(4)教育改革
〔4 地球文明復興 (4)教育改革〕
【 三〇年もたてばそうなる。最初のドミノさえ倒れたら、もっと速く変化するかもしれない 】
【 いま、その時機が来たのだ 】
┌----------
新しい霊性とは、それを意識して行うことだ。意識を拡大しようという呼びかけた。意識的な創造への招待だ。進化のプロセスのつぎのステップだよ。
それによって、あなたがたの地球で革命が起こるだろう。それは暴力的ではない革命、革命のなかでも最も革命的な革命だ。なぜならそれは、進化の革命だから。
《明日の神P73》
----------
古い信念はもう役に立たないと思うひとたちが増えている。
その数は急激に、臨界量に達しようとしている。あなたにできるのは、それを助けることだ。
全体の五パーセント未満であっても、ひとつの方向へ動き出せば、臨界量になりうる。
言い換えれば、たったひとつのドミノが倒れれば、残りのドミノは次つぎに倒れていく。
《新しき啓示P363》(一部略)
----------
ニール:それじゃ、地上のものごとが良い方向に向かうくらいプロセスが進行するのは、いつなんですか?
神:まもなくだよ。もうじきだ。
あなたが生きているあいだにも起こりうる。三〇年もたてばそうなる。最初のドミノさえ倒れたら、もっと速く変化するかもしれない。
《明日の神P29》(一部略)
----------
いま、その時機が来たのだ。
《神との対話4-P16》
└----------
----------------------
┏━あらすじ━━
・「教育」のあり方へのアドバイスが次のように書かれている。
①産む人間と育てる人間が同じでなくてもいい。
②知識ではなく智恵を教える。
③霊性を教え育てる。
④シュタイナー教育は教育のあるべき姿を示唆している。
┗━━━━━━━
[4-(4)-1]《子供を育てるのは、よく発達した強い精神をもつ年長者の活動だ》
┌----------
たいていの親は、ほんの短い人生経験しかないまま、子育てをする。自分自身がろくに育ち終わっていなくて、答えを求め、鍵を探しているのに。
生物学的に見て、人間は自分が子供のうちに子供をつくることができる。驚くかもしれないが、生まれて40年、50年はまだ子供なのだよ。
子供をつくるのは、よく発達した強い身体をもつ若者の活動だ。
子供を育てるのは、よく発達した強い精神をもつ年長者の活動だ。
(子供を育てる責任があるのは)コミュニティ全体だ。とくに年長者だ。
《神との対話3-P48》(一部略)
└----------
『神との対話』には、「教育」のあり方に対するアドバイスが書かれています。
そのキーワードとして、①産む人間と育てる人間が同じでなくてもいい ②知識ではなく智恵を教える ③霊性を教え育てる の3項目を上げることができます。
①の「産む人間と育てる人間が同じでなくてもいい」は、現代の一般的教育論には見かけないユニークなものといえます。
「産む」という行為は、生理的に考えても、青年期の人間が適しています。一方、「育てる」という行為は、育てる者がなるべく人間的に成熟している年長者の方が、より優れているといえるのです。
全てがまだ未熟といっていい青年期の親が、自分だけで子供を育てることには、無理があります。
未熟な者が子供を育てると、自分自身の人生経験は少ないために、他人の経験をそのまま教えることになります。
これら他人の経験の多くが、その人の親から受けた教育なのです。これが「父の罪が息子に伝わる」といわれていることなのです。
他人の経験を自分自身の経験とした時に、初めて真に子供を育てることができるといえます。
そのためには、子育ての責任を産んだ親だけで背負うのではなく、親と年長者がいっしょになって、「コミュニティ」全体で育てることが良いというのです。
『神との対話』でいうコミュニティとは、顔の見える集団を指しています。日本でいえば、核家族化する前の田舎の集落が、このコミュニティに近似したものと考えられます。
子育てに限らず人間の生活のあらゆる場面で、コミュニティは大切なものだと、『神との対話』ではいっています。
隣人の顔の見えない都会よりも、顔の見えるコミュニティでの生活の方が、人間の成長には適しているといっているのです。
