表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

2.望まれぬ再会

 HR(ホームルーム)が終わると、俺はすぐさま教室を飛び出した。


 なんせ今の俺にはとにかく時間がないのだ。ラノベ的展開を引き起こすためにも、できることはすべてやっておきたい。

 欲を言えば、最後にもう一度塚田と剣道の手合わせもしてみたかったが、今さら剣術の鍛錬なんかしても仕方ない。


 それよりも、今俺が真っ先にすべきことは、


「失礼しまーっす! 東雲(しののめ)こがねさんいますかーっ?」


 かつての悪友との合流である。



 俺は二つ隣のクラス、3‐4教室に出向くと、ガラリと扉を開けた。

 途端、騒がしかった教室内が一気に静まり返った。

 まるで不審者が乱入したような険悪な空気と視線。

 ま、多分俺には関係ないけどね。


「えーと……あれ? こがねは?」


 奇妙な視線をビシビシ受けつつも、俺は躊躇なく教室に入り、

 そこで首を傾げた。


 オカルト研究会、元会長の姿がない。

 

 彼女の教室に入ったのは今日が初めてだが、奴にはたとえ人混みでも目立つほどの()()()()()()()がある。いれば見逃すことは絶対ないはずなのだが。

 まさか、もうすでに帰宅してしまったのだろうか。

 なんて一瞬思ったが、


「なんだ、いるじゃん。イメチェンし過ぎてて全然気づかなかったぜ!」


 どうやら杞憂だったみたいだ。

 ほっと胸をなで下ろし、歩き出す。途端、背後でひそひそ話が聞こえた気がした。

 でもお構いなしに、俺はクラスの皆が何故か不快そうに表情を歪める中、

 ただ一人、顔を青ざめさせる女子生徒に近づいた。

 

「よぉこがね、久しぶりー。受験直前でオカ研解散して以来だな」

「え……? あ、あ……!」


 ミディアムの黒髪に、装飾のない黒縁メガネ。いかにも優等生キャラっぽい落ち着いた容姿。

 正直、俺はこんな姿の女子生徒とは初対面だ。


 だが間違いない、こいつは東雲こがね。

 俺が三年間で最も多くの時間を過ごしたオカルト研究会、その創始者にして最初で最後の会長様である。


 魔術とか超能力とか、オカルトとライトノベルの親和性は非常に高い。

 俺と彼女はすぐに意気投合し、以来二人でオカルト研究に日々没頭していたのだった。


 ちなみに俺が彼女を下の名前で呼ぶのは、出会った初日に俺がそう提案したからだ。

 理由はもちろん、その方がラノベっぽいからである。

 親しい仲なら名前で呼び合う。ラノベ界では常識だ。


 そんなこがねだが、俺が話しかけた途端、顔を一層青くさせた。


「な、ななな……!?」

「ん?」

「な、んで……ここ……に……!?」

「あー、いや、ただ最後に話がしたいなぁと思っただけだけど」

 

 うん? なんかコイツ、様子がおかしいな。

 彼女の反応は、なぜか挙動不審だった。俺の存在に怯えているようにすら見える。

 俺の知るこがねはこんな女々しい奴じゃなかったはずだが……。

 でも細かな動作や顔立ち、声質はやっぱり俺の記憶と一致する。


 なら、深く考える必要もないだろう。

 俺は彼女の机にバンッと手を置くと、本題を切り出した。


「聞いてくれこがね! 俺はこれから例の部室で、魔界への扉を開く黒魔術実験に再挑戦しようと思う。お前の力が必要だ。手を貸してくれ!」

「……っ」

「これが本当にラストチャンスなんだよ! もちろん来てくれるよな? な!?」

 

 俺が身を乗り出すたび、こがねが身体をのけぞらせる。

 と、そのとき、


「ちょっといい加減にしなよ! 東雲さん困ってるじゃない!」


 突然、俺とこがねの会話に横やりが入った。

 隣の席にいた見知らぬ女子生徒が二人、棘のある視線で俺をにらみつける。


「……ねぇ何? いきなり教室に入ってきて、迷惑なんだけど」

「朱夏くん、よね? 学校一の狂人で有名な。……東雲さんに何か用?」

「そりゃ用はあるけど……。え? てかキミら誰……?」


 何故か知らないが、彼女達の様子は俺に随分と敵対的だった。

 一体どうして俺に話しかけてきたのだろう。俺はあくまでこがねに会いに来たんだが。

 だというのに、彼女ら二人は席を立ち、俺からこがねを庇うようにずいっと前に出てきた。

 そして嫌悪感たっぷりの声音で言う。


「さっきから何なの? 知り合いでもないのに、東雲さんにちょっかい出して」

「はい? 何言ってんだ、同じ研究会の仲間なんだから仲良くて当然だろ?」

「東雲さんと? 〝あの〟朱夏が? なわけないでしょバカバカしい」

「どうせあれでしょ? 朱夏くんお得意の中二妄想。今回は大方「夢で交わした約束が~」とか「前世の因縁が~」とかそんなところ?」

「ちげぇよ現実の話だよ! ……でもその設定ちょっといいな」


 やっぱどんな作品でも、ヒロインとの繋がりには深い関係性がないとだよな! 無条件でハーレム状態な作品とかあるけど、そういうのって大抵、違和感残っちゃうし。この二人なかなか分かっているじゃないか。


