2.望まれぬ再会
HRが終わると、俺はすぐさま教室を飛び出した。
なんせ今の俺にはとにかく時間がないのだ。ラノベ的展開を引き起こすためにも、できることはすべてやっておきたい。
欲を言えば、最後にもう一度塚田と剣道の手合わせもしてみたかったが、今さら剣術の鍛錬なんかしても仕方ない。
それよりも、今俺が真っ先にすべきことは、
「失礼しまーっす! 東雲こがねさんいますかーっ?」
かつての悪友との合流である。
俺は二つ隣のクラス、3‐4教室に出向くと、ガラリと扉を開けた。
途端、騒がしかった教室内が一気に静まり返った。
まるで不審者が乱入したような険悪な空気と視線。
ま、多分俺には関係ないけどね。
「えーと……あれ? こがねは?」
奇妙な視線をビシビシ受けつつも、俺は躊躇なく教室に入り、
そこで首を傾げた。
オカルト研究会、元会長の姿がない。
彼女の教室に入ったのは今日が初めてだが、奴にはたとえ人混みでも目立つほどのある身体的特徴がある。いれば見逃すことは絶対ないはずなのだが。
まさか、もうすでに帰宅してしまったのだろうか。
なんて一瞬思ったが、
「なんだ、いるじゃん。イメチェンし過ぎてて全然気づかなかったぜ!」
どうやら杞憂だったみたいだ。
ほっと胸をなで下ろし、歩き出す。途端、背後でひそひそ話が聞こえた気がした。
でもお構いなしに、俺はクラスの皆が何故か不快そうに表情を歪める中、
ただ一人、顔を青ざめさせる女子生徒に近づいた。
「よぉこがね、久しぶりー。受験直前でオカ研解散して以来だな」
「え……? あ、あ……!」
ミディアムの黒髪に、装飾のない黒縁メガネ。いかにも優等生キャラっぽい落ち着いた容姿。
正直、俺はこんな姿の女子生徒とは初対面だ。
だが間違いない、こいつは東雲こがね。
俺が三年間で最も多くの時間を過ごしたオカルト研究会、その創始者にして最初で最後の会長様である。
魔術とか超能力とか、オカルトとライトノベルの親和性は非常に高い。
俺と彼女はすぐに意気投合し、以来二人でオカルト研究に日々没頭していたのだった。
ちなみに俺が彼女を下の名前で呼ぶのは、出会った初日に俺がそう提案したからだ。
理由はもちろん、その方がラノベっぽいからである。
親しい仲なら名前で呼び合う。ラノベ界では常識だ。
そんなこがねだが、俺が話しかけた途端、顔を一層青くさせた。
「な、ななな……!?」
「ん?」
「な、んで……ここ……に……!?」
「あー、いや、ただ最後に話がしたいなぁと思っただけだけど」
うん? なんかコイツ、様子がおかしいな。
彼女の反応は、なぜか挙動不審だった。俺の存在に怯えているようにすら見える。
俺の知るこがねはこんな女々しい奴じゃなかったはずだが……。
でも細かな動作や顔立ち、声質はやっぱり俺の記憶と一致する。
なら、深く考える必要もないだろう。
俺は彼女の机にバンッと手を置くと、本題を切り出した。
「聞いてくれこがね! 俺はこれから例の部室で、魔界への扉を開く黒魔術実験に再挑戦しようと思う。お前の力が必要だ。手を貸してくれ!」
「……っ」
「これが本当にラストチャンスなんだよ! もちろん来てくれるよな? な!?」
俺が身を乗り出すたび、こがねが身体をのけぞらせる。
と、そのとき、
「ちょっといい加減にしなよ! 東雲さん困ってるじゃない!」
突然、俺とこがねの会話に横やりが入った。
隣の席にいた見知らぬ女子生徒が二人、棘のある視線で俺をにらみつける。
「……ねぇ何? いきなり教室に入ってきて、迷惑なんだけど」
「朱夏くん、よね? 学校一の狂人で有名な。……東雲さんに何か用?」
「そりゃ用はあるけど……。え? てかキミら誰……?」
何故か知らないが、彼女達の様子は俺に随分と敵対的だった。
一体どうして俺に話しかけてきたのだろう。俺はあくまでこがねに会いに来たんだが。
だというのに、彼女ら二人は席を立ち、俺からこがねを庇うようにずいっと前に出てきた。
そして嫌悪感たっぷりの声音で言う。
「さっきから何なの? 知り合いでもないのに、東雲さんにちょっかい出して」
「はい? 何言ってんだ、同じ研究会の仲間なんだから仲良くて当然だろ?」
「東雲さんと? 〝あの〟朱夏が? なわけないでしょバカバカしい」
「どうせあれでしょ? 朱夏くんお得意の中二妄想。今回は大方「夢で交わした約束が~」とか「前世の因縁が~」とかそんなところ?」
「ちげぇよ現実の話だよ! ……でもその設定ちょっといいな」
やっぱどんな作品でも、ヒロインとの繋がりには深い関係性がないとだよな! 無条件でハーレム状態な作品とかあるけど、そういうのって大抵、違和感残っちゃうし。この二人なかなか分かっているじゃないか。
おっと、それより今はこがねとの会話だ。
目の前の外野は、もういっそ無視しよう。
「それよりこがね、部室に来るなら前みたく髪染めてから来いよ。《血濡れた真紅の長髪》こそがお前のトレードマークだろ?」
「……はぁ? ナニそれ? 妄想にしても度が過ぎるでしょ」
「東雲さんが髪を染めるってありえなくない? まじめな優等生に変な設定つけないでよ」
「いや、だからなんでアンタらが答えて…………今、なんて言った?」
こがねが髪を染めるのが、〝ありえない〟だと?
