シャーマン、オツァーリ
これで登場人物は出揃いました。
隔世遺伝というものがある。祖父はハゲていて、父はハゲていないが息子はハゲている……というのがそれだ。かなり特殊なケースではあるが、御影市に暮らす露系日本人、オツァーリという高校生がそれにあたる。彼の血筋を辿っていけば、ロシアの原始的宗教の神官にへとたどり着く。彼らは自然の力、マナを引き出し、超常的な力を多く編み出していったという。時が流れるにつれてその宗教は現在の既存宗教に取って代わられ、今となっては覚えている者は誰ひとりとしておらず、その秘術の数々も闇に葬られた。……はずなのだが、どういうわけだか、それらは現代に生きる彼、オツァーリの代になって帰り咲いてしまったのである。秘術を操るというその異能を生まれついて持った彼は――特に歪んで育つこともなく――極めてのんびりとした風に育っていた。物心ついたときには両親がほぼ不在の家という環境の中、今まで不良もせずに今日までほそぼそと生きていたのだ。……異能を先祖より受け継ぐ、それ自体が歪んでいるということなのかもしれない。彼の操る秘術は、病や傷を癒す、いわゆるヒーリングというものに特化している。敵対者を懲罰する攻性の秘術は、少なくとも彼は自覚していない。彼が穏やかなのはそのためだと考えられるだろうか。彼はその異能を世間に誇ることもなく、自然と隠し、一般人として今日まで生きてきた……のだが。彼の通う学校においては、ちょっと異なっていた。
「おはよう。ところで、今お昼休みなんだけど。また寝ちゃうの?」
「……何か、食べる」
クラスメイトの変人枠、岡絵里。周囲からは「エリー」と呼ばれる彼女は――良く授業中に寝ているのだ。今日は朝のHR終了時からいきなり寝て、それから今に至るまで寝ていたのである。彼はクラスの眠り姫たる彼女の、いわば飼育係というポジションに落ち着いてしまったのである。一般人から変人取扱責任者というポジションの変動だ。スクール・カースト的にいえばどの位置に属すのかはよくわからないが。
「はい、お弁当」
「いつも助かる」
昼食も彼が用意している。彼は料理が得意だ。それが発覚したのはひょんなことからだったが、それを知った彼女は月末に彼にお金を支払うことでお弁当を作ってもらうことを提案したらしい。のんびりした彼は特におかしく思うこともなく、それを受け入れている――そんなわけで、いつも昼食は二人でとっている。間に入ったら何か怖いので、誰もその輪に入ろうとしない。
「……またアルバイトが増えそう」
「そうなの?」
この場合のアルバイトとは、要するに彼女の場合、暗殺という意味である。彼もそのことは承知していたが、それについて何か言うことはなかった。また、彼女も彼がヒーラーであることを知っているが、知ったからどうというわけではない。何故二人はお互いの秘密を知っているかというと、過去に、下手を打った彼女をたまたま居合わせた彼が治療してやったことがあるのだ。それがきっかけで、今に至るゆるくだらだらした繋がりができている。
「林檎の関係で少し」
「大変だね。大きくなりそう?」
林檎、というのはアサシンの宿敵、騎士団のこと。大きくなりそうか、というのは、大きな案件なのか、ということだ。二人は周囲に聞かれてもいいように、こういう話をするときには自然と隠語を作っていた。やや不自然な会話になるが、気にする人間はいない。
「かなり。ヘルプが欲しいぐらい。……来る気ある?」
「じゃあ行こうかな」
「なら、詳しくは……あとで」
エリーが強いといっても、あくまでも彼女は人間だ。多数を相手にすれば怪我もするし、生死の淵を彷徨うのも一度や二度ではない。オツァーリのような、強力な秘術を扱う人物を確保しておくのは自然だと言えた。彼も、攻性の秘術こそなくとも、身を隠し、護る心得というものはあった。彼は彼女との交流を何度か繰り返すうちに、自然とそれを覚えていったのだ。しかし、彼はそのことで何か思い悩むことはない。彼はエリーの攻撃的な善のあり方に共感を覚えていたのだ。救いとは、傷を癒すだけのものではない。患部を摘出するのには必ずメス、つまりは刃物が必要なのだ。そして刃物は必ず血に汚れ、その刃は時として欠けるだろう。それならば、と。彼は彼女という刃物に付着する血を拭い、修復することを選んだのである。
――それを恋と呼ぶには、聊か怖すぎる解釈だろう。
「私の顔に、何かついてる?」
「卵焼きのカスとかなら」
ただ、彼女が安心して居眠りができるようにはしようと、彼は思っていたのだ。




