月明かりに照らされて
とりあえず、最低でも週一のペースで投稿できれば、と思っています。
俺は今、月の光に照らされながら家の裏庭に立っていた。
夕方に父上との話し合いを終え、その後夕食を済ませたのだが、食堂を出て部屋へ戻ろうとした時父上に呼び止められ、夜に裏庭へ来るように言われた。
その場で理由を聞いたのだが、“裏庭へ来た時に説明する”としか答えてもらえなかったので、よくわからないまま裏庭へとやってきた、というわけだ。
しかしながら、ここにはまだ父上の姿はない。
「いったい、何があるんだろうか…」
誰に言うでもなく、呟く。
そういえば、この世界で覚醒めてから、まだ外に出たことがなかったので意識していなかったのだが、今は、季節的に夏らしい。なので、夜でも特に冷えたりはしない。むしろ、そよ風が気持ちいいくらいだ。
見上げてみると、ほとんど雲のない空に満月が煌々と輝いている。この世界でも前世と同じく、月は一つだけだが、この世界の月のほうが多少大きい気がした。
しばらく空を見上げて月を眺めていたが、ふと、背後から足音が聞こえてきたので振り返ると、こちらに向かって父上が歩いてくる。
「待たせたね、シン」
俺の側へと来た父上が、俺に向かってそう言った。
父上を見ると、手に布で出来た袋のようなものと、皮の手袋を持っている。
「いえ、ぼくもさっききたところなので」
一応、十数分程度は待っていたのだが、まあ気にする程でもないだろう。
「そうかな?ならよかったよ。さて、今日シンをここへ呼んだ理由なんだが…」
父上はそう言いながら、持っていた手袋を右手にはめ、袋の中に手を入れる。そして、袋の中からピンポン球くらいの大きさの、透明な球を取り出した。
月明かりに照らされたその球は、父上の右手の上で神秘的な輝きを発していた。
「ちちうえ、それは…?」
「これはね、“魔石”だよ、シン」
俺の問に対して、父上はそう答えてくれた。
「ませき…、ですか?」
セイラさんの話を聞く限りでは、この世界に当たり前に存在していて、かつ、この世界にとって必要不可欠な物。それが“魔石”である。
そして、この世界で俺が初めて見た“魔石”は、一つの曇りもない、文字通り透明なものだった。
「ああ、魔石だよ。…そういえば、シンは魔石を見るのは初めてかな?」
「ええ、はじめて見ました……。とうめいで、すごくきれいなんですね」
素直に、思ったままの感想を口に出す。
父上の右手の上にある魔石は、先程から変わらずに月明かりを浴びて輝いていた。
しかし、なんで父上はわざわざ手袋をはめたのだろうか。素手で触るとマズイのか…?
「たしかに、すごく綺麗だね。透明な魔石っていうのは普段目にする機会があまり無いから、余計にそう感じるよ」
と、父上が言った。
……ん?
「とうめいな魔石って、めずらしいんですか?」
ふと思った事を父上に聞く。
目にする機会がない、っていうのは一体どういうことなのだろうか。透明な魔石は希少価値が高い、とかだろうか。
「ああ、いや、普段使わないから見る機会が無いっていうだけで、珍しいっていうわけでもないよ。店に行けば売っているしね。この魔石は、普段使うような物とは少し違っていて、中に魔力が入っていないのさ」
俺の疑問に、父上はそう答えてくれた。
魔力の入っていない魔石…?
「からっぽ、っていうことですか?でも、それじゃあもう使えないんじゃあ……」
魔力が入っていないなら、それはもう普通の石と変わらないんじゃないか、と思ってしまう。
父上はそんなものを持ってきて一体どうするのだろうか。わざわざ空になった魔石を見せるためだけにここに呼んだ、というわけでは無いはずだが…。
「確かに、魔力はもうないから普通には使えない。実はね、シン。この魔石は、魔法の訓練を始めるときに使うものなんだよ」
「そう…なんですか?ということは……」
「ああ、シン。今日から本格的に魔法の訓練を始めるよ。それで、1年後にどのくらいできるようになったかを見せてもらおうと思う。その時の結果も含めて、街へ行く事を許すかどうか判断するから、真面目に練習するようにね」
「はい、もちろんです!」
無論、言われなくとも手を抜くつもりなど無い。とりあえず、1年後にどの程度成果が出るのかはまだ分からないが、できることを全力でやるだけだ。
もっとも、魔法だけで判断されるわけではないだろうから、座学なども含めて満遍なくこなしていかなければならないのだが。まあ、その辺りのさじ加減は、今後自然とわかってくるだろう。
ところで、訓練と言っても一体どんなことをするんだろうか。おそらく、父上の持っている魔石を使うのだろうが…。
「さて、それじゃあ早速始めていこうか。まず、魔法の訓練で一番初めにすることは、この魔石を使って、自分の持つ魔力がどういった属性の魔法と相性が良いのかを調べるんだ」
右手に持ったままの魔石を見ながら、父上は俺に向けてそう言う。
「ぞくせいとあいしょう、ですか?」
「ああ、そうだよ。さっきも言ったけど、この魔石には魔力が入っていないんだ。だから透明なんだけど、魔石というのは、その中に存在する魔力の属性によって色が変化する性質を持ってるのさ。そこで、その性質を利用して、魔力を使いきって空になった魔石に、魔力を込めた時にどんな色になったかを見ることで、その人の持つ魔力がどの属性に近いのかを判断する、という訳だよ」
なるほど、透明な魔石がどんな色になるかでその“属性”とやらを判断できるのか。
……しかし、そもそも属性って何だ?
