桜の不安、人の判断
やってしまいました。。。
弥生が三年生となり、平穏な日常が過ぎ行く。次第に桜は散り、青々とした葉が枝に咲く。暑い夏がやってきたのである。
弥生は二年生の春から度々桜の木を訪れ、自身の周りの出来事を桜の木に寄りかかりながら話すようになった。
その様子は嬉しさを分け合いたいと願っている様でもあり、悪いことを怒られたいと願っている様でもあった。また、悲しかったことを慰めてもらいたいと願っているようでもあった。
そんな弥生は今日も桜の木にやってくる。
「でね、瑞紀ちゃんとちょっとだけ喧嘩しちゃったけど仲直りできたんだよ」
今日の話は先週の続きであったようだ。
先週の弥生はひどく落ち込んだ様子で桜の木の元を訪れ、学校で一番に仲が良いらしい『瑞紀』と喧嘩をしてしまったと話していた。
喧嘩の発端は小学生には良くある内容であり、グループ学習で意見が食い違ってしまったらしい。しかし、流石小学生とも言えるのだろうか、喧嘩をしても仲直りは一週間とかからずにやってのけた。
お互いに自分の行動をまずいと感じていたらしく、どちらからとも無く謝ることで解決できたらしい。
大人になってしまっては出来ない小さな喧嘩。お互いに意地を張ってはできない仲直り。そんな経験をしたこの出来事は、お互いを大いに成長させる出来事になっただろう。
それから数日が経った。
――今日もそろそろ来る頃だろうか。
桜は弥生がもうすぐ来るのではないかと感じていた。
弥生が桜の木を訪れるのは頻度も時間帯も基本的には不規則だった。しかし、休日だけは別であり、比較的高い頻度で訪れて来ていたのである。
本日は土曜日で弥生の学校は休みである。それ故に弥生が訪れるのではないかと桜の木は推測した。それでも訪れる時間だけはただなんとなくそうであると感じていただけだった。
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ガサガサッ!!
桜の木は自分に何かが当たり、落ちていくものがあることに気づいた。それは桜の木が弥生の訪れを予感した瞬間に、急に上の方から落ちてきたのである。
――イタッ……何だろう?
桜の木は自分の根元に落ちてきたと思われるものを探した。
それはすぐに見つかり、桜の木は一瞬だけ驚いた。そこでは小鳥が小さい身体を力なく横たわらせている。
小鳥をよく見ると大怪我をしているように見え、桜の木は何故怪我をして落ちてきたのかが気になった。桜の木が空を見上げると、そこでは大きな鳥が空を旋回していた。
おそらく小鳥はあの鳥に襲われて怪我をしたのだろう。
しかし、桜は相変わらず何もしてやることができない。怪我の手当てをしてやれば生きられるかもしれないのに、何の手を施すことができない。もちろん声をかけて助けを呼ぶことも、死にかけている小鳥を助けてやることもできない。
桜の木はまたも無力感を感じたが、同時に自然の摂理は弱肉強食だということを知ってしまっている。四百年近く生きてきた桜の木には何度も見た光景のひとつでしかないのだ。
桜の木は様々な感情が綯い交ぜになっている中で一つの言葉が鮮明に浮かび上がったのを感じた。
――僕とは違ってまだ生きられるかもしれないのに……僕が死ぬときもこうして孤独に死んでいくのだろうか。
一瞬、桜の木は自分の中に浮かび上がった言葉に驚いた。自分がそんな事を考えていたとは桜の木にも信じられなかった。死にそうになっている小鳥と、動くこともできない自分の死に様を比べていたとは。
桜の木は驚きを一蹴しようと視線を周囲に巡らせた。すると、一つの影が近づいてくるのが見えた。
その影は足取り軽く、一束に纏め上げられた髪の毛を揺らしながら近づいて来ていた。
――弥生!!
