1.朱夏はじめはイカレ野郎
「最悪だああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
卒業式も終わり、最後のHRを待機する間、俺は教室でシャウトしていた。
周囲から怪訝な視線を一身に受ける。だが俺の心の焦りは鎮まらない。
今日が高校生活ラスト一日。何かアクションを起こしたい。いや起こさなければならない。なのに何もできない。
そんな切迫感に耐えかねて、意味もなく隣の席のクラスメイトに話しかけてしまう。
「な、なあ塚田」
「……」
「俺これからどうしたらいいのかな?」
「……」
「どうすれば秘められた能力が覚醒すると思う? どうすれば悪の秘密結社の真相を握れると思う? どうすれば謎の美少女が暗躍するシーンを偶然目撃して彼女が敵対する世界の闇との戦いに巻き込まれると思う?!」
「あーもう、うっせーな朱夏! んなこと知るかよ!」
割とマジな感じでキレる塚田。
でもそんなことにかまう余裕すら俺にはない。
「だって俺達、今日で高校卒業なんだぜ!? 考えてもみろ塚田! 高校生といえばまず何を思い浮かべる?」
「…………知るか」
「ラノベの主人公だろッ! 今も昔もライトノベルの主人公といえば高校生と相場が決まっている! 逆に卒業したあとは、大学生、社会人、中年……と徐々に現実社会の毒に染まっちまうんだ! もう夢見る青春時代へは後戻りできないんだぞ!?」
中学でライトノベルにハマって以来、俺はその主人公達に憧れて、彼らのように幻想的で輝かしい人生を歩むことを夢見てきた。
人はそれを中二病と呼ぶらしい。しかし俺は本気でそんな人生を渇望しているし、そのためならどんな努力だって惜しむ気はない。
目的不明な部活を乱立してみたり、美少女と同居できるよう一人暮らしを始めたり、謎の転校生とぶつかるため食パン咥えてのダッシュ登校を日課にしたり。
おなじみのネタから超古典的なネタまで、物語の導入行為をこの三年間で幾度となく実行してきた。
だというのに、そこから本当にラノベ的展開が進んだことは、いまだ一度もない。
主人公適性の有効期限は、高校卒業まで。
つまり今日がラストチャンスだ。ここを逃せば、俺の幻想的人生に未来はないっ!
「頼む! ガチで一生のお願いだ! ラノベの主人公になる方法、何でもいいから教えてくれ!」
「黙れ。そんなクソくだらねえ幼稚な夢、さっさと捨てちまえ」
「そんなこと言うなよ塚田ぁ……。これでも三年間剣道部で切磋琢磨した仲じゃないか」
「死ね」
「え? それは死ねば異世界に転生できるんじゃないかって提案の意味? あー、それは俺も考えたけどさ。本気でやるには如何せんリスクが高すぎて」
「俺の目の前から早急に消えろって意味だ!」
なんだそっちか。ラノベ展開の相談をしてるときに死ねなんて言うもんだから、てっきりアイディアを提供してくれたのかと思ったのに。期待して損したぜ。
犬歯をむき出しにして、なおも塚田が吠える。
「てめぇが剣道部だと? 抜かせ。籍だけ置いた幽霊部員が」
「幽霊とは心外だな。自主練も含めれば、俺は誰よりも研鑽に励んでたつもりだぞ? いざ悪の組織と戦うとき、剣術がままならないんじゃカッコ悪いからな」
ちなみに部内では塚田と俺が一番やる気に満ちていたから、手合わせの相手は大抵こいつとだった。
塚田は型に忠実な武士道タイプで、俺はあえて定型にとらわれない我流タイプ。
俺の必殺技、《二重十字斬》が生まれたのも塚田との試合中だったっけか。
「あれのどこが研鑽だ! 第一てめえの動きは剣道じゃねえ。ただチャンバラごっこで暴れてただけだろうが!」
「あれが俺流の剣の道なんだから、別にいいだろ。だいたい型にはまった稽古なんて実践向けじゃないし。例えば魔界帝国軍の騎士がご丁寧に面とか胴を狙ってくれると思うか?」
「いっそそのなんたら帝国軍とやらに拷問されて死ね!」
顔を真っ赤して叫ぶ塚田。
だがそのユニークな提案に対し、俺は、
「それだぁっ!」
「………………は?」
思わず手を叩いて興奮した!
