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5.異端者の悲憤

 フラフラと、廊下を歩く。

 もう校舎に人は残っていなかった。

 名残惜しそうに談笑していた生徒達も、もういない。みんな帰ってしまったのだろう。

 高校時代に幕を下ろし、新たな生活へと飛び立つために。


「……………………ハァ」


 さっきの会話は、正直かなり効いた。

 俺が見て見ぬふりをしていた事実を、残酷にも突きつけられたのだから。


 もう、いい加減認めるしかない。

 俺は高校生活という、唯一にして最大の青春時代を失敗に終えたのだ。

 結局なりたかったラノベ主人公にもなれず、この先大学へ進み、社会人になって、おっさんになって……。

 そうなってしまえば、俺が夢を叶えることはまず不可能だろう。

 となれば、残された道は、やはり、


「……異世界への転生しか、ないっ!」


 俺は自らの命を、この18年間歩んだ人生を、自己否定することに決めた。

 この先退屈な人生しか待っていないなら、そんな余生はいらない。

 ならいっそ今の俺を完全に消し去って、別世界で一からやり直した方がはるかにマシだ。

 

 帰り際にでも、トラックに突っ込んで死ぬとしよう。

 それで転生に失敗して、本当に死んでしまっても構わない。

 どうせこの世界の俺には夢も希望もないのだから。


 

 なんて、ぼんやりと歩いていたら、ある空き教室の前にたどり着いた。

 そこは元オカルト研究会の部室。

 今はもう使われていない部屋だ。

 無意識にここへ足を運んでいたとは、自分でも驚いた。


「……楽しかったなぁ、オカ研」


 嫌われ者の俺だけど、唯一の居場所がここだった。

 ……そう錯覚できるほどには、思い入れのある場所だ。


 せっかくだし何か儀式でも試してから帰るか。一人じゃ大したことできないけど。

 そう思って、扉に手をかけたところで、


「……誰かいる?」


 手を止め、そっと扉に耳をあてる。

 すると中から数人の男と、女の声が聞こえた。



「ねえキミ、状況分かってんの? ここは『はい』って頷く以外、選択肢ないと思うんだけど」

「……っ! ご、ごめんなさい……私は……」

「あれあれ~、随分頑なだねぇ」

「バカ、リョウさんに遊ばれるのが嬉しくて戸惑ってるだけだろぉ? なぁ、東雲サン?」



 その名前と女子の声に、俺は息を飲んだ。

 すかさず扉をちょっぴり開けて、中を覗く。


 東雲こがねがそこにいた。

 黒髪でメガネをかけた優等生が、壁際で不良の男子生徒三人に囲まれている。

 そして彼女の正面、不良三人の中心にいるのは、

 

「戸川君……!?」


 俺のヒロイン、谷藤さんが告白したイケメン君だった。


「(あいつら何やってんだ? というかどうしてここに?)」


 こがねがいるのはまだ分かる。

 奴にはさっき、ここで最後の黒魔術実験をやろうって教室で伝えて…………いや、自惚れはやめよう。彼女は俺に会うためじゃなく、純粋に部室の片づけか何かで来たのだろう。オカ研の元会長なんだし、それでも十分説明がつく。

 でもだとしたら、イケメン君達はどうしてここへ?


 その答えは、彼らが語ってくれた。


「にしてもいいところに来てくれたよねぇ、東雲さん。ここは人通りもないし。ナニしてたって邪魔は入らねえしよぉ」

「……っ!」

「ハハッ、怯えちゃって、遊び甲斐がありそうだぜ。なあリョウさん?」

「だな。八つ当たりにはちょうどいい」

「? 何かあったんすか?」

「あー、さっき裏庭で良質な()()()()が告ってきたのにさぁ。クソみてえな邪魔が入って、流れで断っちまったんだよ」

「うわ、サイアクっすね」

「でもキミはあの女よりいいおもちゃになりそうだねぇ。恨むなら谷藤と、邪魔したイカレ野郎にしろよ東雲サン」


「(……っ! なんて奴らだ……)」


 要約すると、こがねがこの教室に入ったところを彼らが偶然見かけ、うさ晴らしで襲ったってわけか。


 何ともシンプルでゲスイ行動だ。

 だが……今日ばかりは、彼らの悪事に感謝せねばなるまい。


「(……くく、くくく……!)」


 思わず、腹の底から笑みがこぼれてくる。


 見たまえ、この状況を。


 明らかに悪とわかる男が三人いて。

 襲われた少女が怯えている。

 そしてここは元オカ研の部室。校内で最も魔力が集まりやすい、いわば聖域。

 ここまで条件がそろえば、期待せずにはいられない。

 ついに……ついに来たぞ……! この展開は……間違いない!



