暗殺者と秘術師、魔女と双子
放課後。教室には彼と彼女だけが残っていた。表向きには、HRが終わってもまだ起きないエリーを心配したオツァーリが残っている……という風となっている。
「エリー?」
「……わかってる。すぐ、調査に向かうことになる。付いてきてほしい」
彼が声をかけると、彼女はのっそりと身体を起こし、大きな欠伸をする。それから、彼に後ろを向くように指で指示した。着替えるのである。制服のまま動くわけにもいかないので、例の白い忍者装束にへと着替えるのだ。(彼の場合は学校が第三者に特定されないように、校章のある上着を脱げば事足りる)
「……もういい」
「じゃあ、行こうか?」
オツァーリが上着を脱いで振り向けば、白い忍者装束姿のエリーが、武装まで終えて立っていた。ダマスカス鋼による剣と短剣は抜き身で晒されており、見るものを圧倒させる。また、顔を隠すのは頭巾ではなくてフードだ。この変形白装束こそ、わかりやすい忍者とアサシンの融合の一番のものだろう。
「騎士団が何をするつもりなのかわかったものじゃない。彼らは邪悪だ。――私の存在にも、当然気がついている。私が動くということも。それなら」
彼女はこの装束に袖を通すと、それまでとは打って変わったように口が回る。彼女はこの装束を着ることによって初めて起きるのだ。今までは寝ぼけ眼でいただけに過ぎない。
「――刺客が、来るって?」
オツァーリは、何を馬鹿なとその考えを一笑に付すことはできなかった。アサシン達と現代にまで渡る戦いを繰り広げる騎士団は――甘い存在では、決してないのだ。
「いや、もう来ている」
彼女がダマスカス鋼の剣を引き抜いた、その刹那――二つの影が、教室の窓を叩き割って飛び込んできたのである!
「暗殺者、岡絵里と、シャーマン、オツァーリ! 随分な大物が一緒にいてくれたものね。この金潟鈴から逃げることなど不可能と知りなさい!」
飛び込んできたその影は、開口一番そう高々と言いのけてみせた。セーラー服姿の少女だが、奇妙なまでの魔力をその体に纏わせており――その傍らには、灰色の体毛を持った悪魔――翼を生やし、恐ろしい容貌をしている――が存在していた。
しかし、それに臆する彼女ではない。彼女は冷ややかな笑みすら浮かべて答える。
「遍歴魔術師、金潟鈴か。出てこなければ、そのお友達共々死ぬことはなかっただろうに」
「あら。私のグレイグレムリンが倒せると思って?」
金潟鈴と呼ばれた少女は自らの配下である悪魔をいたく信頼しているらしく、不遜な態度で二人を見下ろすように言う。――しかしてそれは、彼女の失策である。
「やりやすい方からやるさ」
アサシンにしろ忍者にしろ、正々堂々という事には何の美点も見出さない。隙があるならば突けば良いのだ。無防備にも暗殺者を前に備えも無く棒立ちで、気持ちよくお喋りをするなど愚の骨頂。彼女は手の動きを見せることなく、非常に素早い動きで手裏剣を投擲する。手裏剣は吸い込まれるようにして彼女の首筋に殺到し――。
「――ッ!」
しかし、それが突き刺さることはない。咄嗟に反応した悪魔が自らの手でそれを叩き落としたのだ。グレムリン程度の悪魔といえど、悪魔は悪魔。能力の高さは人間の比ではなく、それは反応速度でも同様のことだ。
「驚きましたけど、私のグレイグレムリンには及ばなかったようですわね。舐めてかかってくれた無礼、後悔させてあげます!」
少女の身体から魔力が滲み出る――魔術使用のサインだ。いくらエリーが優秀な忍者にしてアサシンといえど、魔術による一撃はたまったものではない!
