2つの世界の間で
初投稿です。なにかとグダグダになるかもしれませんが、よろしくお願いします。
ふと気が付くと、眩い光に包まれていた。
あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまうが、何度か瞬きをくり返すうちに目が慣れてきたらしく、ようやく辺りを視認することができた。
まず目に付いたのは、白い霧のようなモヤモヤしたもので、それが足元を覆っている。
顔を上げて辺りを見ると、そのモヤモヤが視界の果てまで続いているだけで、他には何も存在しておらず、ただ白い空間があるだけだった。
目を閉じ、耳を澄ましてもみたものの、残念ながら何も聞こえない。
その後、何かないものかと思いしばらく歩いてみたのだが、どこまで行っても白い空間が延々と続いているだけ。
どうしたものかと思ったがどうしようもないので、ひとまずその場に腰を下ろすことにする。
「はぁ、いったいどうなってるんだ」
と、独りごちてしまう。ちなみに、これがこの空間で初めて耳にした音だ。
「ん…?」
そのとき、微かにだが風が吹いた気がして、思わず振り向いてみると、それまで何もなかったはずの白い空間に誰か立っているのがわかった。
「うわっ!」
とっさに立ち上がって叫んでしまったが、誰だっていきなり自分の背後に人影が現れたら驚くだろう。
決して俺がチキンだから、というわけではないはず。
ひとまず、相手の姿を確認しようと思ったのだが、足元を覆っているものと同じようなモヤモヤがその全身を包んでいるせいで、ボンヤリとした影くらいしかわからなかった。
「誰なんだ!?あんたは!!」
少し距離をとってから、影に向かって叫ぶ。
言ってから、キツイ口調になってしまったのを後悔したものの、今さら気にしても仕方がない。
影からの返事はない。だが、少しずつモヤモヤしたものが薄くなっていき、ボンヤリとしかわからなかった影の姿をはっきりと確認することができた。
モヤモヤから現れた人物は、背が高く銀髪金眼で中性的な顔立ちをしていて、男性なのか女性なのかいまいちよくわからない。
とりあえず言えることは、存在感が凄い。なんというか、圧倒的というか、神々しさをも感じるような。
そんなことを考えつつ、黙って見つめているとおもむろに目が合う。
「やあ、はじめまして」
聞こえてきた声は、見た目に違わず中性的なものだった。
「………はじめまして」
「うん。しかし、ここに人が来たのは久しぶりだよ」
思わず、訝しげな返事をしてしまったが、とくに気にする素振りはない。
とりあえず黙っていても埒が明かないと思い、彼?に話しかけてみることにした。
「あー、あなたは誰なんです?というかここはいったい…」
「ああ、すまないすまない。今から説明するよ、と言いたいところだけどその前に」
「えっ…?」
「君は、ここに来る前に自分がどこにいたのか覚えているかい?」
「どこって……、あれ?」
そう言われて、ふと思う。ここに来る前どこにいたのかなんて考えていなかった。
今更ながら思い出そうとするものの、いまいちはっきりと思い出せない。
「えっと、どこにいたんだったか……」
「まぁ焦らずに、落ち着いて」
こんな状況で落ち着けと言われても、と思いつつ目を閉じて、深呼吸をしてみる。すると、徐々にここへ来る前のことを思い出してきた。
「そう、確か、俺は病院にいたはずじゃ……」
脳裏に浮かぶのは、白い天井と白いカーテン、白いベッド。そして、ベッドの横に女性が座っていて俺の手を握りしめている、そんな光景。
「どうやら、どこにいたのか思い出せたみたいだね」
そんな言葉に再び目を開くと、目を閉じる前と変わらない白い空間に、相変わらず性別不明な銀髪が立っている。
「ええ、俺は病院にいたはずで…、それがどうして」
「それは君の寿命が尽きたからだよ」
「こんな……、え?」
こんなところに、と続けようとした俺の言葉を、遮るようにして発せられた言葉。
