決着
これにて完結になります。
爆音が響く。銃を持った兵隊たちが何もできずに蹂躙されていく。それもそのはずだ。そもそも、この簡易的なプレハブ施設を防備するのには、アサルトライフルですら過剰武装であるぐらいだ。何より、ここは日本であり、しかも田舎の山の中である。
――しかしどうしたことだろう。彼らを今攻め立てているのは、攻撃ヘリコプターだ。
「うおおお! マジねぇすげぇぇぇ!」
「魔法ばんのーじゃん!」
双子の姉妹はよほど興奮しているのか先程からずっと喚いている。それもそうだろう。彼女の言う“マジねぇ”――小柄な女性が、奥の手と称して攻撃ヘリコプターを召喚してしまったのだから。しかもそれに指先一つで指示を出し、相手を蹂躙しているのだから尚更だ。これには温厚なオツァーリも言葉にできぬ様子であった。
「仲間が蛙さんになっても逃げてくれないんだから、仕方ないわよね」
彼女はそう言いながらヘリを操り、機首下の機関銃で身を隠した敵をその遮蔽物ごと掃射する。もう殆ど無事な建物が無い。唯一無事なのは、今現在エリーがいると予測される施設だろうか。フレンドリーファイアは避けたいので、彼女はそこに攻撃は加えていなかったのだ。味方を挽肉にしてしまうのは、いくら魔女でも目覚めが悪い。
――しかし、その判断は誤りだっただろうか? 虚空より飛来した光の筋がヘリのローターを的確に吹き飛ばし、墜落させたのだ。破損により存在を保てなくなったヘリはそもそも存在しなかったかのように雲散霧消する。
「……相当高位の魔法使いがいる、っていうことかしら」
「魔法、じゃない……かな。秘術だろうね。僕のような」
出てきたかと思えば消えていくヘリに双子の姉妹は目を丸くさせてやはり何事か喚き続けていたが、小柄な魔女とオツァーリの反応は冷静なものだ。彼らは、ヘリを撃墜した相手がグンマーのシャーマンであることを察していた。つまりは、エリーが失敗したということになる。彼女との付き合いが短くないオツァーリはそれでも不思議と冷静であった。
「……死んでいるとは思わないけどね」
彼女がそう簡単に死ぬわけがないと確信していたからだ。そもそも、勝てないと踏めばすぐに逃げるアサシンや忍者の教えを身に染み付かせた彼女が、死ぬまで戦うということ自体が想像しづらい。恐らく彼女はすでにこの場から逃げ出したか、身を潜めたはずだ。
「じゃあ、問題はここから、だね」
オツァーリは油断なく全身に力を巡らせる。相手はグンマーのシャーマン。つまりは秘術師だ。本来ならば勝ち目等皆無に近い――が、相手がこちらの土俵で戦うのならば、話は別だ。相手は、異様にマナの薄いこの世界に戸惑っているはずである。
ゆらり、と猛禽のような瞳をした、刺青の男が姿を現す――もうこちらを見つけた。彼の秘術が発動する――その直前!
「イヤーッ!」
男の胸に渾身の力で振られた棍棒が直撃する! 小柄な魔女による魔法のサポートにより、双子の姉妹が一気に男に肉薄したのである。術者には不意を打つ。それが鉄則だ。ネミィはその不意打ちに成功したのである。続いて、サミィの槍の穂先が迫った!
「テヤーッ!」
槍が心臓を貫けば、いくらグンマーのシャーマンと言えども絶命は免れない! 槍は正確無比に男の心臓を穿とうと迫り――折れた。男は不意打ちを受けながらも防御手段を構築していたのだ。しかし、それでも一手の遅れは帳消しには出来ない。双子の姉妹は素早く離脱すると、続いて小柄な魔女の魔法による一撃が迫る。今まで多くの生命体の本質を歪めてきた緑色の風だ――!