「目を瞑って!」
エリーが窓から逃走を図ろうとした寸前、オツァーリが彼女の前に出――それと同時、鈴の掌から恐ろしい程の魔力の光が迸る――! 絶えずその色を変化させ、玉虫色の色彩をもった攻性の魔力の波は瞬く間に教室の机や椅子を破壊し、そのまま二人を飲み込んだ! 迂闊な行動が目立ち、魔術師としての力は低いとその界隈では評価される金潟鈴であるが、その魔術の力、それも攻性魔術の扱いは一人前である。人間二人を跡形もな消滅させるような芸当は出来て当たり前だ。
「防がれた――ッ!」
しかし、それは直前に防壁を張ったオツァーリの手によって防がれる。鈴のような魔術師が扱う魔術というものと、オツァーリの扱う秘術というものは根本的に異なるものだ。どちらも今ではほとんど失われた神秘には違いないが、オツァーリの秘術はその実、神秘の中でもより原始的だとされる呪術と呼ばれるものに近い。まだマナが豊富であった過去だからこそ出来たはずの芸当で、そのマナが著しく減少している現代においては魔女や魔術師よりも存在が稀有なのである。
「グレイグレムリン!」
ならばと、鈴は灰色の悪魔でもって両者を亡き者にせんと号令を下す。悪魔は即座にそれに従い、翼を羽ばたかせ、凶悪な爪でもって二人に迫る――!
「いやーっ!」
「てぁーっ!」
窓から突如飛び出してきた二つの小さな影によって吹き飛ばされた! その影はそれぞれ、巨大な木の棍棒と、石の穂先の槍という、あまりにも原始的な武装をした子供である!
「んなっ――!」
鈴が驚きの声を上げたその刹那、強かに彼女は突如飛来した机にぶつかった。授業用の机とはいえ、そんなものが飛んできてぶつかれば、非常に痛い。
「魔法でいじわるする悪い人には、おしおきです」
それに遅れて、間延びした声と共にもう一つの影――何やら黒っぽい格好をした、これまた小柄な人物。こちらも子供相応の大きさである。
「おい……」
エリーは舌打ちをしてオツァーリに耳元で囁いた。
「なんだこいつら」
「……地元の異能者だと思うよ? うん。調べはついてる。そこの双子はグンマー人」
「群馬県民がどうしたって?」
「そっちじゃないんだけど……まぁいいや。それで、遅れてきたのが……魔法使いだね」
「魔術師か」
「まぁ、その認識でいいね。表現の違いでしかないし」
明らかに闘争の空気でなくなったことに、エリーは白けてしまった。それから、自分がロクに動かないまま状況が推移してしまったことが面白くないのかもしれない。自分の必殺の手裏剣は回避され、相手の反撃は彼が防ぎ、悪魔の突進は謎の闖入者が現在、マウントをとってひたすらその原始的だが凶悪な武器で袋たたきにしている最中である。そしてそれの主は現在、子供みたいな体格の女に正座させられている。
「魔法を用いて他者を傷つけるなんて、地元の魔法使いの一人としてお姉さん許しませんよ! 全く、あなたみたいなのがいたから魔女狩りなんてのがあったんです!」
「いや、あの。見知らぬお方。私にも生活というものが……」
「いーえ聞けません! まっとうに働けば良いじゃないですか! 魔法使いといえども人間なんですよ! 私が言うんだから間違いありません」
結局、騎士団の刺客、鈴は闖入者の手によって無力化、彼女の率いる悪魔はダメージ許容限界を超えて地獄へと送還されることと相成った。様々なものが崩れた教室で、エリーは闖入者たちに向き直る。
「どうして此処が?」
「……どうしてって。魔力反応を追ってきただけですよ?」
「まぁ、えーと……」
オツァーリが彼女に何か言いかけて、さて困ったと首をかしげる。何しろ、彼女――マジねぇと呼ばれているが――は、非常に小柄な上童顔なので、年齢が推し量れないのだ。
「ともかく。子供が首を突っ込んでいいことじゃない。オツァーリ。行くぞ」