つまり彼が言いたいのは、こういうことだ。
突如攻め込んできた魔界帝国軍に偶然にも殺された俺、朱夏はじめは異世界へと召喚されてしまう。そこで仲間達と出会い、精神・肉体ともに鍛えられた俺は長い旅路の末、現実世界へと帰還。暴虐を振るう帝国軍を強くてニューゲーム状態で退ける。そんなストーリーを描いてみてはどうか、と。
なにそれ超ファンタスティック! 最高に熱い王道シナリオじゃん! 俺もそんな人生、是非送ってみたいっ!
よしそうと決まればさっそく行動だ。塚田の手首をつかみ勢いよく立ち上がる!
「いくぞ塚田、今から魔界にアクセスして宣戦布告しに行こう!」
「はぁっ!? ちょ、ま」
「確か去年オカルト研究会で使った悪魔召喚用の魔法陣が空き教室に残っているはずだ。あのときは失敗に終わったが、今度こそ現世と魔界の接続を――」
「まてまてバカ言ってんじゃねえ朱夏! 放せっ! この手を放せぇぇえっ!」
生け贄にされるとでも思ったか、必死の形相で俺の手を振りほどく塚田。
さすがは元剣道部。腕の力が半端じゃない。
「冗談じゃねぇ……! おまえと一緒に行動したら、俺まで変人扱い受けるだろうが!」
「ん? どういうこと?」
「どうもこうもねえ! おまえ、自分が周囲からどう思われているか知らないのか?」
「さあ? 皆目見当もつかねえな」
「『絶対に関わってはいけないイカレ野郎』だよ」
「アハハ、まさかぁ~」
「自覚くらいしろよ!」
まるで察しの悪いバカに困っています、とばかりに発狂しはじめる塚田。
全く何をいまさら。俺はラノベ主人公を目指しているんだぞ? なら鈍感力が高いのは必然じゃないか。
まあそれを抜きにしたって、塚田の言い分は大袈裟だろうけど。
「安心しろって。もし魔界とのコンタクトに成功しても、俺だけが殺されるようにうまく動くから。やっぱ真のラノベ主人公って一人も死人を出さずに事件解決するのが絶対条件だと思うんだよね。俺の持論だけど」
「何が安心なんだよ! ああクソ、コイツ全然話が通じねぇッ!」
なんだかよく分からないが、ついに塚田が頭を抱えてうずくまってしまった。
一体彼はどうしてしまったのだろう。さっきは人目を気にしてたくせに、無駄なオーバーアクションで教室中の目を集めちゃってさ。ワケが分からない。
……あれ? でもそれにしては妙に視線が刺さるような。静まる教室のあちこちでひそひそ話が囁かれているけど、そのどれもが塚田じゃなく俺を見ている気が……。
つまりこれは……なるほど光の屈折か! 俺に秘められし魔力が覚醒の兆しを見せ、その影響で時空がゆがんでしまったってわけだ! そうだ、そうに違いない!
と、やがて観衆の中から二人の男子生徒が前に進み出た。塚田と同じ、元剣道部の連中だ。
「何してんだ塚田、そろそろ先生来るぞ」
「栗木、藤倉っ! 助けてくれ! 一人じゃどうしようもなくてよ」
「ハハ、最終日まで付きまとわれるなんて、おまえ大変だな」
「んな奴ほっとけ。ほら席に戻るぞ」
二人は塚田に手を貸して立たせると、俺を一瞥し、それっきり何事もなかったかのように談笑を始めてしまった。周囲は相変わらず俺を指さし見つめている。
一体なんなのだろう? まさか本当に秘めたる能力が発現してしまったのだろうか。
話し相手もいなくなった俺は、担任が来るまでの間、そんな空想に耽っていた。
……そういえば、俺も同じ剣道部員だったはずなのに、
二人と最後の挨拶を交わすことはついぞなかった。