異世界を知る 1
朝食の後、部屋に戻って待つこと1時間。時計を確認してみると、まもなく9時になろうとしている。
俺は、ベッドに腰掛けながら家庭教師の先生を待っていた。
先生が来るまで部屋の掃除でもしようかと思っていたのだが、朝食の間にメイドさんが済ませてくれたらしく、塵ひとつ落ちていなかった。…メイドさんすごい。
しばらく待っていると、コンコン、とドアがノックされ
「シン様、お客様がお見えになりました」
と、マリーさんの声が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
俺が立ち上がって返事をすると、ドアが開いて少女が部屋の中へ入ってきた。
マリーさんは部屋に入らず、入り口のところで一礼するとドアを閉めて立ち去ってしまったので、部屋の中には俺と、目の前に立つ少女の二人きりだ。
目の前の少女は、青い髪を二本の三つ編みにして、肩の後ろにたらしている。歳は…、やはり兄上と同じくらいだろうか。色白で、少しタレ目気味の可愛らしい顔だ。身長も低く、150cmくらいに見え、薄い青のワンピースに、白いカーディガンを羽織っていた。
「えっと、はじめまして。シン・サヴェンストです。…あなたが、ぼくのせんせいですか?」
とりあえず、黙っているのもアレなのでこちらから挨拶する。
「ええ、そうよ。はじめまして、シン…君、でいいかしら?私は、セイラ・デュバルっていうの。よろしくね?」
「よび方はおまかせします。よろしくおねがいします」
そう言って、俺は頭を下げた。
「さて、それじゃあこれからどうしましょうか。時間はたくさんあるんだから、いきなりお勉強っていうのもつまらないし…」
勉強がつまらない…。確かにそうだが、家庭教師としてそれはどうなのだろう。
まあ、逆になるよりかはよっぽどいいけど。
それよりも、いい機会だし、さっそくいろんなことを聞けるチャンスじゃないだろうか。
そう思って、セイラさんに切り出してみる。
「それなら、いろいろおしえてもらえませんか?」
「あら、私に答えられることならいいわよ?そうね、せっかくだし、今日はいろいろお喋りしましょうか」
セイラさんは、笑顔を浮かべてそう言ってくれた。
………勉強しなくてもいいんだろうか。
二人とも立ちっぱなしだったので、俺はベッドに、セイラさんは椅子に座って話すことになった。
セイラさんが椅子に座ったところで、俺を見ながら切り出した。
「さて、どんなことから話しましょうか…」
「それじゃあ……。ぼくのちちうえは、どんな仕事をしているんでしょうか?」
いろいろ聞きたいことはあるものの、とりあえず無難そうなことから聞くことにした。
セイラさんは、父上の友達の娘ということだったから、何をしているのかくらいは知っているんじゃないだろうか。
「シン君のお父様?そうね、シン君ももう5歳だし、自分のお父様がどんなお仕事をしているのか気になるわよね」
「はい、セイラさんのおとうさまは、ちちうえのお友達だときいたので。…ごぞんじでしょうか?」
これでもし、セイラさんが知らないならそれは仕方ないことだと思うし、その時は、兄上か父上本人に聞けばいいだろう。
だが、そんな心配は無用だったらしい。
「ええ、知ってるわよ。実は、私のお父様も同じお仕事をしているのよ」
「そうなんですか?」
なるほど、セイラさんの父親はうちの父上の同僚なのか。
「ええ。私のお父様が、学生時代からの付き合いだって仰ってたから…、25年くらいかしら?昔から話が合って、仲が良かったらしいの。もちろん、今もね。お仕事まで同じになったのはたまたまだって仰ってたけど」
「へぇー、そんなにむかしから仲がよかったんですね。すごいです」
25年来の付き合いか、まさに親友って感じなのかな。
前世でも友人はいたけど、何だかんだで疎遠になりがちだったし、25年っていうのは凄い。
「ほんとうよね。それで、シン君のお父様のお仕事だったわよね?」
「はい」
少し話が脱線してしまったが、ようやく本題だ。
「シン君のお父様は、“王立技術研究本部”っていうところでお仕事していらっしゃるの」
「おうりつぎじゅつ……?」
技術…、ウチの父上は理系だったのか。
で、王立ってことは、公務員みたいなものか……?
