流血
次で完結いたします。
蛇紋山中腹。そこにはひっそりと複数のプレハブ小屋と、三台の大型トレーラーが隠れるようにして存在していた。オツァーリと小柄な魔女による探知術が無ければ発見できなかった程である。銃を手にした歩哨が正面に二名程見える。中にはもっといるだろう。
「じゃあ、手筈通りに行こう」
彼女らはここに来るまでにある作戦を立てた。異界を開くための術者はそう多く存在しない。騎士団にいくら莫大な人材プールが存在するといっても、動員できる数はそうそう多くない。さらに言えば、騎士団の上層部はこの作戦を余り有効視してはいないのだろう。送られてきた部隊も小規模なものだ。となれば、術者は一人しかいない。術者さえ殺せば目論見は阻止できる。ならば、彼女以外の全てのメンバーを陽動に回し、術者に置かれる防備を最低限にまで低下させるのだ。
「じゃあ……悪い人には、お灸を据えてあげましょう」
小柄な魔女から放たれる、魔法による薄い緑色の風は歩哨二人を全く別の生き物、蛙にへと姿を変えてしまった。生命体の姿形を改変することなど並の術師には不可能なことだ。先ほど襲撃してきた金潟鈴などとは比べ物にならないだろう。
「イヤーッ!」
「テヤーッ!」
そこに双子の少女がそれぞれの武器を手に、威嚇するように大声を張り上げて突進! 蛙は踏み潰され、浮き足立った内部の兵士の頭蓋を棍棒が砕き、右目から後頭部にかけて槍が穿った! この少女達は人の命を潰すことに何の戸惑いもない。これが異界、グンマーという地の人なのであろうか。彼女らは明らかに人間とは異なっている。
「グンマー人とてヒトであることには変わらん!」
しかし、いくら人間離れしたグンマー人であっても、銃で撃たれてしまえば死んでしまう。相手が混乱している隙をついてかく乱するのが目的であったが、想定以上に向こうの立ち直りが早い。彼らはこっそりと距離を取って集結していたのだ。
「まずいよサミィ」
「避けられるかな、ネミィ」
一足で接近できる距離でなく、向こうが引き金を引く方が早い。南無三、ここまでか――と思ったその刹那、二人の間に割って入るようにして影が走った。それと同時、アサルトライフルのバースト射撃による弾丸の嵐が、飛び込んできた影ごと貫かんと飛来した。双子の少女は思わず目を瞑り、死への覚悟を決めていたが――一向に弾丸は身体を貫かない。何が起きたと目を開くと、そこにはオツァーリが秘術によって弾丸を防ぎ続けていたではないか! 弾丸を弾く人間の登場によって敵に動揺が走る。
「飛び出しすぎだよ、二人共」
オツァーリがため息混じりにそうボヤくのと、緑色の風が吹くのはほぼ同時であった。風は集結していた敵を全て蛙にへと変貌させてしまう。
「今ので最後っていうわけでも……ない、みたいね」
しかし、それでも数は圧倒的に敵の方が上回っている。四人はたちまちに敵に囲まれてしまった。味方を幾人も殺された兵士が、敵に女性が数人いることを見つければ企むことは一つだ。オツァーリは唇を噛んだ。そんな彼の懸念をよそに、双子の少女、ネミィとサミィは楽しそうにしている。的が自分たちに絞られなければ、まだやりようはある。そう考えていたのだ。小柄な魔女にもまだ余裕というものが感じられる。まだ奥の手を残しているとでもいうように、だ。
そう、魔女とは奥の手をすぐには見せないものなのである。神秘の秘匿、それは魔女であっても重要視することだ。彼女は、金潟鈴のような食い詰め魔術師が自分の才能を徒にひけらかすことを善しとしていない。魔法とは、魔術とは、秘密だから価値があるのだ。
*
異界開きの術師に充てがわれていた護衛の兵士達も、正面の襲撃のために数人が駆り出されざるを得ない状況になっていた。今、術師を守っているのは4人だけである。物陰に潜んでいるエリーは作戦が上手く推移していることを確信していた。これだけの護衛ならば、一息で消してしまえる――彼女は早速行動に移した。
――音もなく投擲される手裏剣は、吸い込まれるようにして護衛の男たちの首筋に突き刺さる。首から噴水のように血を流して護衛たちは倒れ、その無残を晒した。
それを確認した彼女は、狼狽する術者の前に姿を現した。術者は小さく悲鳴を上げて手にしていた杖を落とした。彼女は小さく後ずさる術者が何か口を開きかけたその刹那、アサシンブレードの刀身を晒して飛びかかった! 術者はそれに反応する間もなく、刃は首を抜く。彼女は必殺の一撃を確信した。魔法使いというものは、首筋を貫こうと生きているような、どこまでも生命に貪欲な輩というものも存在する。その手の輩は大概、自分の急所に何か仕掛けを施している。彼女は感触でその手のものがあるかどうか判別出来るようにまでなっていたのだ。故に、この一撃は術者を確実に殺したと思えたのである。
「汝、生を悔やむより、眼前の死を受け入れよ。眠れ、安らかに」
お決まりの口上を述べて、踵を返す。計画では、敵の目を惹いているオツァーリらと合流して、抗戦を行っている騎士団らを排除することとなっている。彼女は早速合流しようとしたが――。
「これは――!」
それは、僅かに開かれた異界より現れた、全身に刺青を施した男によって阻まれた。服らしい服はない――動物の毛皮を腰に巻いているのみだ。
「……すでに異界開きは成されていたということか」
刺青の男は彼女が行くのを阻んだはいいものの、隙だらけだ。面倒なことになる前に、始末したほうが早い。そう思うや否や、彼女は腰のダマスカス鋼の剣を引き抜き、一息に男を切り裂こうと刃を走らせた。
――目にも止まらぬ程の、雷のようなその一閃はしかして男に届く事はない。彼は人差し指と中指で剣を止めてみせたのである。彼女が息を呑む間もなく、男は事も無げに剣を断ち折った。強靭なダマスカス鋼の剣が、である。
「……ッ」
彼女は苛立たしげにもう一振りの剣を抜いて、逆手に持つ。同じダマスカス鋼の短剣だ。つまり、男に止められれば、また折られてしまうということになる。彼女はどう攻めたものか決めかねていた――。男は、猛禽のような瞳で彼女を見つめるのみである。両者に奇妙な緊張が走っていた。男もまた、彼女の力強さに困惑していたのだ。




