妹とメイドさん
昼食を食べたあと、セイラさんが帰宅するのを玄関先で見送った俺は、再び自分の部屋へと戻っていた。
時計を見ると、時間はまだ13時を少し回ったところなのだが、今すぐにやらなければならない、ということは特に思い浮かばない。
勉強についても、今日は初回ということもあって雑談のみでセイラさんの授業が終わったので、課題のようなものは特に出されていないのだ。まあ、次回からは真面目に勉強することになると思うので、おそらく課題なんかも出されそうな気はするが。
ひとまず、やることも思い浮かばないのでベッドに横になる。
「ふぁ~…」
……このまま横になっていると眠ってしまいそうだ。さすがに昼食のすぐ後に寝てしまうのはいかがなものかと思い、体を起こしてベッドの縁に腰掛けることにした。
姿勢を変えたところで、先程までのセイラさんとの会話を思い返す。いろいろと、有益な情報を聞くことができたんじゃないだろうか。
といっても、主に俺の暮らしている国、ローゼンベルンに関することに限定されてはいたが。
それと、セイラさんの友人の亜人と会わせてもらうという約束もできた。どういった種族なのか、ということは聞いていないのだが、どういった種族であれ実際に会うのが楽しみだ。
ただ、セイラさんの友人と会うのは、セイラさんの授業の時に一緒に来る、という形になるので一応ではあるが父上の許可を貰わなければならない。まあ、おそらく問題はないだろうが。
もう一つ、できれば俺が街へ行く許可も貰いたいのだが、現時点では貰える可能性はほぼないだろう。すでに何度か許可を貰えないか聞いた記憶はあるのだが、大きくなるまで待ちなさい、と言われてしまい、残念ながら成功には至っていない。それはおそらく、父上が俺のことを心配してくれているからだと思う。俺自身、父上に余計な心配をかける気はないので、無理に今すぐ街に行かせてくれと言うつもりはないし、父上の許可無く街に行こうとも考えていない。
ただ、どの程度待てば許可してもらえるのか、ということは今のうちにはっきりと聞いておきたい、という思いはあるので、どうせ聞くなら早いほうがいいだろうし、今日にでも言ってみようか。父上が帰ってくるのがおそらく夕方になるだろうから、夕食の前くらいになりそうだな。
と、決意したのはいいものの、結局することがないので夕方まで時間が空いてしまうことになる。
どうしたものか、と考えていると、不意にドアをノックする音が聞こえた。
マリーさんかな?と思いつつ、俺はベッドから降りてドアへと向かった。
「はい、なんでしょうか?」
と、返事をしつつドアを開ける。
すると、そこに立っていたのは
「シン様、おさんじをお持ち致しました」
そう言って柔らかな笑みを浮かべているマリーさんと
「にいさま!おやつです!」
と、満面の笑みで俺を見上げている、妹のスズネだった。
「マリーさん、それにスズネじゃないか。スズネ、おひるもしょくどうに来なかったけど、ねてたのかい?」
「にいさま!すずねはさきほどおきたのです!」
朝食に続き、昼食の時もスズネは食堂に姿を見せなかった。なので、気になって理由を聞くと想像通りの答えが返ってきた。
…それにしても元気だな。
「実は、朝にも一度起きられたのですが、朝食の後にもう一度お休みになりまして、先程まで…」
マリーさんが少し苦笑いしながら、そう教えてくれた。
「にいさま!おやつにしましょー!」
そう言って手を引くスズネとともに、俺は部屋の中へと戻り、そんな俺達に続くように、マリーさんはお菓子やティーポットなどが乗ったワゴンを押しながら部屋へと入った。
俺とスズネは、並んでベッドに腰掛けつつマリーさんがお茶の準備をしてくれているのを眺めていた。
マリーさんは、テキパキと準備を進めていく。
そんなマリーさんから視線を外して、チラリと横を見る。すると、脚をパタつかせながらニコニコとこちらを見ていたスズネと目が合った。
俺の妹であるスズネ・サヴェンストは、色白で、ショートに切り揃えられた母上譲りのブラウンの髪は、ふわふわしておりとても撫で心地がよさそうだ。
まだ3歳ではあるが、将来はきっと、かなり可愛くなるだろう。…決して身贔屓とかではなく、あくまでも客観的な意見である。
そんなことを考えていると、お茶の準備が終わったらしいマリーさんが声をかけてきた。
「シン様、スズネ様、お茶の用意ができました。少々熱くなっていますので、お気をつけ下さい」
と言って、俺とスズネにティーカップを渡してくれた。ちなみに、今日の御茶請けはメイドさん特製のクッキーだ。なお、作ったのはマリーさんではない。マリーさんは、まだ見習いなのでお菓子作りとかはさせてもらえないらしい。
マリーさんからカップを受け取った俺は、クッキーをかじりつつチマチマと紅茶を飲んでいく。
「マリーさんのいれたこうちゃは、とてもおいしいです」
と、俺が素直な感想を口にする。
そんな俺の言葉に続くように、スズネが
「マリーさんのこうちゃ、おいしーです!」
とマリーさんに言う。
「ありがとうございます。そう仰っていただけると、嬉しゅうございます」
そう言って、マリーさんは嬉しそうな表情を浮かべた。
その後、スズネやマリーさんと紅茶を飲みながら雑談をしつつ過ごしていた。夕食の事を考えてクッキーは程々にしておいたが。
俺とスズネが主に話し、時折マリーさんが相槌を挟むといった感じだ。
やはり、一人でいるよりも誰かと話していたほうが時間がすぎるのは早く感じるようで、気づくと時計の針は17時をもうそろそろ指そうか、というところだった。、
「あら、もうこんな時間ですね」
マリーさんはそうつぶやくとカップやポットを片付け、ワゴンを押しながら一足先に、俺の部屋を後にする。
ちょうどその時、玄関扉の開く音が聞こえてきた。どうやら、父上が帰ってきたらしい。
「スズネ、ちちうえが帰ってきたみたいだから、したにおりようか」
「はい!にいさま!」
俺は、元気よく返事をしてくれたスズネの手を引きながら、父上の元へ向かうべく自分の部屋を後にした。