3.ヒロインの本音
さあ気を取り直して次のアプローチだ!
先程一番の親友(と思っていた)東雲こがねから辛辣な一言を食らったわけだが、よく考えれば奴が俺をどう思っていようが、俺が夢を叶えること自体には何ら支障はない。
ということで彼女についてはもう忘れたことにする。
忘れたったら忘れた。
忘れたから今後一切この話題禁止! じゃなきゃ一か月くらいガチで引きずりそうだから。
「……ふぅー」
……よし、切り替えよう。
前回は魔界との接続儀式からファンタジー展開を狙ったわけだが、結局仲間の説得からして失敗してしまった。
つまり黒魔術によって非日常現象を引き起こす手法は、諸々できなくなったわけだ。
だがラノベ展開を引き起こすには別の方法だってある。
それが今から挑戦する方法。名付けて、
「『ヒロインから始める物語 ~強制ボーイミーツガール作戦~』だっ!」
考えてみれば、ラノベの常識的にヒロイン無しでストーリーが進むことはありえない。むしろ女の子がきっかけで始まる作品が大多数ではないか。俺の周りで事件が起きないのも、女っ気が足りなかったからだと推測できる。
そこで俺は今から学年一才色兼備な美少女、谷藤志乃さんに会いに行こうと思う!
いわゆる学園のアイドル的ポジション、それが彼女だ。
とはいえ、別に谷藤さんとは初対面というわけではない。
実は俺、朱夏はじめと谷藤さんは同じ小学校出身――つまり広義には幼馴染と言っても過言ではないのだ。
当時は会話や接点なんて皆無だったが、関係ない。努力次第でいくらでも挽回できるはずだ。むしろ気づいていないだけで相手はひそかに主人公を想っていた、なんて設定こそ鉄板中の鉄板じゃないか。
もちろん布石だって打ってある。一年の頃から三年間、委員会にクラス替え、席替え、修学旅行の班分けなど、ありとあらゆる手段(と賄賂とイカサマ)を使って彼女と接触。ストーカーにならないギリギリの塩梅で谷藤さんとの親密化をはかってきた。すでに友好度は蓄積済みだ。
いくつか細かなフラグも立てたから、ひょっとすると今日あたり告白されちゃうかなぁ……なんてね。まあその場合、持ち前の鈍感さで回避するがな! ラノベ主人公を目指す以上、朴念仁は必要悪。第一、事件無しにラブコメ展開なんてナンセンスだ。これ真理。
以上、オタク特有の早口による長文解説でした。
「で、肝心の谷藤さんはどこにいるかだけど……」
正直言って、ほとんど当てはない。
さっき教室の机を確認したとき、谷藤さんのカバンはなくなっていた。だが友人関係の広い彼女のことだ。卒業式の日に誰とも話さず一人で帰ってしまうとは考えにくい。
可能性があるとすれば、彼女が所属していた吹奏楽部の部室だろうか。
とりあえず旧校舎へと続く廊下を進む。
旧校舎には空き教室のほか、音楽室や化学室などの専門教室がある。
その奥が文化部の部室棟だ。
ダメ元だけど、軽く一回りだけでもしてみよう。
なんて、軽い気持ちで向かっていると、
「……ん?」
一階の渡り廊下から、中庭に二つの人影が見えた。
早咲きした一本の桜の木。
その下で女子生徒と男子生徒が照れくさそうに向かいあっている。
特に女子生徒の方はそわそわと視線が忙しい。まだ冬の風景が残る中庭で、二人の周りだけがほのかな春の雰囲気に包まれていた。
間違いない。あのシルエットは谷藤さんだ。
もう一人は知らない顔だけど、高身長でさわやかなイケメンさんである。
「………………ふむ」
よし、誰か爆弾をくれ。
そんなものないだと? なら自分で作るまでだ!
俺はダッシュで渡り廊下を抜けると旧校舎の化学室に飛び込んだ。そして薬品棚を漁る。
主な材料はニトログリセリンと珪藻土。手慣れたもんで、ものの数分で簡易ダイナマイトの完成である。オカ研時代、触媒作りで実験を重ねていた経験がここで生きるとはな。
あ、念のため言うがこれは決して嫉妬じゃない。俺の夢実現のためのメインヒロイン奪還作戦である。
つーわけで突撃だヒャッハー!
「あ、あのあのっ、戸川くんっ!」
「……う、うん」
「わ、私、去年からずっと、あなたのことが好――」
「爆発しろリア充がああああァァァァっ!!」
「「!?」」
投擲。そして炸裂!
放物線を描いたミニダイナマイトは軌道の頂点で爆発四散。咄嗟に伏せた二人の頭上に桜の枝や蕾がぼとぼとと落下する。見事甘酸っぱい空気のクラッシュに成功した!
ちなみに今の爆弾だけど、もちろん安全性には十分配慮してあります。いくらリア充相手でも、殺傷はダメ、絶対!
