夕食の前に
掛かった時間とクオリティは比例しないのです。
…まあもともとアレですが。
部屋を出た俺は、スズネの手を引いたまま一階へと下りた。
玄関には、帰ったばかりの父上とそれを迎える母上の姿があった。兄上はまだ帰っていないのだろうか、姿が無い。
階段を下りた俺は、スズネの手を引いたまま父上達のそばへと歩を進めた。
「ちちうえ、おかえりなさい」
俺は、帰宅した父上に挨拶をする。
「おかえりなさいー!」
と、俺の言葉にスズネも続く。
そんな俺達の挨拶を聞いた父上は
「ただいま、二人とも」
と言って、俺とスズネの頭を撫でる。
そして、そんな俺達のやりとりを、母上は微笑みながら眺めていた。
父上との挨拶を済ませた俺達は、夕食の時間が近づいていた事もあって、揃って食堂へと向かうことになった。ただし、父上は一旦自分の部屋へ向かうようだが。
そこで俺は、さっそく父上にいろいろと許可を貰うために、食堂には向かわず父上の後に続くことにする。一方、スズネは母上と一緒に食堂へと向かった。
父上の部屋の前まで来たところで、俺は父上に声をかけた。
「あの、ちちうえ」
「うん?どうしたんだい、シン?」
俺の呼びかけに対して、父上は振り向きながらそう返してきた。
まずは、セイラさんの友人のことから聞いてみるか。
……多分大丈夫だと思うが、少し緊張するな。
「えっと、少しおはなしがあるんですが…」
「どんな話かな?…と、その前に、とりあえず部屋に入ろうか。ここは廊下だからね、落ち着いて話せないだろう?」
そう言いながらドアを開け、父上は部屋に入る。続いて、俺も父上の部屋に入った。
「さて、いったいどうしたんだい?」
父上は、部屋に入って手に持っていたカバンを机の上に置くと、俺を見てそう聞いてきた。
「はい、あの、セイラさんのじゅぎょうなんですが」
「なにかあったのかい?」
俺の言葉を聞いた父上は、僅かに眉をひそめ怪訝な表情になった。…なにか誤解しているみたいだ、少し言葉足らずだったか。
「ああ、いえ、じゅぎょう自体はとてもたのしかったですし、セイラさんもすごくやさしいひとでした。つぎがたのしみなくらいです」
と、慌てて俺は付け加えた。
すると、父上の表情は、怪訝なものからいつもの穏やかなものへと戻り、視線を俺からカバンの方へと向けた。
「そうか、それならよかったよ。セイラちゃんも少し不安だったみたいだけど、シンの様子を見る限り大丈夫そうだね」
そう言いながら、父上はカバンの中から書類を取り出していく。
そして、カバンから書類を取り出し終えると、再び俺を見て
「さて、それじゃあシンの話を聞こうか」
と言った。
「はい、えっと、いくつかおねがいしたいことが…」
「ん、いったいどんなことかな?」
「その、まだいつになるのかわからないのですが、セイラさんとのじゅぎょうの時にセイラさんのおともだちをおよびしたいのですが…」
とりあえず、一つ目のお願いをする。これに関しては、おそらく問題なく許して貰えると思うので特に心配はしていない。…まあ緊張はしているが。
父上は、俺の言葉を聞くと、少し思案するような表情になった。かと思うと、すぐに父上が口を開く。
「うん、そのくらいなら別に構わないよ。セイラちゃんの友達なら、きっといい子だろうしね。ただ、ちゃんと勉強もするように」
と、父上は微笑みながら許可してくれた。
「はい!ありがとうございます」
ひとまず、一つ目は無事クリアだ。大丈夫だろう、とわかってはいたものの少しホッとする。
あとは、次にセイラさんが来た時に報告して、それから何時にするのかを決めればいいだろう。
さて、問題は次だな。
何時まで待てば、俺が街に行くのを父上は許してくれるのか。
俺としては今すぐ行かせてくれ、というわけではなく、何時まで待てばいいのか、ということを聞きたい。
ただ漠然として待つのではなく、何時まで、という明確な目標を決めた上で待っていたい。準備をする上でも、そっちのほうがいろいろとやりやすいだろうしな。
とにかく、一人で色々と考えたところでどうしようもないので、とりあえず父上と話さないと。
そう考えて、俺は再び父上に話しかける。
「ちちうえ、もうひとつよろしいでしょうか…?」
「ああ、いいとも。いったい何かな?」
「はい、その、今すぐに、というわけではないのですが、まちへいきたいんです」
