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枯れゆく時に思ふこととは  作者: 靉靆
桜の不安
5/13

桜の不安、雨降る日の人

 小鳥が怪我をした次の日に当たる今日は日曜日である。弥生が桜の木を訪れる頻度は高くないものの、休日である今日は訪れて来る可能性は十分にあると桜の木は感じていた。


 一方では怪我をした小鳥のことを考えると弥生は桜の木を訪れないことも十二分に考えられる結果である。それでも桜の木は小鳥がどうなったのかが気になり、心なしかそわそわしている。


 時間は丁度お昼を回ろうとしているところである。太陽は一番高い位置に移動し、強烈な光を地上に落とす。


 日差しが強すぎるのか、いつもより多くの小鳥たちが桜の木で休んでいる。歩く人々は汗だくになり、一部の人は日傘を使って日差しを防いでいる。それでも日差しで熱くなった地面から発せられる熱は防ぐことができないため、額からは汗が流れ落ちようとしている。


 これでは怪我をしている小鳥は暑さに参ってしまうかもしれない。桜の木は四百年近く生きてきた中で、熱中症で倒れる人を見かける機会が幾度もあった。熱中症等にかかるのはもちろん人間だけではない。ましてや怪我をして弱っている小鳥はきちんと管理をしなければすぐに弱ってしまう。


 弥生と楓ならばきちんと面倒を見てくれているのかもしれないが、熱中症が屋内に居ても発症する可能性があることを桜の木は知っている。そのため、桜の木は不安を拭い切ることができなかった。


 しかし、幸いなことにその強烈な日差しも長くは続かなかった。今はお昼の一時頃だが、うっすらと雲が空を覆い始めている。日差しが弱まったからなのかお昼の時間を過ぎたからなのかはわからないが、人が少しだけ増えたようにも感じる。未だに熱気を帯びてはいるが、風が葉を揺らすことで爽やかな音色も聞こえてくるようである。


 この分であれば熱中症になる可能性も少しだけ下がるだろう。


 桜の木は来ないかもしれない弥生と小鳥の無事をひたすらに待った。



===================



 夜になり、人々はもう一家の団欒の時間を過ごしているのだろう。夜の暗闇に街灯と隙間から漏れる家庭の明かりが文明の彩を添える。文明が発達して生まれた夜の明かりは、降り続く雨の小さな粒を輝かせている。


 雨は夕方から降り続いており、その雨脚は強くなったり弱くなったりと些か不安定だった。


 その日、弥生が現れることはなかった。


 今日はお昼を過ぎたあたりから薄い雲がかかり始めたことで強烈な日差しによって齎される酷暑は過ぎ去っていた。しかし、その雲は徐々に広がり分厚くなることで、辺りをゆっくりと薄暗くしていった。それから夕方になり、とうとう雨粒が落ちてきたのだ。


 雨が降り出してからは辺りの静けさが急激に増した。雨が弱い時には無音の世界に雨が葉を静かに叩く音が妙に心地よく響いた。雨が強いときには何もかもを蹂躙するかのような水の叩く音と何もかもを押し流すような水が流れる音が広がる世界になった。


 たった一つの事象に生える二つの対照的な世界は、桜の木の心を反映しているかのように目まぐるしく入れ替わっていた。弥生と楓ならばきっと小鳥を救ってくれたであろうと思う気持ちと、小鳥の無事を願う気持ち。そして、近くで見守ることすらできない自分を歯がゆく思う気持ち。


 自分の死が近いことを悟ってからは以前に比べて心が不安定になってしまったのではないかと桜の木は感じていた。もしかして自分は弱くなってしまったのではないかと。ただ只管に時の流れに任せて世界を見守ってきた自分に戻るにはどうしたらいいのか。


 それは、桜の木にも他の人にも決して知ることができない問いだった。



===================



 夜が明けた今日は月曜日。先日からの雨は何事もないように降り続いている。


 色とりどりの傘が往来する中、桜の木はランドセルを背負った人が全然通らないことに気付いた。桜は一体どうしたのかと疑問に思ったが、その疑問はすぐに桜の木の中で解決された。


 先週の金曜日に通学中の子供が歩きながら月曜日は小学校の開校記念日で休みなのだと話していた。三連休を存分に楽しむつもりだったのでろう子供達の笑顔を思い出し、少しだけ心が温かくなった。しかし、同時に桜の木は土曜日の小鳥と弥生を思い出してしまうのである。


 きっと弥生も三連休では行きたい場所ややりたいことがあっただろう。土曜日に小鳥が怪我をして落ちてこなければもっと遊べたのかもしれない。それでも桜の木は何もできない。


