0.プロローグ
非常にまずいことになった。
俺は即席のパイプ椅子に座りながら、かつてない焦燥に駆られていた。
体育館にはどこか聞き覚えのあるクラシックが延々と流れ、厳粛ながらも感涙を誘う雰囲気を作り出している。つられて涙を流す者。座るポジションをやたら修正する者。退屈そうに欠伸を噛み殺す者。周囲の反応はそれぞれだ。
それはあまりにありきたり過ぎて、微塵も面白みのない風景ともいえる。
せめてここで天井からドラゴンが降ってきて、隣の奴が「バカなっ!? 早すぎる! 《幻影の魔女》がもう動き出したというのかっ!?」とか叫び出したら超面白いのに。
「二組、朱夏はじめ」
「……はい」
自分の名を呼ばれて席を立つ。ここではそれが決まりで、それに抗う術を俺は知らない。
定められたルートを静かに歩き、行きたくもない壇上に上がらなければならない。
階段を昇りきり、前の奴の儀礼を待つ間、俺は奥歯を噛みしめていた。
別に緊張のためじゃない。ただただ、悔しかったのだ。
それでも俺の順番は回ってくる。
前の奴が掃け、檀上の真ん中まで歩を進めると、この学校の長が笑顔で出迎えてくれた。
そしてたった一枚の厚紙を差し出してくる。
――これを受け取ってしまえば、すべてが終わる。
でもそれを拒む術もやはり、俺は持ち合わせていなくて。
自分の両腕を、仰々しく伸ばしてしまう。
そして校長の口から、禁じられた語句が放たれる。
「卒業おめでとう」
こうして俺は本当に……本当に何の青春も謳歌することなく、
貴重な高校生活に暗幕を下ろしたのだった。