「(悪者に襲われるヒロインを助けてその戦いの際に主人公が能力覚醒するパターンのやつだっ!!)」



 個人的にヒロイン役は谷藤さんの方が適任な気はするが、まあ細かいことはいい。

 ここで俺がさっそうと飛び出せば、まず間違いなく俺は能力覚醒するだろう。


 そんでもってこの不良集団がやられ際に放つ捨て台詞が実は闇の秘密結社の存在の伏線となっていて、しかも実は襲われていたヒロイン東雲こがねが彼らと敵対する組織の超重要人物で、彼女を守るべく悪と戦う非日常でファンタジックな異能バトルものライフが幕を開けるってぇわけだ! そうだろう、そうに違いないっ!


 やべぇ武者震いしてきたぜ……! ありがとうこがね、襲われてくれて!


 となると、あとは飛び出すタイミングだな。

 その瞬間を見極めようと、俺は中のやり取りに一層注意を向ける。



「そういや、その告白の邪魔した奴って誰だったんすか?」

「あーアイツだよ。朱夏はじめ。おまえらも知ってんだろ?」

「うわマジかよ! そいつは災難だな」

「ですね。あんなイカれ野郎に話しかけられるとかないっすわー」


 ギャハハ! と下品な笑い声を上げる不良三人衆。

 どうやら話題は、早くも俺の悪口へとシフトしたみたいだ。


 よし、今ならこがねへの被害もないし、好都合!

 覚悟しろ戸川め。もう一度正義の鉄槌を下してやる!

 さあ、行くぞ! ……さあ!

 

「(…………あ、あれ?)」

 

 おかしいな……? どうした、俺?

 ほら、殴りに行けよ。能力覚醒したいんだろ?

 

「(そんな……! そんなはずは……っ!)」

 

 動けない。

 足がすくんで、動かせない。

 まさか……怖いのか?

 あれだけ主人公になりたいとか言っといて、女の子一人助けられないのか?


「ホント、ゴミだせアイツ。ラノベの主人公とか本気でなれると思ってるし」

「マジッすか? キモ、小学生かよ」

「度胸もガキ並みのへたれって噂だしな。奇行さえなければ、案外いいパシリになったんじゃね?」

 

 その間にも、彼らは見えない俺に対し、暴言を続ける。


「頭イカレてるからな。魔法だの異世界だの、現実から目を背けることしかできないクズだし」

「まさに根暗なキモオタの典型だな。それの一番最悪なパターン」

「ホントワケわかんないッすよね。マジうちの学校の汚点っすわ」


 もう二度と会わないからとばかりに、容赦なく紡がれる罵詈雑言の数々。

 いつもなら、持ち前の鈍感さで聞き流せていたはずなのに。

 今の、何もできずに震える俺には、否定の言葉が見つけられない。


 ……やはり、俺はダメなのか?

 彼らが言うように、

 バカにされても反撃すらできない、臆病者のクズなのか……?

 自分で自信がなくなってくる。


 そういえば、俺は今日一日でどれだけの人に罵倒されたんだっけか。 

 あ、ヤバ……ちょっとフラッシュバックが……。

 


『俺の目の前から早急に消えろって意味だ!』

『東雲さんがこんなイカレ野郎と友達だなんて、あり得ないもん』

『なんでだかわかる? あんたが近くにいたからよ!』

『アイツはガキだよ。現実を見ないで、無謀な夢に酔狂するはた迷惑なガキだ』


 

 今日一日だけで吐かれた暴言達が、津波のように俺を飲み込む。

 気にするなと自分に言い聞かせても、もう自己暗示は効かなかった。

 

 俺は全員から嫌われていた。

 ただ夢を追っていただけなのに、全員が俺に言葉の刃を向けた。

 結果、俺の18年間という人生で得たものは……何もなかったのだ。

 夢も、希望も、人望も、友達も、信頼も、好意も、何一つ得られなくて……。

 