 小鳥を救おうとしてくれた弥生に伝わることのない感謝をすることしかできないのである。


 またも桜の木は自分を責めようとしたその時に何かが目に留まった。それはまだ少し離れた所にあるが、こちらに向かって来る薄いピンク色の傘だった。その傘は雨が降る平日に良く見かけるものであり、こちらに近づくにつれて徐々に大きくなってきている。


 傘が少し上がったときに見えたのは弥生の顔だった。


――こんな雨の日に来るなんて珍しいなぁ……。


 弥生が雨の日に出歩くのは比較的珍しかった。


 そもそも雨の日に態々出かけようとする人が少ないのは四百年近く生きてきた中でもあまり変わっていない。弥生も一般の例から漏れず、雨の日に態々出かけようとする方ではなかった。


 そんなことを考えていると、いつの間にか弥生が桜の木の根元近くまで来ていた。


――あれ……弥生?


 桜の木は弥生の様子がいつもと少し違うことに気がついた。しかし、弥生の顔は傘によって隠されているので桜の木からは見えない。


 桜の木がどうしたのだろうと心配をしていたその時である。弥生が徐に肩から提げていた小さめの鞄から銀色に光るソレを取り出した。


 桜の木は一瞬だけ光って見えた銀色の物体に違和感とも不安ともとれる感情が湧き上がるのを感じた。そこからの弥生の行動に桜の木はさらに驚いた。弥生は銀色に光るソレを何の躊躇も無く桜の木から少し離れた地面に突き刺し、直後に弥生は手に持った銀色のソレ……スコップで地面を抉ったのである。


――何をしているんだ!?


 桜の木にはその弥生の行動の理由がわからなかった。


 桜の木は無理やり自分の気持ちを落ち着かせて弥生の行動をしっかりと見据えようとした。そうすることで弥生の行動の理由がわかるかもしれないと考えたからである。


――っ!?


 そして桜の木は気付いてしまった。弥生が……弥生の手が、肩が、足が、およそ弥生を構成していると思われるあらゆるものが震えていることに。それは桜の木に十分な衝撃を与える結果になった。


 なぜ震えているのかがわからない。


 何かに怒っているのか、寒いのか。それとも……何かが原因で泣くのを必死に堪えているのか。


 状況を考えて前者の二つがあまりにも考えられないことは桜の木にもわかる。生き続けた四百年はそんなこともわからないほど無駄に積み上げてきたわけではない。


 では、何故弥生はこんなに震えているのか。震えて力も入っていないように見える。それでも地面を抉るようにして穴を掘るのは一体何故なのか。


 本当は、桜の木は既に答えを理解していた。理解していたが、認めようとしていなかった。四百年生きてきても理解するのと認めるのは違うのである。直面してしまった悲しみは、後悔は、無念は、様々な自分にとって辛い感情は理解していても認めたくない。その本質は桜の木が人間と変わらない心を持っていることの証の一つと言えるかもしれない。


 桜の木はどうしてそうなってしまったのかがわからない。桜の木には動くことも声をかけることもでない。


 変わらない現実は桜の木に弥生がこの行動を取る原因になった出来事の経過を見ることを許さず、聞き出すことも許さなかった。


 やがて弥生が掘った穴は程よい深さと広さを持った空間になった。弥生が震えながら、そして、雨に濡れながら掘ったその穴からは虚ろな気配しか感じられない。


 傘を差していても全ての雨を防ぐことはできない。増してや震えて力が入りきっていない弥生は、風が吹くたびに傘を揺らされていた。穴を掘るためにしゃがみ込んでいたのも濡れてしまった原因になるだろう。


 弥生は濡れていることも気にせず鞄の中から白い布らしきものに包まれた何かを取り出した。きっと包まれているものを見れば桜の木が認めたくなかったものを認める未来が待っているのだろう。そして、その未来がやってきた。


 弥生は震える手で白い布を広げた。


 広げられた布に包まれていたのはそれに間違いなかった。土曜日に怪我をした小鳥だった。


 弥生は小鳥の体をそっと穴の真ん中に横たえた。そして、手に持っていた布をまるで布団をかけるかのようにそっと小鳥の体にかけている。それは、安らかに眠る赤ん坊を起こさないようにするような優しく、静かなゆっくりとした動作だった。しかし、弥生の腕は細かく震えているままである。それだけが一連の動作に違和感を与える結果になっている。


 小鳥は死んでしまったのだ。それはもう避けられない現実である。

あれぇ……どうしてこうなっちゃったかなぁ……

桜の不安の部(小学生低学年の部)は今回で終わるつもりだったのになぁ……

クライマックス的なものに突入してもうこの辺りの話は終わるよ!って感じを出したのは第3話だった気がするのにもう第5話ってどういうことでしょう。


第6話こそ桜の不安の部を終わらせたいと思います。はい。


更新は……30日は用事があっておそらく書けないので再来週になりそうな気がします。

それでは次回こそクライマックスを解決できるように頑張りまする。

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