ペンダント
どのくらい待ったのだろうか。
不意に、右手に持っていた魔石から、徐々に暖かさが失われていくのを感じた。
魔石を見ると、内側の淡い光が次第に弱くなっていき、最終的にその光は消えてしまった。今は、ただ月明かりを反射するだけだ。
そして、内側に存在していた光が消えたことによって、魔石がどのように変化したのかはっきりと確認することができた。
最初は透明だったはずの魔石が、今は鮮やかな紫色に変化していた。
「ちちうえ、どうやら終わったみたいです」
側に立っていた父上に魔石の反応が収まった事を告げる。
「みたいだね。…ところでシン、頭が痛いとか、体が重いとか、何か身体に変化はないかい?」
そう言われて、自分の身体に意識を向ける。
………気怠さや疲労感などはないし、特に変化があるようには感じない。
「はい、だいじょうぶみたいです」
そう返事をすると、父上は少し安堵したような表情になった。
「そうか、それなら良かったよ。滅多にないことだけど、先天的な魔力保有量が少ない場合があって、そうなると属性判別だけでも魔力不足になることがあるんだ。さすがに死にはしないけど、魔力が枯渇して気を失ったりして大変だからね。予め魔力量がわかればいいんだけど、生憎、それを調べるためには魔法が使えないとダメなんだ。だから、魔法を使いはじめる前にソレを知る、っていうのは難しいのさ、残念ながら」
「それじゃあ、たおれるかどうかはやってみないと分からないんですね」
「まあ、そうなるね」
俺と父上は、なんとも言えない表情で、顔を見合わせた。
「…まあ、シンがそうならなくてよかったよ。どのくらいの魔力量なのかはまだわからないけど、とりあえず第一段階はクリアだから問題ないだろう」
父上の言葉に、思わず胸を撫で下ろした。俺に、どの程度の潜在能力があるのかなんて今の時点では分からないが、ひとまず、最低限以上ではあるらしい。
魔法のある世界に転生したからには、どうせなら魔法を使ってみたいじゃないか。
「ともあれ、属性判別はこれで完了だ。最初は、これで出た属性の魔法だけを使うことになるからね」
自分の持つ魔力に近い属性のほうが、魔力消費量が少ない、らしいから必然的にそうなるだろうな。
この世界では、魔法に慣れるには実践あるのみ、みたいな感じだから、消費量少ない=使用回数増える、というのは理に適っている。
「魔石に出る属性の色はそれぞれ、火が赤、水が青、風が緑、地が茶なんだ。それで……、シンの魔力は紫だから、火と水の混合ということになるね」
紫色に変化した魔石を俺の手から取りつつ、父上がそう評価する。
「え?ぞくせいってまざるんですか?」
てっきり、単体で存在しているものだと思っていたから、思わず父上に尋ねてしまった。
でも、相性のいい属性が二つあるってことは、それだけ最初から使いやすい魔法が増える、ってことだろうか。
「ああ、といってもここまで綺麗に混ざっているのも珍しいけどね。普通は、程度の差はあるけど大概どっちかに偏った色になるんだよ。だから、最初の段階は基本的にひとつの属性に特化させるんだ。あくまでも、最初のうちは、だけど」
となると、俺の場合はどうすれば…。やはり、ひとつに特化させたほうがいいのか。
でも、どっちかに絞る、というのはなんだかもったいない気もする。
「それなら、ぼくはどうすればいいんでしょう」
「そうだな…。シンの魔力は火と水が混合しているんだけど、それがどっちかに偏ってる訳ではないから、魔力だけを見れば一つに特化させなくても問題はないはずだ。どちらにせよ、効率的には大差ないだろうからね。だから、最初から両方を使っていってもいいし、まずは一つに集中して、ある程度慣れてからもう片方へ、というのでもいいし、シンの好きな方法で始めればいいと思うよ」
結論は、どっちでもOK、だった。
…まあ、あくまでも魔力の効率を重視するために特化させるんだから、そこが同じなら別にどちらを使っても変わらない、ということなのだろう。
ともあれ、そういうことなら迷う必要もない。
「それなら、どっちもつかいたいです」
二属性を並行させても問題ないなら、それをためらう理由はない。
結果的に、最初から俺の答えは一択だった訳だ。
「はは、そう言うと思ったよ。もっとも、実際の所、どちらにせよやること自体はほとんど同じだけどね。魔法を使って、その感覚に慣れる、最初はそれが目標さ。と言っても、その前にまだやらないといけないことがあるけどね」
「え?」
下準備は、属性を調べて終わりじゃないのか?
まず属性を調べて、次に実践かと思っていたのだが、違うらしい。
「ところで、シン。魔法ってどうやって使うか知ってるかい?」
「…えっと。そういえば、しりませんね」
言われるまで考えてなかった。
確かに、魔法の使い方なんて知らないな。今のところ、石を握って立ってただけだ。
「実は、魔力だけあっても、魔装具がなければ魔法は使えないんだよ。魔力は体内にあって、それを外部に放出して魔法を発動させるんだけど、魔装具がないと魔力を外部に放出できないんだ」
「まそうぐ、ですか…?ちちうえも持っていたりします?」
「ああ、今も持っているよ」
推測だが、魔法を使うための道具、ということは杖とかそういった類のものだろうか?
見たところ、父上がそういったものを持っているようには思えないんだがな…。
「どういったものなんですか?」
百聞は一見に如かずだ、実際に見せてもらったほうが早い。
「僕の場合はコレだね」
そう言いながら、父上は右手の中指につけた指輪を見せてくれる。
…指輪?
