついていなかった。

 前髪の先が少し湿っている。あのあと濡れタオルか何かで、彼女が顔を拭いてくれたのだろう。

 ……ちょっと迷惑をかけてしまったな。


「……ありがとな、助けてくれて」

「お礼を言うのはこっちよ。……あと謝罪もさせて。教室でのこと、本当にごめん……」

「こがねは悪くねえし、いいよ。てかそれよりあの三人は? ……まさか、おまえ」

「大丈夫、襲われてないわ。あんたが気を引いてくれたおがけで撃退できた」

「撃退って、どうやって?」

「コレよ」

 

 そう言って、彼女は得意気にあるものを取り出した。

 それは手に収まるサイズの真っ黒な楕円体で、上端にはピンが刺さった、

 

「しゅ、手榴弾!?」

「そう。このピンを抜くと、爆発的な音で相手を牽制できるの」

「……型の防犯ブザーか」


 なんか驚いて損した気分だ。

 というか、せめてそこは何かしら魔術的な方法であって欲しかった。

 ただの個人的願望だけど。


「音を鳴らしたときの奴ら、マヌケだったわ。誰も来るわけないのに、大慌てで退散して……っツ!」

「お、おい大丈夫か?」


 突然こがねは足を止め、苦悶の表情を見せた。

 さっきから息も上がっている。殴られたのは俺だけじゃないし、そのあと俺を担いで逃げたのだから当然か。


 ひとまず廊下の隅に移動し、並んで床に腰を下ろす。

 少しだけ、彼女の表情に安堵の色が戻った。


「……ごめんね。ちょっとだけここで休ませて」

「ちょっとと言わず、気がすむまで休もうぜ」


 どうせもう校舎には誰もいない。

 下校していないのは俺達だけなのだから。



 時計の音すら聞こえない、静寂な時間が過ぎていく。

 その中で、俺はあることを思い出した。

 彼女にまだ、もう一つのお礼を言っていない。


「その……ありがとな、俺の味方になってくれて。あんなに熱のこもったこがねは初めて見たよ。……正直、うれしかった」

「別に、本心を言っただけよ。あんたを尊敬しているのは本当だし」


 淡々と語る口調とは裏腹に、彼女の頬は赤かった。

 多分鏡を見たら、俺も似たような表情だったと思う。


「人様に迷惑をかけるのは褒められたことじゃないけどね。でも、自分に正直に行動したり、好きなことを貫けるって凄いと思う。……簡単にできることじゃないよ」

「……そいつはどうも」

「だから一つだけ言わせて」


 そんな前置きのあと、彼女は俺の顔をジッと見つめて、

 真剣な表情で告げる。


「はじめは、今でもラノベの世界が存在すると思ってる? 魔法とか、異世界とか。高校の間、ずっと主人公になりたいって言ってたけど……それは今でも、本当になれると思ってる?」

「…………」

「……迷ってる、って表情ね。別にそこはいいのよ。高校卒業したら夢を諦める、なんて言ってたから、どう思ってるのか聞きたかっただけ」


「でもね」と、こがねは口調を強めて、続ける。


「もし、今でも魔法や異世界は『ある』と信じているなら……()()()()()()()()()()()()夢を諦めたりはしないで」

「…………それって」

「もちろん、『ない』と思い至ったのなら、諦めるのも立派な選択肢の一つよ。そこのところ、ハッキリさせて欲しいの」


 こがねの言葉が、俺の心に重くのしかかる。

 とっさに考えがまとまらない。

 だから俺は、頭に浮かんだ答えを、そのまま口にした。


「……大学生になったら、もうラノベの主人公になんて」

「大学生だからなんだって言うの?」

「……そのあと社会人になって、おっさんになって、定年になって……。なりたかった主人公からはどんどん離れて」

「だから、おっさんやじいさんだとラノベの主人公になれないだなんて、誰が決めたのよ?」

「……何言ってんだおまえは?」


 転生ものならまだしも、ただのおっさんがおっさんの姿のまま活躍するファンタジー作品なんて、見たことも聞いたこともない。

 ライトノベルのジャンルとしては、ナンセンスだ。


「おっさんがラノベの主人公になれないなんて、当たり前だろ。もうそんな無謀な夢を見る年じゃない。もっと現実を見ないと」

()()()()()()()()()()()()()、と心のどこかで思うのなら、その通りね」

「………………あ」


 その一言に、俺はハッとした。


 俺は本気でラノベ展開を求めていた。全力で夢を追い続けていた。

 そこだけは、今でも胸を張って誇ることができる。

 だけど……心の隅では、どこかファンタジー世界の存在に懐疑的だった気がする。

 どうせ叶わない夢だって思いながら、いつからか俺は、ただ現実逃避のために形だけの夢を語っていた。

 それを思い出させられたからだ。

 

「私はね、この世界に魔術はあるって本気で信じてるよ。だからそれを手にするまでは、おばさんになろうが諦めるつもりは微塵もない。だって()()()()()()()()()()()、年なんて関係ないもん」

「…………」

「よく巷に『人生という物語の主人公は自分だ』なんてクッサイ言葉あるけどさ。それも悪くないんじゃない? おっさんになってからファンタジーの力に目覚めたのなら、上等よ。それがあんたを主人公にした、どんな作家にも書けなかったライトノベルなんだから」


 こがねは頭を壁に預けて、笑った。

 もう彼女の息は上がっていない。

 ただ前を向いて、自分の気持ちを確かめるように口にする。


「私ね、大学行ったらまたオカ研立ち上げようと思うの。お遊びのサークルとは違う、本気の本気で超常現象を探る集まり。魔術の研究したり、心霊スポットを調べたり、異世界へ行く方法を探ったりね。高校より自由度も広がるし、今から楽しみだわ」

「……ちなみにその髪は?」

「もちろんこのままよ。もう隠したりなんかしない。いくら周りに嗤われても、〝偽りの私しか認めない友達〟なんかいらないもの」


 未来を語るこがねの表情は、輝いていた。

 それは、今までオカ研の活動中にも見たことがないほど、すっきりしていて。

 

 不意に彼女は、「ところで」とこちらに視線を向けた。


「はじめの進学先って、どこだっけ?」

「能円大学。平均よりはるか下のシケた私大だよ。一流国公立のおまえとは大違いだな」

「てことは最寄り駅は同じ方向よね?」


 こがねは何か思案するそぶりを見せると、不敵な笑みを浮かべて、


「ねぇ知ってる? 大学だと他校生同士でサークルを作ることもできるらしいの」

「みたいだな。……んで、さっそく勧誘する気か?」

「まあね。でもその前に入会試験よ」


 いたずらっぽく、人差し指を立てて俺に告げる。


「質問はただひとつ。さっきの問いに答えて。

『あなたは魔法、異世界、秘密結社、能力バトルなどの存在を信じますか?』」

「……そんなもの」

 

 答えなんて一つしかない。

 それは俺が18年間歩んだ道そのもので。

 残りの人生をすべて賭けても惜しくない野望なのだから。


「『ある』。いや……『なけりゃ作る』までだ」

「はい合格。それじゃあ……」


 彼女はニヤリと微笑んで、隣から拳を突き出してきた。

 それに俺は、同じく拳を小さくぶつける。

 


 俺はもう、ライトノベルに淡い(ゆめ)を求めたりはしない。

 その代わり、これからは確固たる()()として、

 俺達は青春最後の一ページに、誓いを立てた。



「期待してるわよ、相棒」

「上等だ。その言葉、そのまま返してやる!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