という俺の言葉を聞いた父上は、目を閉じて、先ほどと同じように思案するような表情を浮かべた。今度は、先ほどとは異なり、すぐに口を開くことはなかった。
暫くの間、部屋の中には時計の針が動く音だけが響く。少しして、父上は目を閉じたままで俺に話しかける。
「シン、前にも言ったと思うが、お前はまだ小さい。そして、お前の行きたがっている街という場所は、お前の想像以上に危険が多いんだ。だから、まだお前の街行きを許すわけにはいかないよ」
そう言い終えると、父上は再び目を開いて、俺を見る。
まあ、俺としては、この場で許可をもらえないのは織り込み済みなので特に問題はない。それよりも、重要なのはここからだ。
「それは、わかっています。なので、いつまで待てばまちへいくことをゆるしていただけますか?ぼくは、それをしりたいんです」
さて、これでどうなるか…。なるべく早く許可してくれれば嬉しいんだが。
「ふむ、なるほど、そう来たか」
父上は、ほんの少しだけ楽しそうな表情で、そう小さく呟いた。
「それにしても、どうしてそこまで街に行きたがるんだい?もちろん、興味をもつのはわかるけど、普段わがまま一つ言わないお前がここまでこだわるなんて、意外だよ」
と、今度は不思議そうな表情を浮かべた父上が、俺に尋ねるようにして話す。
これに関しては、隠すようなことでもないので、正直に話したほうがいいだろう。
「その、いろいろなことをしりたいんです。街には、いろんなひとやたくさんのおみせ、たてものがあるとききました。それを、じっさいにじぶんのめで見てみたいんです」
理由としては、概ねこんな感じだ。この世界がどういった所なのか、ということを知るために、様々な情報や知識なんかを集めたい。当然、そのためには、より多くのそういったものが集まる場所へ行ったほうが効率がいいだろうし、となると、より多くの人や店などが存在している王都という場所は、非常に都合がいいわけだ。
人の多く集まるところには、それに比例して多くの情報も集まるだろうし、王都なら、様々な地域から様々な人々が集まっているはずなので、より様々なものがあるだろう。
「ふむ…。確かに、お前の言うこともわかる。知りたい、という欲求を持つことはとても良いことだと思うよ。様々なことを知って、人は成長していくわけだしね。ただ、やっぱり、お前が街に行く事をすぐに許可することはできないよ。さっきも言ったけど、お前はまだ小さい。5歳になったばかりだからね、もう少し待ちなさい」
父上はそこまで言って、一旦言葉を切った。そして、しばし俺を見つめた後で、再び口を開いた。
「そうだな…。シン、ひとまず、6歳になるまで待ちなさい。今から、ほぼ一年先ということになるけど、その間にしっかり勉強して、ここにいて学べることを学ぶんだ、いいね?その上で、お前が6歳になった時に今言ったことをちゃんとこなせていれば、シンが街へ行くことを許可しよう。もちろん、一人ではなく大人と一緒に、ということになるけどね。これでどうかな?」
一年待ちか…。まあ、悪くはない、か?
確かに父上の言う通り、街に行く前に勉強した方がいいことがまだたくさんある。それを考えると、一年という期間は決して長くはないだろう。
「わかりました、ちちうえ。一年まちます」
「わかってくれて嬉しいよ、シン。でも、ちゃんと勉強していなかったら許可はできないからね?しっかり勉強するんだよ?」
「はい!」
よし、これでひとまず目標はクリアした。これからちゃんと勉強していかないとな。
一年後という明確な期限もできたので、そこへ向けて気持ちも保ちやすい。もしも、何時許可を貰えるのかわからなかったら途中で気持ちが切れそうだが、その心配もひとまずはせずに済んだ。
これから一年間、できることをしっかりとこなしていこう。
俺が心の中で決意したところで、父上が声をかけてきた。
「さて、シン、話はもうお終いかな?」
「はい、いまのでおわりです」
「よし、それならそろそろ食堂へ行こうか。僕もお腹が空いたし、みんな待っているだろうからね」
そう言われて時計を見ると、針は17時30分を指していた。確かに、この時間なら夕食の用意はもうできているはずだ。
母上たちをあまり待たせるのも悪いし、食堂へ行ったほうがいいだろう。
「そうですね、ちちうえ。しょくどうへ行きましょう、ぼくもおなかがすきました」
「じゃあ、行こうか」
俺の言葉を聞いた父上は、そう言ってドアに向かって歩き出した。俺も、食堂へと向かうべく父上の後に続いた。