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魔術と暴力  作者: 純一郎
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小さな魔女

この人物に明確な名前はありません。

 箒で空を飛び、自在に使い魔達を操り不善を成す。それがいわゆる魔女と呼ばれる存在だ。しかし、魔女狩りの時代と現代では少しばかり事情が異なってくる。魔法使いとして生まれた子供も役所に出生届けを出さなければならないし、老いて死ねば死亡届を出す必要がある。義務教育だって受けるし、働き出せば税金を収めなければならない。勿論、犯罪行為は罰せられるのである。要するに、一般人と何ら変わることはない。こと現代において、実際に魔法が扱える魔法使いなんていうものは希少だ。魔法の力の源である神秘や幻想は常に人類の手によって冒涜され、破壊されている。それに伴い、魔法の力というのは弱体化の一途をたどっていた。多くの魔法使いは、自分自身が魔法使いであると知らぬまま死ぬか――力に気づき、気づいたところで手品師にしかなれないことを知るのみだ。

 御影市市立幼稚園に務める彼女もそんな一般人と変わらぬ魔女であった――異なるのは、彼女はその、希少な、魔法を扱える魔法使いということだろう。蝙蝠や黒猫を操る本物の魔女なのである。彼女が力を悪用すれば、人類は恐怖のどん底に陥れられることとなる。――なるのだが、不幸中の幸いというべきだろう。彼女は人一倍怖がりで、人一倍心優しい女性なのである。そうでなくば幼稚園などで先生などはやらないだろう。今日も子供と間違われる小柄な身体で右を左の大騒ぎだ。学校で必死に勉強し、子供たちが減っていく一方の現代日本においては狭き門となった就職口になんとか滑り込めた、かと思えば子供というのは何かと手に余るものであり、世間の厳しさというものを知った彼女は、しかしめげることはなかった。かねてよりの夢であった仕事を掴み取ることに成功したのだから、と毎日を必死に生きている。彼女は怖がりで心優しいだけでなく、強い女性だった。


 お気に入りの曲を口ずさみながら指をひとふりすれば、ケトルはふわりと浮かび、ティースプーンは葉を温められたポットへと投入し、そこへケトルがお湯を注ぐ。葉を蒸らしている間に、ぱちりと指を鳴らせばオーブンが開き、焼きたてのスコーンが顔を覗かせる。スコーンは一人でに中空に浮かび、食器棚から皿が飛んできて、スコーンを載せてテーブルへとやってくる。そこに遅れてスプーンと、冷蔵庫からストロベリージャムが飛んでくる。蒸らしが終わると、スプーンがひと混ぜ。ポットはゆっくりと浮かびあがり、カップへと紅茶を注いでいく。紅茶の芳しい香りが漂う。彼女は満足げに微笑んだ。

 彼女の休日の朝は、そんな優雅な紅茶のひと時で始まる。彼女は紅茶党だ。何もコーヒー好きの人を口汚く罵るつもりも度胸も彼女にはないが、黒くて苦い液体よりは、こっちの方がいいんじゃないか。そんな風に思っている。彼女は見た目通りに味覚が子供であるため、苦いのよりは甘い方が好きだ。どうにか大人っぽく見られようと、せめて大好きな紅茶だけはストレートでと決めている。昔はたっぷりミルクに砂糖でチャイのようにしていたものだ。また、ジャムを紅茶に投入する、いわゆるロシアンティー方式もよっぽどでない限りはやらない。大人はストレートを好む。彼女はそんな風に信じていた。

 せっかくの休日。日頃のストレスを忘れ、どこかに遊びにいきたい。若い彼女はたまにそう思う。しかし、どこにいっても子供扱いを受けるので、段々悲しくなってきてしまう。涙ぐむと、迷子かと間違われる。余計泣きたくなる。そんな経験をトラウマとして持つ彼女は、やっぱり家にいようと考えてしまうのだった。お買い物には、お昼からいけばいい。

「……彼氏さん、作ったほうがいいのかな」

 職場の同僚から言われた言葉が、ふと蘇る。確かに、信頼できる男性と一緒にいれば、周囲の目なんてものは気にならずに遊んだりできるだろう。夜は小洒落たバーでオトナっぽくお酒を嗜むのが彼女の夢だ(無論、自分の運転免許証を提示しなければならないのは覚悟している)しかし、と彼女は頭を抱える。今の職場に若い男性はいないし、よしんばいたとしても、自分のこのビジュアルでは振り向いてくれるかどうかすらわからない。過去に同僚に誘われて合コンに参加したことがあるが、会場のお店で、身分証明書を提示する隙もなく追い出されてしまった。飴をもらい、その夜は涙ぐみながら帰途につき、一度補導を受けそうになった。完全に児童虐待の線を疑っていた警官の暖かい言葉と、自分が成人だと判明したときの顔は忘れられない。それまで小さい子向けの言葉が急にかしこまったものに変わったのだ。ついに泣いた。そしたら、パトカーで送ってもらった。

「私、お姉さんなのに……」

 溢れる言葉は誰にも届くことはない。彼女の他に部屋に人はいないのだから。彼女はやや冷めた紅茶を口にして、大きくため息をついたのだった。

「こう、せめて……魔法使いなんだから。もっとドラマな展開があってもいいのに」

 そんな無責任な言葉は、運命という魔物の耳に届くことになるのであった。

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