「ちちうえ、ぞくせいというのは……?」
とりあえず、考えて答えの出るものでもないので、素直に父上に尋ねる。
「そうだな…、まずは属性が一体どんなものなのか、ということから説明しないといけないね。現代の魔法というのは、基本的に4つの属性に分かれているんだ。火・水・風・地の4種類。すべての魔法は、この何れかの属性の特徴を持っているんだ。まあ、大体は見た目とか、効果で判断できるかな。例えば、物を温めたり燃やしたりするのは火属性だし、逆にその火を消したり、冷ましたりするのは水属性だね。もちろん、こんな単純な使い方だけじゃなくていろいろと応用できるし、いくつかの属性を重ねることもできるんだ。それから、人の保有している魔力は体内に存在しているんだけど、その魔力は、基本的に何れの属性でもなくて、本質的には、全ての属性に対して中立的な存在なんだよ。もっとも、あくまでも基本的にはどの属性でもない、というだけで、大抵の人の魔力は、多少なりとも何れかの属性に寄っているんだ。寄り具合は人それぞれだし、稀に全く寄ってない人もいるんだけど」
「つまり、まほうのしゅるい、ということですか?」
「まあ、簡単にいえばそんな感じかな?」
ということは、単純に考えて自分の持つ魔力に近い属性の魔法とは相性が良い、となるのかな?
それが一体どのような効果をもたらすのだろう。相性が良い、ということは使い勝手が良くなる、とかだろうか。
俺は黙ったまま、さらに説明を続けてくれる父上の話を聞く。
「それで、次は相性の話だね。これは、主に魔法を使うときに消費する魔力に影響があるんだ。例えば、自分の魔力と相性が良い属性の魔法を使う時と、そうでない属性の魔法を使う時だと、相性が良い属性の魔法を使うときのほうが魔力の消費が少なくて済むんだよ。魔力の消費が少なければ、それだけ魔法を使える回数が多くなるということだから、最初のうちは必然的に使う魔法の属性が偏るのさ。魔力というのは、消費することで体内保有量の上限が徐々に増えていくんだよ。もちろん、上限には個人差があるけど。そういう訳で、最初はとにかくたくさん魔法を使うことが重要なんだ。たくさん使えば、その分魔法に慣れるのも早くなるし、体内魔力の上限も伸びる。だから、まず最初に自分の魔力がどの属性寄りなのかを知ることが大切なのさ。ただ、無理して使いすぎると気分が悪くなったり体調を崩したりするから、その辺りは注意しないといけないけどね」
魔法の練習は、まずはとにかく実践あるのみ、ということか。無論、いろいろと勉強しないといけないこともあるだろうし、ただたくさん使えばいい、というわけでもなさそうだが。
「さて、他にもいろいろあるんだけど、それはこれから少しずつ説明するよ。一度に言われても覚えるのが大変だろうし、実際にやってみないと理解し難いこともあるからね」
そう言って父上は、未だ右手に持ち続けていた魔石を俺の方へと差し出す。
「それじゃあ、さっきも言ったけど、まずはこの魔石を使ってシンの魔力がどの属性に近いのか調べよう。シン、どちらの手でもいいから、この魔石を持ってくれるかい?」
「はい、こう…ですか?」
言われた通りに俺は右手で、父上の持っていた魔石を持った。
初めて手にとった魔石は、大きさこそピンポン球程度だが意外と重さを感じる。…まあ、それは身体が子供だから、というのが原因かも知れないが。
不意に、右手にじんわりと暖かくなるような感覚を覚えた。魔石をよく見てみると、先ほどまで透明で、月明かりを浴びて輝いているだけだったのだが、今は内側に淡い光が見える。
一体何事かと俺が戸惑っていると、父上が説明してくれた。
「うん、上手くいってるみたいだね」
「ちちうえ、これは一体…」
「透明な魔石、つまり魔力のなくなった魔石というのは、周囲に存在している魔力を吸収するんだよ。ただ、この魔石には術式が掛けてあってね、直接触れたものからしか魔力を吸収しないようになっているのさ。さっき僕が手袋をはめていたのも、素手で触ってしまうと僕の魔力を吸収してしまうから、それを防ぐためなんだ。で、シンは素手で魔石を持っているから、今はシンの魔力を吸収しているというわけさ」
なるほど、つまり、属性を調べるためには、ただこの魔石を素手で持っていれば良いというわけか。特に何かをしないといけない、っていうわけじゃないようで、すごくお手軽だな。
…とりあえず、何時まで持っていればいいんだろうか。
この魔石がどの程度の量の魔力を吸収するのかわからないが、魔力を吸われすぎて倒れた、なんてことは避けたい。
「あの、いつまで持っていればいいんでしょうか?」
そうならないように、父上に尋ねる。
まあ、近くに父上がいる以上、そんなことにはならないと思うが。
「ああ、心配しなくても、術式の作用で一定量以上の魔力は吸収しないようになっているから大丈夫だよ。魔力の吸収が終わったら魔石が冷たくなるから、そうなったら完了さ」
俺の心配を察したのか、父上は苦笑いしつつそう答えてくれた。
勝手に止まるのなら、特に心配する必要もないだろう。
魔石の色に変化があるのかどうか確認しようと思ったのだが、内側に存在する光のせいではっきりとは確認できなかった。
仕方がないので、ひとまず、今は魔石が魔力を吸収し終わるまで待つだけだ。
※追記:属性の名称に関して、『土』を『地』に変更しました。4/15