「――きかないっていうのね」
しかしそれも、男は難なく防いで見せた。次いで男は反撃に打って出る。彼の指先からまばゆいばかりの光が放たれたかと思うと、それは次第に収束して光線となりオツァーリにと迫る! 光の束は大気を震わせ地を揺らし、光線を掠めたプレハブの一部が溶解を起こした。信じられないほどの熱量であり――これが直撃すれば人一人など、影すら残らない。オツァーリにこれが当たらなかったのは単に幸運に過ぎなかった。
「これじゃデタラメだ」
九死に一生を得て、オツァーリはそうボヤく。これでは自分が秘術による防護壁を展開してもどこまで耐えることができるのか――そもそもそれは防ぐに足るのか、まるでわからない。そもそも、マナの薄いはずのこの場所で、あそこまでの力技が使えることが疑問なのだ。小柄な魔女のやってみせた魔法とてデタラメには変わりないが、それでも魔法である以上は消耗がある。マナの質が悪い現代において、あの男がやったような非常に強力なソレは、この世界では絶対に放つことが出来ないものであるはずなのだ。もしもオツァーリがおんなじことをしようとすれば、たちまち乾いて死んでしまうはず。
「何かカラクリがある……だろうね」
とにかく、当たらないようにするしかない――しかし、突破口が無ければ遅かれ早かれやられてしまうのもまた事実。彼に焦りの色が見えた。
「イヤーッ!」
――しかし、グンマー人の彼女はそんなことは気にもならない。同族との勝負、それも戦士ではなくシャーマンに負けてはならぬ、そんな気負いのようなものすら感じられる。彼女のスイングした棍棒は風切音をあげて男の顔面にと迫る――!
「テヤーッ!」
男が棍棒を半透明な壁で防ぐと、間を置かずに穂先を失った槍が迫る。槍は壁に大きく食い込み――硝子の割れるような音を立てて破裂! そこを突いて、棍棒が顔面を強打!
男は大きく転倒し、トドメを刺そうとサミィが槍を振り上げる――が、そこまで。男は倒れた状態ながら衝撃波のようなものを生じさせてネミィとサミィを数メートルは吹き飛ばしてみせた。今度はもう先ほどのようにやすやすとは接近させてはくれないだろう。
「んぐぐ……大丈夫? サミィ」
「大丈夫だよネミィ。そっちこそ平気?」
大きく吹き飛ばされ、打ち付けられた二人だが、グンマー人故だろうか、ダメージ自体はそう大きくないようだった。しかし――。
「マジねぇは……平気?」
「マジねぇー?」
異様な余裕を見せる男に対し、小柄な魔女はひどく消耗した様子だった。彼女は表情でこそなんとも無い風に見せたが――実のところ、隠せていない。辛いのが丸わかりだ。
「エリー……」
オツァーリは歯軋りしながら彼女の名を呟いた。圧倒的に力負けしている。この状況をひっくり返すのは、それこそ不意打ちからの致命打しかない。そして、今それができるのはエリーを除いていないのだ――しかし、依然として彼女の安否すら解っていない。
男はゆっくりと起き上がり、天に左手を掲げた。途端に大気が大きく揺らぐ――。どうやら、一瞬でケリをつけようと判断したらしい。
「……やれるだけ、やるしかないか」
オツァーリは内心、恐らく防ぐことは適わないだろうだろうと考えていた。しかし、それでもやらないよりはいいと――双子の少女と、小柄な魔女を自らの背中へと隠れさせた。
オツァーリは、自分ができる最大限の防壁を展開させて、目を瞑った。
*
「謀ってくれたな、魔術師」
ぺきり、と音を立てて杖が折れた――。そして、門は閉じられた。
「この杖さえあれば、門の維持も可能というわけか。気づかなかったぞ」