寿命が尽きたということは、すなわち
「……俺は死んだ、ということですか?」
「まあ、言い換えればそういうことになるね。理由は、自分で思い出せるかい?」
理由、俺の死んだ理由。
………自分が死んだということを理解して、ようやく、すべてを思い出せたようだ。ここに来る前のことを。
「ええ、ようやく思い出しましたよ、いろいろと」
思い出した記憶を辿る。
ここに来る前の俺は、わりと平凡な人生を歩んできた、と思う。
そこそこの大学を卒業し、それなりに知名度のある企業に就職して定年まで働いた。結婚もして、子どもや孫に恵まれ夫婦仲も最後まで悪くはなかったと思う。妻には先立たれてしまったが。俺自身は、大往生、と言えるかどうかは分からないが、平均寿命を少しこえる程度に長生きして子どもや孫に囲まれ最期を迎えた、というわけだ。
さっき浮かんだ光景は、その最期の瞬間のものだったのだろう。
振り返って、大きな山や谷があったわけでもないが、まあ満足できる一生だったと我ながらに思う。
しばし、思い出にふけっていたのだが、視線を感じて我に返る。
「もうそろそろいいかな?あらためて、いろいろと説明させてもらうよ」
「ああ、すみません、お願いします」
「うん」
俺の返事に満足したように頷くと、彼?は説明を始めてくれた。
「まず最初に、君は死んだ、ということはもう理解してくれたね?」
「ええ、残念ながらそのようですね」
と答えながら、自分でも不思議なほど素直に頷いていた。
「ん、素直なのはいいことだ。……あまり未練を感じたりしないのが不思議かい?」
「まあ、我ながら、あまりにあっさりしすぎているかな、と…」
「別段おかしなことでもないさ。今の君は肉体から離れた存在、霊魂とでも言えばいいのかな」
「はあ、まあ生身ではないと思っていましたが。霊魂…、ですか」
いきなり霊魂と言われてもあまりピンと来ず、いささか怪訝な顔をしてしまった。
ただ、少なくとも生身だと言われるよりかは納得できるのだが。
「そう、必滅の肉体に宿る、不滅の存在。それが霊魂だよ。そして、未練やしがらみといったものは、霊魂よりも肉体の方により強く結びついているのさ」
「つまり、死んで肉体から離れたことで未練を感じなくなった、ということですか?」
そういえば、ここへ来てから今に至るまで、元の世界へ戻りたいとか恋しいということをあまり強く感じていない事に気づいた。途中、ここに来る前のことを思い出したにも関わらず、だ。
なんというか、それはあくまでも記憶として残っている、という感覚だろうか。
「そういうこと。霊魂は、本質的に個人を司るものだからね。それ単体だと、他の存在に対する感情があまり表に出なくなってしまうんだよ。君自身の意識に関係なく、ね」
「なるほど、霊魂だけの存在になったことで俺にも変化があったと…」
「理解が速いようで助かるよ」
正直、理解できているのかは自分でも怪しいのだが、あえて口にすることでもないだろう。
「さて、そんな霊魂だけの存在になった君がなぜこんなところにいるのか、だが…」
ようやく、俺がこの白い空間にいた理由を教えてくれるらしい。
まさかこんな何もない場所が天国だ、なんてことはないだろう。
「君がここに来た理由、それは君が転生するからさ」
「………えっ?」
…さすがにその答えは予想してなかった。
「転生……ですか?」
予想外の答えに一瞬戸惑ってしまったものの、なんとか気を取り直す。
「ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、転生なんてもの、それ自体は珍しいものでも何でもないよ。生きとし生けるものは全て転生を繰り返しているからね」
「そう…なんですか?」
これも予想外だ。そもそも転生なんてもの自体、今ひとつ信じられないのだが。
しかし、だとすればこの場所に俺1人しかいない、というのはおかしくないか…?