エリーがそう、オツァーリの腕を掴んで教室を出ていこうとしたところ、双子の少女がそれぞれの得物を手に立ちふさがる。
「私の方がお姉さんなんですよ? ともかく。魔法使いが人を殺しに来るなんてのは尋常じゃありません。地元に住む魔法使いの一人として、何が起きているのか聞く権利があると思います。――そしてそれは、その子達にも、ね」
小柄な魔女はできる限り大人風の素振りをして、どうにか外見を実年齢にちかづけようと振舞っている。その姿は何やら背伸びをしたい子供にしか見えないのだが――魔女にヒスを起こされても始末が悪くなるだけである。エリーはため息をついて経緯を説明した。
「騎士団、ねぇ……。そんなものが存在していたなんて知らなかったけど。こんな子が動いているってことは本当なんでしょうね。でも、望みは何なのかしら」
小さな魔女は、自らの捕縛魔法によって縛られ、床を転がっている鈴を見下ろして言う。鈴は何やら脱出を幾度か試みているが、全ては、難しい話に飽きてきた双子によって阻止されている。何か怪しい素振りをすると、棍棒で軽くこつん、とされるのだ。勿論、少女らが本気になれば鈴の頭をスイカ割りが砕くことができる。それがわかっているから、鈴はもう諦めた様子であった。
「それは、まだわかっていないが――」
「ま、まって! それ、私知ってるわよ! だから、離して?」
不意に、鈴が声を張り上げた。いつまでも拘束されて床を転がっていたくはないのだろう。あっさりと秘密を話すことにしたのである。それも、エリーらが彼女を尋問するよりも早くだ。生き残るためならば手段を選ばないのだろう。
「そっか。じゃあ、話してくれるね?」
オツァーリはどこか柔らかな微笑みを持って鈴を見る。好青年らしい風貌の彼に何か心動くものでもあったのか、鈴は頬に朱を差して話すことにした。
すでにオツァーリの微笑みの正体を知っているエリーは彼女を少しだけ哀れに思った。オツァーリが微笑んでいるように見えるのは、これはただの癖であり、彼のデフォルトの表情であった。彼が変人取扱者に任命されてしまったのもそれに寄るところが大きい。
「騎士団は、グンマーへの扉を開こうとしてるの」
「グンマーだって?」
「ふるさとだ!」
小柄な魔女と双子の少女、それからオツァーリは鈴の言葉の意味がわかったらしいが、エリーには何のことだかさっぱりわからない。彼女は苛立ちからか、最後まで使われることのなかった、ダマスカス鋼の剣を彼女の首元に突きつけ、語気を荒げて問いただした。
「解るように言え、魔術師」
「ちょ、ちょ! だから、グンマーへの扉を……」
「群馬県がなんだっていうんだ」
このまま刺殺しかねないエリーをオツァーリはまぁまぁと諌め、そのあたりの解説には小柄な魔女が行うことにしたようだ。彼女は職場で子供たちにやっているように、指を立ててエリーに“グンマー”について説明しようとする。彼女の職場は幼稚園だ。高校ではない。――なので、同じようにやるわけにはいかないのだが。
「グンマーっていうのはね、みんなの住んでいるばしょから――」
「馬鹿にしているのか」
刃の切っ先は鈴から魔女へと向く。段々とエリーが短気を起こしてきている。暗殺者としてあるまじき精神状態だが、いろいろとフラストレーションも貯まる仕事なのだろう。オツァーリは諌めるつもりで、後ろから羽交い絞めにした。
「オツァーリ! 離せ、余計な真似を!」
「まぁまぁ。それよりも、続きをお願いします」
小柄な魔女は冷や汗を浮かべて、こほんと咳払いをする。ようやく、自分の話し方が間違っていたことに気がついたらしい。
「グンマーは、日本に多く存在する異界の内の一つなの。そこでは、現代日本に失われた、濃いマナがあって、冒涜される以前の神秘がそのまま残っている――そして、グンマーに住む民は自然を畏れ、敬い、信仰している」