ちょっと待て。俺の知っているアイツは、アニメキャラみたいに髪を派手に染めて、オカルトのためなら平気で校則を破り、つり目で毒舌がデフォルトな、俺以上にクレイジーな奴だったぞ?
そんな奴が、まじめな優等生だぁ?
それこそありえない設定じゃないか!
当のこがねは、終始無言でうつむいていた。
代わりに二人の女子が、怪訝そうな目でこちらを見る。
「それとも……あんたまさか、東雲さんに無理やり髪染めさせたの?」
「うわそれサイアク……。この子まじめだから、嫌いな相手でも頼まれたら無下に断らないだろうし」
「そういえば前に東雲さん、学校来なくなった時期あったよね? 確か一週間くらい。もしかしてあれって、髪染めた姿を皆に見られたくなかったんじゃない?」
「おい待て! 本人の前なのに憶測だけでしゃべるなよ」
それに俺は、こがねに髪染めを強要なんかしていない。
単にその方がキャラが栄えるって提案しただけだ。
そしたらコイツ、次の日には染めた髪で嬉しそうに部活に出てきていた。
嬉しそうに、していた。俺にはそう見えたんだ。
だが目の前の女子二人は、冷ややかな視線で俺を刺し、
「ふぅん……なら直接聞いてみる?」
こがねに向けて、労わるように問いかけた。
「どうなの東雲さん? まさか、朱夏くんと友達だったりする?」
「…………」
「大丈夫だよ、本音で話しても。私たちがついてるから」
その問いに対し、こがねは俺と、彼女達を一瞥し、
震えた声で、呟いた。
「…………友達じゃ、ない」
そして女子二人から安堵のため息が出る。
「だよねぇ~。東雲さんがこんなイカレ野郎と友達だなんて、あり得ないもん」
「だってさ、朱夏クン。……部外者はとっとと出てってくれる?」
俺はこがねの顔色を窺おうとした。
だが彼女はすぐに顔を伏せ、表情を隠してしまった。
俺は、そこで確信する。
今の答え……コイツら二人に言わされたんだ!
「おいおい、冗談だろ……。本当は友達だと思ってるよな? お前のこと無二の親友だって思ってたのは、俺だけじゃないよな?」
「…………」
「部室で超能力の研究とか一緒にしたよな? どうすればうまく魔法が使えるかって、何時間も語り合ったよな? まさか忘れたなんて言わないよな? な?」
「…………」
「………………こが、ね?」
俺の言葉が、どんどんと勢いを失い、しぼんでいく。
そして沈黙ののち、こがねは自らその口を開くと、
「…………出てって」
震える声で、拒絶の意を示した。
「……もう、ここには二度とこないで」
「……………………わかった」
それしか、返す言葉がなかった。
たとえ嘘だとしても、彼女の本音ではなかったとしても、その言葉が俺の心を深くえぐったのは事実で。
こがねの要求に、素直に従うことしかできなかった。
俺は黙って、踵を返した。
引き留めようとする奴はいない。
辺りからは耳障りなささやき声が、うるさく響く。
それでも、俺は教室のドアの前で一度立ち止まると、
「最後に一つ」
振り返ることなく、喧噪を貫くように言った。
「俺は、もうお前に付きまとったりしないよ。高校卒業したら、俺の夢もおしまいだし」
「…………」
「でも、三年間楽しかったよ。……ありがと」
最後に誰かから言葉をかけられた気がしたけど、俺はすでに3‐4教室をあとにしていて。
次の目的地へと歩き出していた。