少女と燕
「……チュチュピ……チュルルルル…チュピッ、チュルル……」
三月も上旬の春もまだ寒い早朝。清子が庭に出るとどこからかそんな鳴き声が聞こえた。
「チュ、チュピッ……チュルルッ……」
鳴き声はどこか弱々しく。助けを求めているように聞こえた。
清子は声が大きくなる方に向かって庭を歩いて行った。
父の盆栽棚を越え、より声が大きく聞こえる方へ塀に向かって歩いていく。
塀の角の柿の木の下の茂みからその声は聞こえているように思えた。
清子が茂みを覗きこむと、翼を短い矢に射られた小さな燕がうずくまっていた。
清子が茂みに手を入れると
「チュピッ…チチチチチッ」
といっそう苦しそうに警戒の声を出した。
清子がかまわず燕を両てのひらで掬い上げると、燕は手の上で
「チチッ、チュルルルルッ」
と鳴きながらもがいた。
清子は燕をそっと抱き上げ
「お母さん、お母さん、燕が怪我してたよ」
と、縁側を上がり両親の寝室のふすまを開けた。
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九月中旬。清子が風太(清子は燕に風太という名を付けた)に餌を与えていると、風太がしきりに外を気にして鳴く。
清子は
「どうしたの?」
と言い、窓を開けた。
「チュルル、チュイ、チュイ」
という鳴き声が空から聞こえ、清子が空を見上げると、燕がきれいな隊列をなして飛んで行った。
「そうか~。燕はもう海を渡る季節なんだね。」
言って、清子は鳥かごの中の風太を見た。
右の翼に包帯を巻いている風太は、しきりに羽をはばたかせているが、まだ空を飛ぶ、ましてや遠くの島まで空を飛んで行ける状態とは思えない。
「風太、行きたいの?」
風太はしきりに羽をはばたかせている。清子は困った顔をしてその様子を眺めていた。
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翌年、三月。
清子が早朝庭に出ると。
「チュイ、チュルピピピ」
という鳴き声がどこからか聞こえてきた。
清子が声の主を探すと、家の前の電線に一羽、燕が止まって鳴いている。
「あ~、今年も燕が渡ってきたのね。」
言って清子は、風太のことを考えた。
縁側を上がり両親の寝室のふすまを開け
「お母さん、庭先に燕がいるの。風太もう飛べるよね?」
と母に言った。
風太はもうすっかり翼が治っている。清子は寂しいが風太を空に帰してやろうと思った。
清子は鳥かごをもって庭先に出、鳥かごの出入り口を開けて風太を手のひらに乗せ、籠から出した。
風太は少し逡巡し、首をすくめて体重を移動したかと思うと清子のてのひらからバサッと飛び立った。
風太は清子の家の前の電線に乗ると少し清子を見つめてからどこかへ飛び去った。
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今年も九月になった。
「チュル。チュピピピピ」
という鳴き声が空から聞こえてきた。
清子は庭先で燕の隊列を見ながら。あの中にきっと風太もいるのだろうと思った。