「そ、そうです! そこのシャーマンを呼び出して、世界各地に散らばる秘宝の正確な在り処を導き出すつもりなんですわ!」
秘宝、と聞いてエリーの眉が小さく動く。騎士団が動くともなればリンゴと呼ばれる古代のアーティファクトに代表されるような失われた秘宝絡みというのが相場だが、それらの正確な位置を知ることのできる手段というのは、非常に貴重なものだ。騎士団とアサシンとのパワーバランスが大きく崩れることに繋がる。ただでさえ、数で劣るアサシンは常に劣勢を強いられているのだ。未発見の秘宝を秘密裏に回収されるようなことがあれば、この世界がどう変わってしまうのかわからない。これを阻止することは、絶対だと言えた。
「確かだろうな」
「確かですわよ! 私は聞いたんですもの! さぁ、早く開放してくださいな」
「そうね。おいたはだめよ?」
小柄な魔女が捕縛魔法を解除するなり、鈴は目に涙を貯めて窓から飛び出した。地べたに激突する音がしてこないということは、上手い具合に逃げ出したようである。
「落ち着いた?」
「――いつまで女の身体に密着している、スケベが。離せ!」
エリーは自分の置かれている状況に気恥かしさを感じたのか、オツァーリを振り払い、剣を収めた。何やら格好がつかないが、とにかく目標は決まった。
「よし。ならば善は急げだ。直ちに騎士団を抑えに行くぞ!」
「あ、うん。それはいいけど……」
振り払われたくせに、バランス一つ崩さないオツァーリは、開放したのは失策だったねと苦笑する。まだ大事な事を聞いていなかったのだ。
「……場所、聞いてないよ?」
「あらあら――忘れちゃった」
ごめんなさいね、と小柄な魔女は笑ってごまかした。双子は本格的に飽きてきたので帰るかどうかを真面目な顔をして相談している。未だに真剣味というものが出てこない。
「――何とかなる。御影市には奴らの足がかりはない。どうしたって大きな行動には制限がかかる。そうなのに動いたということは、何か考えがある。この地域に元々存在する力を利用するとかな――おい、魔術師。グンマーとかいうゲートを開くには何が必要だ?」
「え、ええ。そうね……異界を開くのだから、途方もない魔力が必要になるかなぁ」
「人間が自身の力だけで賄えるものだと思うか?」
「そ、それは無理。やるんなら、大きな霊脈の上で――」
「この辺りの霊脈はオツァーリの家のある流紋山と、もう一つ。蛇紋山だけだ」
彼女は一旦そこで会話を区切り、こっそりお暇することを決めたらしい双子に鋭く声を投げかけた。彼女の前で“こっそり”なんていうのはちゃんちゃらおかしい話なのだ。
「おい。お前ら、蛇紋山は好きか?」
「え? じゃ、じゃもんざん? う、うん。……そういえば、なんでかわかんないけど。お気に入りの場所だよね? サミィ」
「そうだねネミィ。あそこで武器を作ったんだよね」
「考えてみれば、あそこはグンマーに近いかもね、サミィ」
「きっとそうなんだねネミィ」
二人の答えを聞いて、エリーは確信したように笑みを浮かべて頷いた。これで行くべき場所は決まった。蛇紋山だ。そこに、彼女の追う存在はいる。
「恐らく、蛇紋山は性質がグンマーとやらの自然と近い。さらに霊脈が通っている――となれば、異界開きをするのに此処より適した場所はあるまい。行くぞオツァーリ!」
彼女は早速駆け出そうとしたが、今度は小柄な魔女によって止められた。
「私たちも連れて行って頂戴。力になるわ」
「実戦だねぇサミィ」
「戦いはグンマーの華だよネミィ」
どういうわけか、小柄な魔女と双子の少女は、自ら戦いに赴くというのだ。エリーは何か反論しようとしたが、はた、と思い直してゆるゆると首を振る。
「――遊びじゃない。死ぬときは一瞬だ」
ただ、そうとだけ言った。覚悟があるなら、ついてこいと。