「簡単に言うとね、王国のために今までにない、いろいろなものを調べたり、作ったりしているのよ」
「いろいろ、ですか?」
名前からして、調べたり作ったりっていうのはわかるが、どんな分野のものを対象にしているのかわからない。
そんな疑問が表情に出ていたのか、セイラさんが続けて教えてくれる。
「そう、いろいろよ。例えば、新しい魔法だったり、乗り物だったり。他にも、魔石の使い方とかいろいろね。まあ、私もお父様から聞いただけで、そんなに詳しくは知らないんだけどね」
本当にいろいろなんだな。
ただ、セイラさんの言葉に聞きなれない単語が一つ…
「ませきって、なんですか?」
名前だけで考えると、魔法に関係するのは間違いないと思うが、いったいどんなものだろうか。
宝石のようなものなのかな。
「魔石っていうのは魔力を持った石とか鉄のことなの。身の回りのいろいろなものに使われてて、そうね、私達の生活を支えてくれているもの、かしら」
石とか鉄ってことは、鉱物資源になるのか…?
生活を支えてるとなると、宝石みたいに希少なものでもなさそうだな。
「例えば、お風呂のお湯を沸かしたり、お料理の時に火を起こしたり、食べ物が傷まないように冷やしておくのにも使うし、お部屋の灯りにも使ったりするのよ。もちろん、魔石があれば、自分の魔力を使わずに魔法を使えるわ」
用途を聞くと、なんというか、かなり便利なものらしい。確かに、これならセイラさんが生活を支えていると言ったのもわかる。むしろ、生活どころか文明を支えていると言ってもいいんじゃないだろうか。前世の電気みたいなものだろうか、必要不可欠なものだ。
「しらなかったです。すごく、べんりなんですね」
「シン君くらいの歳なら、知らなくても仕方ないと思うわ。目に見えるところに置いてあるようなものでもないし、手に取る機会もなかなかないものね」
この世界で俺の意識が覚醒めたのは昨晩だが、記憶としては5年分のものがある。しかしながら、確かに魔石のようなものを見た記憶はない。
あくまでも俺の想像だが、魔石自体がどうにかなるということではなく、あくまでも魔石に含まれる魔力を使っているから目に見えるところにはない、ということだろうか。
「お父様のお仕事の話から逸れちゃったけど、わかってもらえたかしら?」
「はい、ありがとうございます」
父上の仕事もそうだが、魔石のことを知れたのは良かったな。この世界でかなり重要なものみたいだし。
「まだ時間はあるし、他にも何かあるかしら?」
そう言って、セイラさんが時計を見ながら聞いてくれる。セイラさんにつられて時計を見ると、10時を少し回ったくらいだった。
時間はまだあるみたいだから、もう少しいろいろと聞いてみようか。
「それなら、このくにのことをおしえてほしいです」
「ローゼンベルン王国のことを?わかったわ」
と、セイラさんは微笑みながら快諾してくれた。
自分のいる国がどういったところなのか、ということは、これから先どう暮らしていくのかということを考えるのに、非常に重要だろう。
別段、いますぐ知る必要はないのかもしれないが、早い時期から知っていれば、それだけ考えられる時間も長くなる。
「んー、でも、どこから話せばいいのかしら…?」
快諾してくれたセイラさんだったが、そう言って少し困ったような表情になってしまった。
「そうね…、じゃあ、この国がどこにあるか、というのは知ってるかしら?」
「いえ、わからないです……」
この世界の地理なんて全くわからないので、素直に答えておく。…この世界には地図とかあるのだろうか?もしあるのなら手に入れておきたいな。
わからない、という俺の言葉を聞くと、セイラさんは
「いいのよ。それじゃあ、この国がどこにあるのか、というところから話していきましょうか」
と言って微笑んだ。
次回に続きます。