「ゆびわ…ですか?」
「そう、指輪だよ」
おそらく杖だろうと思っていたのだが、その予想は外れてしまった。
「つえ、とかじゃないんですね」
「大体の人は、身につけられるものを魔装具にしているんじゃないかな。僕みたいに指輪だったり、他にもペンダントだったりね。杖なんかもあることはあるけど、魔装具とは使い方が少し違うかな」
“違う使い方”とは一体どういうことなのだろう。
魔法を発動させる為に使う、ということではないのか?
「直接的に、体内の魔力を外部へ放出する補助をしてくれるのが“魔装具”。これは、さっきも言ったみたいに指輪とかペンダントに術式を刻んでいるものが多いね。それで、杖とかそういうものはその外部に放出された魔力を利用するもので、“魔導具”と呼ばれているんだ」
「そもそもべつもの、ということですか?」
つまり、魔装具は魔法を発動させるために必要不可欠なもので、コレさえあれば魔法を使うことができる。
そして、魔導具はその魔法を強化したりするもの、と言ったところだろうか。
「そういうことになるね。魔装具はあくまでも魔力の放出を補助してくれるもので、魔法を発動させるのは人だけど、魔導具は魔力を供給すれば、それ自身が魔法を発動させることのできるものなのさ」
「それじゃあ、まそうぐさえあればまほうはつかえる、ってことですよね」
「ああ。だから、魔法を使う前に、まずは自分の魔装具を持たないといけないんだよ。というわけで、シン、これを」
父上は、魔石の入っていた袋から銀色の何かを取り出し、俺に差し出した。
受け取ってよく見ると、いわゆるドッグタグのようなペンダントで、表面には俺の名前と、他に何か文字のようなものが刻まれている。これが“術式”というやつだろうか。
「これは…?」
「これはシンの魔装具だよ。これから魔法を使おうというのに、魔装具がないと話にならないからね、予め用意しておいたんだ」
「ほんとうですか!?ありがとうございます!」
さすが父上、ちゃんと用意してくれるなんて、本当にありがたい。
しかし、これが魔装具なのか…。見た目はただのペンダントにしか見えないな。
「これは、このままつければいいんですか?」
「そうだ、それで、これからはずっと身につけておくように。特に、最初の一週間くらいは魔装具に魔力を順応させないといけないから、外さないようにね?魔力が順応していないと、魔装具は機能しないから魔法が使えないんだ」
「いっしゅうかんですか…、けっこうながいんですね」
実際の所、一週間というのが長いのかは分からない。
ただ、魔力が順応するのに一週間が掛かる、ということは、少なくとも一周間魔法はお預けになったということなので、少し残念ではある。
もちろん、必要な待ち時間である、ということは理解しているのだが。
「普通に市販されている魔装具なら二日もあれば十分だろうけど、その魔装具はオーダー品だから、順応させるのに少し時間が掛かるんだよ。でも、その分魔力の最大許容出力と消費効率は大幅に上回ってるから、シンには悪いけど、我慢してくれるかい?」
俺としても、わざわざオーダーしたものを用意してもらっているし、そもそも教えを請う側なので、文句なんてない。
「はい、もちろんです」
俺はそう返答して、父上から貰った魔装具であるペンダント首にかけた。
……身につけたら何か変化でもあるのかと思っていたが、今のところは特に何もないみたいだ。
「今日はこのくらいにしておこうか」
「そうですね、少しねむいですし…」
今が何時なのかはっきりとは分からないが、空を見ると月の位置が変わっているのがよくわかったので、おそらく、庭に出てから結構な時間が過ぎているんじゃないだろうか。
さすがに、そろそろ眠くなってきたので、今日はこのくらいにしておいたほうがいいだろう。
「次からは魔法を実践していくんだけど、魔装具が使えるようにならないとどうにもできないから、一週間くらい先になるかな」
「わかりました。それまでなにか、できることとかってありますか?」
一週間何もしない、というのは我ながらどうかと思う。
一応、家の近所くらいまでなら外に出ることもできるだろうが、かと言って、近所を延々とうろつくのもよろしくないだろう。それに、近所とはいえ一人で外に出るわけにもいかないので、誰かに付いて来てもらう必要があるのだが、我が家にいる大人達は基本的に忙しそうなので、いまいち頼みづらい。
一体どうしようか、なんて事を考えていたら、父上が魅力的な提案をしてくれた。
「それなら、僕の部屋にある本を好きに読んでいいから、それで勉強したらどうだい?魔法に関しては特にできることがないからね」
「いいんですか?」
さっき父上の部屋に行った時に見た限りだと、結構な量の本があった。
その内のどれくらいが俺にとって有益なものなのかは分からないが、いい機会だし、読めるだけ読んでみるべきだろう。
「ああ。ただし汚したり傷つけないようにしてくれよ?」
「はい、きをつけます」
「よし、じゃあそろそろ戻ろうか。遅くなったし、今日はもう寝なさい」
そう言うと、父上はドアの方へ向かい、俺もそれに続いた。
そして、そのまま家の中に入り、父上は書斎へ、俺は階段を上り自分の部屋へと戻った。
部屋に入った俺は、そのままベッドへと直行して、そのまま倒れこんだ。
横になった俺は、胸元からペンダントを取り出し、差し込む月明かりに照らしながら眺める。
思わず、顔がにやけてしまうが、まあ仕方のないことじゃなかろうか。
なぜなら、このペンダントが魔装具として機能するようになれば、ついに魔法を使えるようになる訳で、そう考えるとどうしても顔がにやけてしまうのを抑えられない。
とはいえ、そうなるまで一週間ほど待たなければいけないが辛いところだ、そう思うとなんとかにやにやが治まった。
とりあえず、明日からの一週間を利用して父上の書斎にある本をできるだけ読み尽くそう。
そう決意したところで、俺の意識は睡魔に敗れ、眠りへと落ちていった。