NEW LIFE 前夜
「ん…」
ふと気が付くと、暗闇に包まれていた。どうやら、俺はベッドで横になっているらしい。
ひとまず、体を起こして辺りを見回してみる。
カーテンの隙間から、僅かばかり月明かりが差し込んでいる。おそらく、今は夜なのだろう。
僅かな月明かりしかないので、はっきりと確認することはできないのだが、机や本棚らしきものを見つけた。
ベッドやその他の家具があることを考えると、ここは誰かの部屋なのだろうか。
「転生……したのか?」
あの白い空間で起きた出来事は、今も記憶にしっかりと残っている。
俺が一度死に、霊魂と呼ばれる存在になって転生することになった、ということも。意識・記憶を留めたまま転生するのが普通じゃない、ということも。
今、俺が置かれている状況や、あの空間で銀髪さんが最後の方に言った『転生する時が来た』という言葉から考えると、俺は無事に転生できたようだ。
「そういえば、あの銀髪さんの正体、聞くの忘れてたな」
神様みたいなものだったのだろうか。まあ、今となっては知る由もないのだが。
それよりも今は、俺がどういう存在に転生してどういう境遇なのか、ということを確認するべきだろう。
銀髪さん曰く、転生してしばらくは、俺の霊魂に存在する意識の部分が休眠状態のようになるらしい。
そして、少し時が過ぎてから完全に覚醒める。俺が完全に覚醒めていなくても肉体は霊魂に従い行動し、その間に得た知識やどのように行動したかなどは、ちゃんと記憶される。らしいのだ。
つまり、俺が覚醒めたということは、転生してからしばらく経っているということになる。
今までどのように過ごしたのか、そもそもどの程度の時が過ぎているのか、などを把握しておかないと、これからこの世界で過ごすのにいろいろ問題が生じてしまうだろう。
「とりあえず、俺自身のことを知っておかないと」
そう言いながら、俺は目を閉じて自分のことを思い出す。
――名前 シン・サヴェンスト
――種族 人間
――容姿 黒髪で、顔は…、いまいちよく思い出せないな。まあ、明るくなってから鏡で確認すればいいだけだ。
――家族 両親と、10歳離れた兄が一人、2歳離れた妹が一人。そのほかに、ウチにはメイドさんや執事が何人かいるらしい。
――年齢 5歳…
「5歳…?」
ということは、転生してから5年も経ってるのか!?
せいぜい、数ヶ月。長くても1年か2年程度だと思っていたんだが……。
さすがに、5年も経っていたというのは予想外だった。ただ、記憶を辿る限り、俺の新たな人生は今のところ順調なようで、まずは安心した。
とりあえず、人間に転生して、家族との仲は良好。友達もそこそこいるみたいだ。それに、会話や基礎的な読み書きは問題なくできるらしい。まあ俺の意識が覚醒めても同じようにできるのかは、実際にやってみないとわからないのだが。
これは、結構悪くないスタートなんじゃないだろうか。
少なくとも、大きなマイナスはないみたいだし、なかなか恵まれていると言ってもよさそうだ。
ちなみに、この部屋は俺の部屋だった。
ひとまず、俺自身のことについては最低限理解できた…と思う。
次に俺は、自分が転生したこの世界に関して、自らの肉体が5年間で得た情報を思い出しながら、把握していくことにした。
「ん、あれ…?」
……のだが、困ったことに有益と思われるような情報はあまり多くなかった。
せいぜい、俺は“ローゼンベルン王国”という国の王都に暮らしていること。人間以外にも、エルフや竜人などの亜人が多数存在していること。複数の大陸に様々な国家や勢力が存在していること。それと、魔法が存在しているということ。
それくらいだろうか。
あとは、いつ誰と遊んだとか、どのメイドさんがやさしいとか、妹の泣き止ませ方とか。そういった感じのものばかりだった。
いや、無論、人間関係を把握するのも大事だということは十分理解しているけど…。
確かに、いくつかの重要そうな情報を得ることができた、という点については、一応満足している。
亜人に魔法なんて、前世には存在していなかった。
それがこの世界には存在している、ということを知ることができただけでも、心構え的には大違いだ。
特に、魔法が存在しているだなんていうことは銀髪さんからも聞いていなかったので、今の段階で知ることができてよかった。
しかし、それでも、もう少しいろいろな情報が欲しかった、というのが本音ではあるのだが。
まあ、そもそも5歳の肉体だと得られる情報にも限りがあるだろうし、仕方ないのかもしれない。
さしあたって、多少なりとも情報を得られたということを素直に喜ぶべきだろう。
「それにしても、魔法ねぇ…」
正直なところ、魔法があると知って少しワクワクしている。
亜人にしてもそうだが、前世では実在し得なかったものがこの世界には存在している。
そう考えただけで、それがいったいどんなものなのか、自分の目で確かめたいという思いに駆られてしまう。
俺はすでに、父親や兄に指導してもらいながら魔法を使うための訓練を行っているらしい。
なんでも、早い時期から訓練しておいたほうが、より多くの魔法が使えるようになるんだとか。
いまのところ、訓練した記憶があるというだけなので、実際に訓練するのがちょっと楽しみだ。
それに、エルフをはじめとする、様々な亜人にも会ってみたい。
彼らはいったいどういう感じなのだろうか、気になる。
「にしても、これからいったいどうなるんだろうか」
ベッドから降りて窓辺に向かい、夜空に浮かぶ月を見ながら考える。
俺はまだ5歳だ。あくまでも肉体的には、だが。
この世界における人間の平均寿命がいったいどの程度なのか、なんてことは、今の俺にはわからない。
ただ、少なくとも20年や30年なんてことはないだろう。魔法なんてものが存在しているんだし、もしかすると俺の前世の世界よりも長い可能性だってある。
これから、人生まだまだ先は長いのだが、将来的にどういう身の振り方をするのか、ということを多少なりとも考えておくべきかもしれない。
前世では、結果的に行き当たりばったりでもなんとかなったが、おそらく、こっちの世界はそんなに甘くないだろうと思う。
何も考えずに行動してバッドエンド、なんて状態になるのはなんとしても避けたい。
と、そこまで考えてからふと思った。
この世界にどんな職業や産業が存在しているのかなんて、あいにく今の俺には全くと言っていいほどわからない。
そもそも、この世界の一般常識ですらまだよく知らないのだ。将来のことをあれこれ考えるまえに、やらなければならないことや身に付けるべきことはいくらでもある。
まずはそういったことをしっかりとこなして、この世界で生きていくための基礎を固めなくてはならない。
それができていないのに身の振り方なんて考えたところで、あまり意味は無いだろう。おそらく、時間を無駄にしてしまうだけだ。
「今焦ったところで、どうしようもないか」
しばらくの間、将来に関しては心に留めておく程度にしておいて、いろいろな下準備が終わってから再び向き合うことにしよう。
様々な情報を集めたり、知識を増やしておくことも必要になりそうだ。
魔法だって、今のところ詳細はわからないが、ちゃんと使いこなせるようにしておいたほうがいいだろう。そのためには、訓練もしっかりこなさなければならない。
「ふわぁ~」
………大きな欠伸をしてしまった。
5歳の肉体が、夜更けに長時間起きているのはなかなかに難しいらしい。
正直、これ以上起きているのは無理そうだ。
「ねむ…」
再びベッドに潜り込んだ俺は、睡魔に抗うことなくそのまま眠りに落ちる。
ついに始まる NEW LIFE に備えて。
次回から、登場人物が増えていく予定です。