桜の木は逆行の所為で顔が見えていないのに確信が持てた。
足取り軽く、小さく揺れる一束の髪。それは背中の中ほどまで伸びているのがわかる。歩行による上下運動と緩やかな風に揺れるスカート。それらの影が桜の木に示したのは、まさしく弥生だったのである。
桜の木は弥生が訪れたことで希望と不安の二つを同時に抱くことになった。
弥生ならば小鳥を助けられるかもしれない。しかし、小鳥の大怪我を見た弥生はその姿にショックを受けるかもしれない。
これも桜の木の過去にあったことだが、大怪我をした人や動物の傷口は決して見ていて気持ちの良いものではない。それを見てしまうことで血や小さな傷口にすら強い拒否反応を起こしてしまった人がいる。
桜の気は弥生にそんな状態にはなって欲しくなかった。それでも弥生は近づいてくる。
結局、桜の木は弥生を信じようと思った。ひどい精神的なショックを受けないようにと願った。
弥生はすぐに桜の木の根元に辿り着いたが、小鳥にはまだ気づいていなかった。弥生が来た方向からでは小鳥の姿が桜の木に阻まれて見えないのである。
桜の木は小鳥に気づいて欲しい気持ち半分、小学生である弥生より先に大人が小鳥に気づいて欲しいという気持ちが半分という微妙な心情になっている。
大人であれば落ち着いて何らかの処置を施してくれるかもしれないという希望があったからだ。また、小学生の子供よりもケガを見たときのショックは少ないだろうと考えている。
そんな桜の木の気持ちを他所に、弥生は桜の木の元に辿り着いてすぐに小鳥に気づいた。弥生が桜の木に辿り着いたのとほとんど時差をおかず、小鳥が弱々しい泣き声を上げたのである。
「あれ? 鳥の声がした?」
弥生は小鳥が発した弱った声を頼りに、桜の周囲を回った。
「え……うそっ!? ひどい怪我!!」
弥生は驚きの声を上げている。桜の木が感じていた不安の結果を示す賽が投げられてしまった。
小鳥を見てからの弥生の行動は予想以上に早かった。ポケットの中から白いハンカチを出して小鳥を抱きかかえようとしている。
「怖くないから動かないでね」
弥生は小鳥に優しく話しかけてハンカチに包もうとしているが、小鳥は力を振り絞って抵抗をしていた。
少しの間苦戦をしていたが小鳥は次第に大人しくなり、弥生のハンカチに包められて抱か
れている。体力の限界が近いのか、それとも弥生への警戒心が少しだけ弱まったのか。なんとか弥生は抱き上げることには成功していた。
「急がないと……」
弥生は小鳥を抱きかかえ、急ぎつつも振動をなるべく与えないように気をつけながら公園を去っていった。
桜の木は一部始終を黙って見守っていた。そして、弥生がひどいショックを受けずに強い意志で小鳥を救おうとしたことに関心しつつ、同時に安心をした。さらに、小鳥が助かるようにと願っていた。
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小鳥が怪我をした次の日、桜の木は小鳥がどうなったのか気になっていた。
大怪我をしていたが助かるかもしれないと思っていた桜の木は、どうしても小鳥のその後が気になったのである。
おそらく弥生は自分の家に連れ帰ったのだろう。そこで手当てをしたに違いないと考えていた。
桜の木はもしかしたら手当てを楓が手伝ってくれたかもしれないと思った。弥生がまだ小さかった頃によく怪我をしていたが、その度に楓が手当てをしていた。手つきにも迷いがなかったので、手当ては慣れているのかもしれない。さらに、楓はとても面倒見が良いのだ。
――きっと楓も手当てを手伝って……小鳥は一命を取り留めたに違いない。
桜は小鳥の無事を願い、そう思っていた。
うわぁ……時間が結局火曜日ですよ。もうどうしようもないですね……
それに、本当なら桜の不安シリーズ(小学校前半編)は第4話で終わらせるはずだったのに……たぶん次回で小学校前半は終わると思います!!
しばしお付き合いくださいませ><
あとは次回の更新ですが、おそらく今回と同じで1週間~2週間程かかるかもしれないです。
執筆状況とか近況とか活動報告に書いてたりするので次話アップの目処が立った時はそちらに上げて置くようにします。