「なら、なぜここには俺しかいないんでしょうか?」
生きとし生けるもの全てが転生する、というなら誰か、もしくは、人に限らずとも何かしら存在していてもいいはず。
「まあ、もっともな疑問だね。確かに、全ての生命は転生している。ただ、普通は、どんな生命でも死によって霊魂が肉体を離れると同時に、霊魂からは記憶や意識といったものが離れて無意識の状態になるんだよ。で、そういった霊魂は肉体を離れた瞬間に次の肉体に引き寄せられていく。だから、こんなところへ来る前に次の生へ行ってしまうのさ。今の君と違ってね」
…ん?ということは
「ということは、今の俺の状態は普通じゃない、ってことですよね。無意識、とやらではなさそうですし」
「そのとおり。君はその霊魂に、本来離れていくはずの記憶や意識を留めたまま転生しようとしている、ということだよ」
なるほど、こんなところに来ている時点ですでに普通じゃないのか。
「はあ、ひとまず、そこは理解できたと思います。けど、それじゃあ俺はこれからどうなるんです?また赤ん坊からやりなおす、ってことですか?」
転生する、と言われて一応は理解したものの、これから俺がいったいどうなるのかなんてことは想像もつかない。
…そもそも、赤ん坊からと言ったものの、次も人に生まれる事ができるのだろうか?
「そういえば、俺はいったい何に転生するんでしょうか?」
意識は人なのに肉体は人じゃない、っていうのはなんというか、いまいち受け入れ難い。
それとも、そうなってしまったら違和感なんてなくなっているのだろうか。
「心配しなくとも、四足に転生したりはしないさ。まあ、無意識の転生だと稀に、人ではなく、人に近い存在に転生することもあるけどね。そもそも、君のような存在は確かに珍しいけど、今までいなかったわけじゃない。と言っても片手で数えられる程度だけどね。彼らは皆人に転生したよ」
とりあえず、俺と同じような状態の霊魂が存在していたこと。そしてそれらが皆、人に転生したと聞いて安心する。
やはり、人に転生できるのであればそれに越したことはないだろう。もっとも、まだ確定したわけではないのだが。
ただ、そこ以外にも一つ、今の話で気になったところが…
「人に近い存在…、ですか?」
いったいどんな存在なのか。少なくとも、俺が今までいた世界にはそんなものいなかったと思うのだが。
そんな疑問が顔に出ていたのだろうか、すかさず彼?が答えてくれた。
「そうだね、亜人といえばわかるかな?例えてば……エルフやドワーフ、といったところだね」
「人から亜人に……。でも、亜人なんてどこにいるんです?今まで出会ったことなんてないし、想像上だけの存在じゃないんですか?」
亜人だなんて言われても、いまいち釈然としない。
そんなもの、せいぜい小説やマンガなどに出てくるくらいで、実際に存在しているとは思えないし。
「君が出会ったことがないのは当然だよ、君のいた世界には亜人なんて存在していなかったからね」
「存在していないって、それだと転生できないんじゃ?」
存在していないものに転生なんてできないだろうに。
いったい、どういうことなのだろうか。
「あくまでも、君のいた世界には存在していないというだけさ。世界が違えば、当然そこに住む生命だって違うよ」
「え?世界が違うって……」
世界が違う?いったいどういう意味なのか。
思わず、黙って考えこんでしまう。
一瞬、静寂が訪れたが、気にした様子もなく彼?は口を開く。
「君は、世界というものが唯一絶対のものだと思っているのかもしれないが、そうじゃないんだ。世界というものは、それこそ無限に存在しているのさ」
なるほど、俺の居たものと異なる世界が存在してる、というのであれば、一応納得できる。
無言のまま俺が一人で納得している間も、彼?の話は続いている。
「そして、霊魂というものはね、肉体から離脱すると同じ世界にはとどまることができないんだよ。だから肉体が変わる度に、違う世界へと移るんだ」
………ということは、だ。つまり
「つまり、俺も異世界へ転生する、と」
「そういうこと。これに関して、例外はないよ。君より先にここへ来た霊魂でもね」
思いもよらないの展開だ。
何処へ転生するのかと疑問に思ってはいたが、まさか異世界に行くことになるとは。
……異世界、ねえ。
ここへ来て、すなわち俺が死んでから、ということになるが、いったいどのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