「あんた達に……わかるもんか」

 

 そんなつぶやきが漏れ聞こえた。

 きょとん、とする不良三人。

 それは、俺があまりの暴言に耐えかねて発した言葉。

 ではなく、




「あんた達にアイツの、はじめのカッコ良さなんかわかるもんかっ!!」

 


 

 寡黙な少女の仮面を捨てて激昂する、東雲こがねの言葉だった。

 

「ぅおっ!? んだよウッセー!」

 

「はじめは異常者なんかじゃない! 無謀だとわかってても絶対に諦めないで、他人の目を怖れず自分の夢を貫いているッ!それがどれだけ難しいことだかわかる? 皆からイカれてるって、ガキだ邪魔だって罵られて、ただの一人からも手を差し伸べられなくて。それでも本当の自分をさらけ出して貫けることがどれほど素敵で誇らしいことが想像できる!?」

 

「はぁ? なんで優等生のおまえがクズな問題児の擁護なんかしてーー」

 

「アイツは、あのバカはね、私がやりたくてもできなかったことを平然とやってのけたのよ! 私だって本当の自分で皆と過ごしたかった! 自分の夢に胸を張りたかった!

 こんな偽りの自分なんか、演じたくなかったッ!」

 

 彼女は叫ぶと、自分の髪の毛を掴み、

 戸川に()()()()()

 そして彼女の〝本当の〟髪が(あらわ)になる。

 

『なっーーー!?』


 その場にいた全員が息を飲んだ。

 

 ウイッグで隠されていた彼女の髪は、優等生の落ち着いた雰囲気は欠片もなく、

 俺が三年間ずっと見続けた、極彩色。

 

 オカルト狂信者にふさわしい、毒々しい血液を彷彿させる深紅の長髪だった。


「うわキッショ!」

「なんだその悪趣味な髪!?」

「うるさい! うるさいうるさいうるさいっ! これが本当の私なのっ! あんた達が異端を嫌うせいで出したくても出せなかった本当の私! あんた達が散々バカにしたはじめだけが認めてくれた本当の私ッ!」


 こがねは、泣いていた。

 泣きながら、それでも瞳には強い意思を宿して、

 不良達に言い返す。

 

「ねぇあんた達にわかる? 自分の理解者を嘲笑された悔しさが! あんた達にわかる? その嘲笑したやつらとへらへら笑って過ごす日々の惨めさが!」

「あーもー、キーキーうるせぇな!」

「黙れこのアマ……!」

「テメェいい加減に――」

 

 

「ねぇあんた達にわかる!? 最高の相棒との最後の別れに、拒絶の言葉しか言えなかった私の気持ちがッ!!」


 

「黙れっつってんだろうが!」

 

 戸川がこがねの頬を思いきり殴った。

 カシャン、と彼女のメガネが飛んで、床に落ちる。

 

「あぐ……あぁ……!」

「悪いな、俺って真の男女平等主義者でさぁ。男だろうが女だろうが手加減しねえんだわ」

 

 さらに一発、二発と、こがねの身体が殴られる。

 こがねの涙が、怒りから恐怖の色に変わった。

 何の抵抗もできずに、震えている。

 

 ――だというのに、

 

「(なん……で……っ!)」

 

 俺が助けなきゃ。

 俺が戸川を殴らなきゃ。

 なのに、できない。

 恐怖の鎖が、全身に絡まってほどけない。


「(バカ……っ! なんで……なんでこんなときに俺は……!)」

  

 その間も、こがねは一方的にやられていた。

 ボロボロになって、制服も破られて、ついには戸川にマウントをとられる。

 

「なぁんだ、威勢は口だけじゃねえか。さっきの怒りはどこいったよ?」

「や、やめ……っ」

「やめねえよ? 俺に逆らった女は、強制的に遊んでやるって決めてんだ」

 

「(行け! 行けよ! 俺なんかどうなってもいいから早く行けッ!)」

 

 もう、夢だとかラノベだとか、どうでもいい。

 こがねのーー唯一の親友の、苦痛に歪んだ顔を見るのが、これ以上耐えられなかった。

 なのに、恐怖に怯えた脳が勝手に言い訳を始める。

 

 ――おまえが行って何になる?