ふん、とエリーは鼻を鳴らす。あの男と対峙し、気を失わされたのが面白くなかったのである。目が覚めた彼女は、妙な感覚から、異界開きの術者が手にしていた杖が転がっているのに気がついた。そしてそれをへし折ったのだ。マナの薄いこの世界で、あの男が圧倒的な神秘を構成することが出来た理由――それは、グンマーからのマナが流入していたからだったのだ。オツァーリや小柄な魔女には感知できないソレは、ただただ男を不気味な強さにさせていたのである。そして、そのカラクリが解けた今、あの男はもう突破不可能な存在ではない。彼女は小さくため息をつくと、ゆっくりとオツァーリ達のもとへと歩き出した。あの男は、何としても自分が倒すと決めたからだ。
*
男が発生させた巨大な光球は、この場所全てを多いつくし、焼き尽くすかと思われた――しかし、実際には、ソレはオツァーリの防壁に激突すると、たちまち姿を保てなくなり雲散霧消する。すっかり死ぬとばかり思っていたオツァーリはそのことに驚いて目を見開いた――すると、自分の防壁の向こう、男の背後に、彼女の姿があった。エリーだ。
「――眠れ」
彼女は、男がふりむく暇も与えずに、無防備なその背中を突き刺した。剣は大小両方とも折られてしまったが、アサシンブレードは無事だ。ならば、大きな問題は無い。
男は祈るように身体を折って、しばらく何事かを口にしていたが、やがて息絶えた。そして――さらさらと、砂が吹かれて飛ぶように消えていったのである。
「秘宝の場所は聞きそびれたな。まぁいい……」
これで、全て終わった――それがわかると、オツァーリはほっと息をついた。どうにか、片付いてくれたと。こんな思いをするぐらいなら、引き受けなければよかったかもしれない。彼はそんな風に思ったが、それでも、彼女という刃を補佐すると、決めているのだ。今日のような出来事の一つや二つ、これから先もあるだろうと彼は考え――ならば、良い経験だったかもしれない、と苦く笑ったのだった。
「勝ったねぇサミィ! 悪者退治だねぇ!」
「そうだねネミィ! おいしーところはそこのニンジャにもってかれたけど!」
現金なもので、二人は終わったとわかるなりはしゃぎ回っている。 彼女たちにしてみれば、自分たちが生死を賭す理由も、価値も、そこに闘争があるから、なのかもしれない。グンマー人というのは、そういうものなのだと、彼女たちは後になって言う。
「なかなか良い経験になったわね……。無様を見せた以上は、骸の処理は任せて頂戴。みんな草木に変えてしまうから」
小柄な魔女は、小さく息を呑んで、何事かを唱える。すると、たちまちに薄緑色の風が吹いて、騎士団の死体をたちまちに土に還し、そして草木にへと変貌してみせた。ここにあるのは、奇妙な損傷を受けたプレハブの廃墟だけとなる。
「……私やオツァーリはいいとして、お前らまで殺人に抵抗がないのは妙な話だ」
はしゃぐ双子や、特に感慨もなく死体の処理をする魔女を見て、彼女は嘆息した。自分が言えた話ではないが、歪んでいる。双子はその生まれ故に、魔女はその在り方故に。
「向こうは人殺しの達人だった。なら、何れは殺される存在だったわけだよ。なら、いいんじゃないかなぁ別に。彼女たちは何も殺人鬼というわけじゃないさ。その力が常に正しい方向に向けられるなら、それでいいと思うよ」
「……別に構いはしないさ。それよりも……眠い」
彼女は大あくびをして、少しだけオツァーリに寄りかかった。――そしてそれがスイッチになり、いつものぐうたらなエリーにへと変貌する。
「家につれてって」
「……はいはい。君たちは、自分で帰れるよね」
未だにはしゃぎきりの双子を引き受けて、魔女は微笑みながら頷いた。
「ほーら。帰りましょう」
「そうだねマジねぇ! おなかがすいたよ、ねぇサミィ」
「その通りだねぇネミィ。らーめんでも食べにいこうよ、マジねぇ!」
こうして、彼らはそれぞれの日常にへと帰っていった。今日のそれぞれの邂逅など、まるで無かったかのように――それぞれのコミュニティの中にへと。
しかし、次にまた、御影市を騒がせるような事件が起きたならば、彼らは再び集うことだろう。この地を守ること。それが彼らのこれまでと、そしてこれからの在り方なのだ。