相変わらず足元にモヤが漂う白い空間で、俺は目の前に立つ彼?と二人、会話を続けている。
「転生先が異世界だ、ということはわかりました。ところで、俺の行く世界ってどんなところなんです?なんとなくでもいいので教えてくれませんか」
次に自分が生きることになるのは、いったいどんな世界なのだろう。
というのは、誰しも気になるのではないだろうか。決して俺だけではないはずだ。
と思って質問してみたのだが…
「さあ?残念ながら、そればっかりは実際に転生するまで誰にもわからないよ。当然、私にもね」
返ってきた答えは、俺の望んでいたようなものではなかった。
詳細までとはいかずとも、せめて概要だけでも教えてくれるかと思っていたのだが。
わからない、というのは予想外だったな。
「全く…、ですか?」
「ああ、全く。申し訳ないんだけど、本当にわからないんだ」
そう答える彼?の顔は、苦笑いの表情を浮かべているものの嘘を付いている様子はない。
どうやら、本当にわからないらしい。
「転生する霊魂がどこへ行くのかに関しては、少なくとも同じ世界に留まることはない、ということくらいしかわからないのさ。どんな世界へ行くのか、そこでどういったものに転生するのか、なんてことは実際に転生して初めてわかることなんだ」
「そう、なんですか」
わからないものは仕方がない、ということは理解しているものの、さすがに落胆してしまう。
自分がどういう世界に行くのか、事前に少しでも知ることができれば多少なりとも不安を感じずに済むかと思ったのだが…。
とはいえ、いつまでも引きずったところで何かがわかるわけでもないし、切り替えないと。
「すまないね。ただ、人以外に転生するということはまず有り得ないから、その点については心配しなくても大丈夫だよ」
そう言って彼?は再び笑みを浮かべた。
正直なところ、確実に有り得ない、というわけじゃないようなので若干不安は残る。
まあ、彼?の表情を見る限り大丈夫なのだろうけど。
「あと、それからもう一つ」
彼?が言葉を続ける。
いったいなんだろうか。
そう思いながら、俺は黙ったまま彼?の話の続きを待つ。
「意識を留めたままの霊魂が転生すると、その意識は少ししてから覚醒めるんだ。通常の、無意識の霊魂と違って新たな肉体と意識を馴染ませる必要があるから、そこに少し時間がかかるみたいだね」
「え?」
少ししてから覚醒めるって……。
どいうことだ?というか、その間肉体はどうなるんだろう。
「とはいえ、転生してから君の意識が完全に覚醒めるまで肉体は眠ったまま、なんてことにはならない。ちゃんと行動してくれるし、君が覚醒めるまでの間に別の意識が形成される、なんてことはなくて、君は君のままだ。それに、その間の出来事は失われることなく記憶されるよ」
「覚醒めるまで意識がない、ということですか?」
ひとまず、問題はないと思っていいらしいが……。
それにしても、意識がないのに行動する?本当大丈夫なのだろうか。
「完全に意識がないわけじゃない。いわば休眠状態、といったところかな。さっきも言ったとおり、君は君のままちゃんと覚醒めるよ。私から君に教えてあげられるのはこれくらいかな」
彼?は申し訳無さそうな表情を浮かべながらそう言った。
「いえ、それだけでもわかれば十分ですよ」
これは嘘偽りのない本心だ。
実際、何一つわからないよりもよっぽどマシだし。
まあ、しばらく意識がないらしい、というのが気がかりではある。けど、ちゃんと覚醒めるらしいし、大丈夫だと信じるしかない。
「そう言ってもらえると、私としても気が楽だよ」
と、彼?は笑みを浮かべつつもどこかホッとした表情を浮かべていた。
話を終えたらしい彼?は、ゆっくりとその場に腰を下ろした。
俺だけ立っているのもどうかと思い、続くようにして彼?の座った正面に腰を下ろす。
「さて、そろそろ時間みたいだね」
俺が腰を下ろしてしばらく、ふいに目の前の彼?が口を開いた。
「時間?いったい……」
何の、と続けようとしたところで、徐々に意識が遠くなっていくような感覚を覚えた。
「君の転生する時が来た、ということさ」
そう答えてくれた声も、少しずつ遠くなっていく。
「久しぶりに誰かと話せて楽しかったよ。ここでの出来事が君にどんな影響を与えるのかはわからないけど、君が幸運に恵まれることを願っているからね」
その言葉を聞いたとき、俺の視界は白いモヤに包まれていった。