 ――クズが出しゃばるんじゃねえよ。

 ――どうせ裏目に出るなら、助けない方がいいだろ、って。

 

「おいお前ら、コイツの両手両足押さえとけ。お楽しみの写真撮影会といこうぜ?」

「ギャハハ! 相変わらすゲッスいなぁリョウ!」

「どうします? いきなりアソコからいっちゃいます?」

「助けて……! やだ、やだぁ……っ!」

「暴れんじゃねえ。すぐ終わっからよぉ……いい顔見せてくれよ?」

 

 そうだ……俺が乱入したところで、不良三人に勝てるわけがない。

 それに俺は『絶対に関わっちゃいけないイカレ野郎』。

 谷藤さんみたく、助けにいってもどうせ拒絶されるに決まってる。

 

 分かってるさ。分かってる、はずなのに……。

 どうして彼女を見て、涙が出てくるんだ……!

 


「(………………あ)」


 

 そのとき、こがねと目が合ってしまった。

 でも俺は、自分のふがいなさで、彼女の目を見ることができなくて。

 視線をそらそうとした。

 なのに、こがねは目を見開くと、次の瞬間――


「(…………なん、で……っ!)」


 ()()()()()()


 こんな状況だってのに……あいつは、あのバカは。

 俺を見て、泣きながら、安堵したように、嬉しそうに、

 笑いやがったんだ。


 そして、こがねの口元が、何か言葉を紡ぐように動いて、

 戸川の背中が、俺の視線を遮った。


 

「(……やめ、ろっ!)」

 

 気づけば、自然と足が前へ出ていた。


 ――何を考えていたんだ俺は。

 

 こがねに嫌われるだとか、また拒絶されるのが怖いだとか、

 異能力の覚醒だとか、ヒロインを助けるだとか、主人公になるだとか。

 そんなことばかり気にして、一番大事なこと忘れてんじゃねえか。

 

「(やめてくれ……っ!)」


 もう、どうなったって知らない。

 ボコボコに殴られたっていい。

 だけど……この教室は、彼女の笑顔は、俺の青春のすべてだから。



「やめろおおおおおおああああああっ!!」



 これがこがねとの最後の別れだなんて、冗談じゃないっ!!



「「っ!? 誰だ!?」」

 

 不良三人が同時に目を見開く。そこへよろけながら、無様に突進した。

 そして戸川にタックルをかます。

 ……そのはずだった。

 

「んだてめえは!」

「っぐ……!」

 

 俺の攻撃はあまりに情けなく、たった一本の腕で簡単に阻まれた。

 隣の男に腹を殴られ、そのままうずくまってしまう。

 

「ゲッ、おい見ろよ! コイツ朱夏だぜ」

「うわキモッ! 女助けに来るとかマジ寒いんだけど!」

「……がぁ! ああぁ!」

 

 そこへ何度も何度も、何度も踏まれるように蹴り続けられる。

 顔だったり鳩尾だったり、なんの反撃もできないままダメージだけが蓄積される。

 

「はじめ……っ!? はじめっ!!」

「アハハハハ、ダサっ! よお朱夏、てめえさっきはよくも邪魔してくれたなぁ!」

 

 こがねの声が聞こえた気がした。

 でもそれも、どこか遠くに感じてしまう。

 いくら殴られても、蹴られても、秘められた能力(ちから)が覚醒する気配は当然なくて。


 そのとき、不意に俺の鳩尾へ強烈な一撃が飛び込み、

 俺は込み上げる吐き気に耐えられなかった。

 

「うわきったね! コイツゲロ吐きやがった!」

「くせえんだよ! ざけんなてめぇ!」


 その嘔吐物へ、顔面が押しつけられる。

 でも、もう、体が動かない。

 口の中は、血と胃液のえぐみでいっぱいだった。

 息もできなくて、視界も、意識も、徐々に遠ざかっていく。

 

 俺は、何もできなかった。

 最後まで、何一つ思い通りにはならなかった。

 

「…………ごめん、な」

 

 それはこがねに対してか、過去の自分に対してなのか。

 誰に向けたかわからない言葉と、涙だけが勝手に溢れてきて。

 






 俺の意識が最後に聞いたのは、けたたましく響く異常音だった。

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