 おっと、それより今はこがねとの会話だ。

 目の前の外野は、もういっそ無視しよう。


「それよりこがね、部室に来るなら前みたく髪染めてから来いよ。《血濡れた真紅の長髪》こそがお前のトレードマークだろ?」

「……はぁ? ナニそれ? 妄想にしても度が過ぎるでしょ」

「東雲さんが髪を染めるってありえなくない? まじめな優等生に変な設定つけないでよ」

「いや、だからなんでアンタらが答えて…………今、なんて言った?」


 こがねが髪を染めるのが、〝ありえない〟だと?

 ちょっと待て。俺の知っているアイツは、アニメキャラみたいに髪を派手に染めて、オカルトのためなら平気で校則を破り、つり目で毒舌がデフォルトな、俺以上にクレイジーな奴だったぞ? 

 そんな奴が、まじめな優等生だぁ?

 それこそありえない設定じゃないか!


 当のこがねは、終始無言でうつむいていた。

 代わりに二人の女子が、怪訝そうな目でこちらを見る。


「それとも……あんたまさか、東雲さんに無理やり髪染めさせたの?」

「うわそれサイアク……。この子まじめだから、嫌いな相手でも頼まれたら無下に断らないだろうし」

「そういえば前に東雲さん、学校来なくなった時期あったよね? 確か一週間くらい。もしかしてあれって、髪染めた姿を皆に見られたくなかったんじゃない?」

「おい待て! 本人の前なのに憶測だけでしゃべるなよ」


 それに俺は、こがねに髪染めを強要なんかしていない。

 単にその方がキャラが栄えるって提案しただけだ。

 そしたらコイツ、次の日には染めた髪で嬉しそうに部活に出てきていた。

 嬉しそうに、していた。俺にはそう見えたんだ。


 だが目の前の女子二人は、冷ややかな視線で俺を刺し、


「ふぅん……なら直接聞いてみる?」


 こがねに向けて、労わるように問いかけた。


「どうなの東雲さん? まさか、朱夏くんと友達だったりする?」

「…………」

「大丈夫だよ、本音で話しても。私たちがついてるから」


 その問いに対し、こがねは俺と、彼女達を一瞥し、

 震えた声で、呟いた。


「…………友達じゃ、ない」


 そして女子二人から安堵のため息が出る。


「だよねぇ~。東雲さんがこんなイカレ野郎と友達だなんて、あり得ないもん」

「だってさ、朱夏クン。……部外者はとっとと出てってくれる?」


 俺はこがねの顔色を窺おうとした。

 だが彼女はすぐに顔を伏せ、表情を隠してしまった。

 俺は、そこで確信する。

 今の答え……コイツら二人に言わされたんだ!


「おいおい、冗談だろ……。本当は友達だと思ってるよな? お前のこと無二の親友だって思ってたのは、俺だけじゃないよな?」

「…………」

「部室で超能力の研究とか一緒にしたよな? どうすればうまく魔法が使えるかって、何時間も語り合ったよな? まさか忘れたなんて言わないよな? な?」

「…………」

「………………こが、ね?」


 俺の言葉が、どんどんと勢いを失い、しぼんでいく。

 そして沈黙ののち、こがねは自らその口を開くと、


「…………出てって」


 震える声で、拒絶の意を示した。


「……もう、ここには二度とこないで」

「……………………わかった」


 それしか、返す言葉がなかった。

 たとえ嘘だとしても、彼女の本音ではなかったとしても、その言葉が俺の心を深くえぐったのは事実で。

 こがねの要求に、素直に従うことしかできなかった。


 

 俺は黙って、踵を返した。

 引き留めようとする奴はいない。

 辺りからは耳障りなささやき声が、うるさく響く。

 それでも、俺は教室のドアの前で一度立ち止まると、


「最後に一つ」


 振り返ることなく、喧噪を貫くように言った。


「俺は、もうお前に付きまとったりしないよ。高校卒業したら、俺の夢もおしまいだし」

「…………」

「でも、三年間楽しかったよ。……ありがと」


 最後に誰かから言葉をかけられた気がしたけど、俺はすでに3‐4教室をあとにしていて。

 次の目的地へと歩き出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