「ハッハッハー、思い知ったかイケメン野郎! 我がメインヒロインを誑かす不届き者め! 貴様こそが真の魔王、滅ぼすべき敵だっ!」
「な、なんだ今のは!」
「…………この声、まさか朱夏くん!?」
頭を上げたイケメン男子生徒が辺りをキョロキョロと見回す。一方谷藤さんはというと、俺を見るなり表情を絶望に歪めていた。
やがて俺の存在に気づいたイケメン君が、ウゲッと谷藤さんから距離をとる。
「もしかして谷藤……朱夏と付き合いがあったり」
「ないないないない! あり得ないから! アイツが勝手に近寄ってくるだけなの!」
「でもさっき、我がメインヒロインとか聞こえたような……」
「信じちゃダメ! アイツの知り合いなんて死んでもお断りよ!」
……ふむなるほど、これが噂に聞く修羅場ってやつか。
そう思って見ると、谷藤さんの慌て様は二股がバレたカノジョのそれだ。挙動不審な眼で必死に否定しているのも、すべては俺との関係を隠す演技ってわけか。
それにしてはイケメン君のドン引きぶりが凄まじいけど、まあ彼は重要人物じゃないしどうでもいいや。
それよりも、俺は谷藤さんに詰め寄った。
「ちょっと困るよ谷藤さん、ヒロイン候補が他の男に靡いちゃダメだって! ラノベヒロインは主人公に一途がお約束なんだから」
「はぁっ!? だから何? 私は別にヒロインになりたいなんて一言も――」
「……やっぱり谷藤って、朱夏と付――」
「確かにヒロインの心のゆらぎを描く作品もいいと思う。ラノベではあまり見られない、主人公とライバルの恋愛バトルも斬新で悪くない。でもやっぱりテンプレは大事だよ! 一途キャラには男の夢とロマンが詰まっているからこその王道なんだっ!」
「違うの戸川くん! 私はこのバカの事を何とも、って朱夏くんうるさい!」
イケメン君に向かって必死に弁明を続ける谷藤さん。
俺はその間に割り込み、彼女に訴え続ける。
「いい? 他の異性に色目使って後で制裁を受ける役は主人公であってヒロインの仕事じゃないんだよ。ヒロインが鈍感主人公に暴力振るうのはありだけど、逆はご法度なんだから」
「さっき私に爆弾ブン投げた奴がどの口を! 大体私はラノベキャラなんかなりたくないって、いつも言ってるでしょ!」
「そこを何とか頼むよ! 品行方正、才色兼備、自分勝手と三拍子そろった理想ヒロインなんて現実じゃ谷藤さんくらいしかいないんだよ!」
「そんなお世辞並べてもダメなものは……って最後の悪口じゃん! てかあんたにだけは言われたくないわ!」
「悪口じゃないって。物語を掻きまわす女の子って案外貴重だよ? それとも貧乳尻軽とかに変えたほうがいだだだだだ! 折れる! 関節が逆に折れるっ!」
「あんた一回マジでシメてあげようか、ねぇっ!?」
「……ずいぶん仲良さそうだね」
「…………あ」
イケメン君の一言に、谷藤さんの表情が凍りついた。関節を極めていた俺の腕を放し、即座に距離をとる。
でもすでにイケメン君の、谷藤さんを見る目は変わっていた。
何か自分とはかけ離れた存在を見つめる、そんな瞳。
「まさか谷藤が、あの朱夏とねぇ」
「ち、ちがっ……誤解なのっ!」
「まあ、結構お似合いだと思うよ。それじゃお幸せに」
「お願い待って! 戸川くんっ!」
谷藤さんの懇願も虚しく、イケメン君は去って行ってしまった。
残された俺ら二人の間に、静寂が訪れる。
……マズい、ちょっとやり過ぎたっぽいな。
俺としては普段通りの振舞いをしたつもりだった。
でもこの居心地の悪さは……気まずい。
ここは一度俺も退散した方がいいの、かな?
「えーと……谷藤さん?」
「……ねぇ」
「ど、どうかし――ッグェ!?」
咄嗟のことに、俺は反応できなかった。
いきなり胸ぐらを両手でつかまれ、桜の幹に押しつけられる。
溢れんばかりの憎悪を湛え、睨む谷藤さん。
「どうして……っ! どうしてあんたはいつもいつもいつもいつもっ! いっっっつも私の邪魔ばかりするのよっ!!」
「じゃ、ま……って、なに……が……っ?」
ワケが分からなかった。
俺はこの三年間、谷藤さんの好感度を常に意識して生活してきた。
なのにどうして、彼女はこんなにも激怒しているのだろう。
「私は普通の優等生として認められたかったの! 成績は三年間トップの座を守り続けたし、一流大学にも合格したわ。でもクラスの皆から尊敬されたことは一度もなかった。なんでだかわかる? あんたが近くにいたからよ!」
「…………っ」
「義理の妹になってくれってせがんだり、ヒロインにも隠された能力があるかもって変な儀式をやらせたり……。それもクラスの皆の前でね。もううんざりなのよ! あの可哀そうな人を見る周囲の眼は!」
「そ、んな……こと……」
「あったわよ、何度も。バカ騒ぎがデフォルトのあんたは忘れたかもしれないけど、ね!」
谷藤さんに放り捨てられ、四つん這いで咳込む俺。
それを谷藤さんは侮蔑のこもった視線で見下ろす。
「ゲホッ、ガホッ……! ……おれは……キミのことを想って……」
「想って、なによ? あなたのその歪んだ好意、ホントうざいんだけど」
「……そんなこと」
「あるわよ。どうせ今の奇行も、「ヒロインが駄目男の誘惑に負けそうだった所を助けてあげました」なんて偽善のつもりでしょ」
「ぎ、偽善なんかじゃ……!」
だって谷藤さん、修学旅行のとき「自分を守ってくれる男性がタイプかな」って他の女子生徒に明かしていたじゃないか。
だから、彼女に好かれたくて、邪魔者を排除してあげたのに。
一体俺は、何を間違えてしまったんだ。
「……俺は……そんなつもり」
「なかったとでも? ……まあ、そうでしょうね。あなたって無駄に鈍感だし」
「ど、鈍感は主人公にとって必要悪で」
「恋愛についてじゃないわ。自分が受けている評価、もっと考えたらどう?」
彼女はそれだけ告げると、
俺にはもう一切関わりたくないとばかりに、すぐに踵を返し去ってしまった。
俺は彼女の背中を見つめながら、
「俺の、評価……?」
呆然と、最後の言葉だけを反芻した。