[4-(4)-2] 《智恵とは応用された知識だよ》
┌----------
智恵とは、応用された知識だよ。
智恵が大事だからといって、知識を無視してはいけない。知識を大事にして、智恵をおろそかにしてもいけない。
子供たちに知識を与えるとは、あなたが理解させたがっていることが真実だと教えることだ。
子供たちに智恵を与える場合は、何を知るべきかも、何が真実かも指示せず、子供たちが自分の真実を見つけるにはどうすればいいかを教える。
一定量の知識は、世代から世代へ伝えていかなければならない。だが、少なければ少ないほどいい。子供たちに、自分で発見させなさい。
学校ではいままでとは逆のことを重視すべきだ。いまは知識偏重で、智恵には重きがおかれていない。
《神との対話2-P150》(一部略)
└----------
知識は判断の材料となる事実で、智恵は知識を応用する能力といえます。
知識は、物事を判断するために不可欠なものです。しかし知識偏重といわれる現代の学校教育のように、知識ばかりを与え、しかも批判を許さずそのまま受け入れるように教えていると、人間の智恵は成長しないのです。
他人の得た知識や、他人が決めた解釈を押し付けるのではなく、相反する解釈も提示して、自ら判断させることが子供たちの成長にとって大切なことだというのです。
それを日本への原爆投下を例として、説明しています。
アメリカの今の学校教育では、原爆投下は終戦を早めることによって犠牲者を減らすことができ、日米双方にとって良い選択だったと、肯定的に教えています。
「果たしてそうか?」と神がいろいろな観点から疑問を提起し、ニールがそれに反論しています。
ここでいわんとすることは、原爆投下の是非を一方的に押しつけるのではなく、その事実のみを提供して、子供たちにその是非を考えさせることが、学校教育では大切なことだということなのです。
[4-(4)-3] 《子供たちが肉体に宿る霊的な存在であることを知らせようとしない》
┌----------
あなたがたの世界は物騒になった。それはそのとおりだ。だが、学校で教えたことのためにそうなったのではない。学校で教えなかったから、そうなったのだ。
あなたがたは、愛がすべてだと学校で教えなかった。無条件の愛について学校で語らせなかった。
子供たちが肉体に宿る霊的な存在であることを知らせようとしない。肉体に宿った霊的な存在として、子供たちを扱おうともしない。
《神との対話2-P159》(一部略)
└----------
教育の中で、まず最初に、人間の「霊性」を教えなさいといっています。
「霊性」を教えるとは、①人間は魂-精神-身体からなる霊的存在であること ②人生の目的は、様々な出来事を通して魂を成長させることにあること を教育の中で教えることをいっています。
そのために全ての学科の基本に、「霊性」を置くことが必要だといっています。
[4-(4)-4] 《ルドルフ・シュタイナーというひとが書いたものを読んでごらん》
┌----------
ルドルフ・シュタイナーというひとが書いたものを読んでごらん。彼が創設したウォルドルフ・スクールという方式を勉強してごらん。
人類があなたの言うような道を願い、あなたがこうしたい、こうありたいと言っているとおりのことを願っているとすれば、あの方式は有効だと言っている。ひとつの例としてあげたのだよ。
《神との対話2-P173》(一部略)
└----------
『神との対話』では、「知識」より「智恵」に重点をおいた教育の1例として、シュタイナー教育を上げています。
ルドルフ・シュタイナーはドイツ人で、ウォルドルフ・スクールを創設しました。
ウォルドルフ・スクールは、他の学校とはいろいろなちがいがあります。
例えば、ウォルドルフ・スクールでは、教師も幼稚園から小学校まで一緒に進級していきます。生徒はずっと同じ教師に教わるのです。
教師たちは、生徒たちをわが子のようによく知ることができ、生徒たちも、ふつうの学校では考えられないほど、教師を信頼し、愛するようになります。
生徒たちと教師に、大変強い絆が育つのです。家庭の外のもうひとつの家庭のような学校なのです。
生徒たちが卒業すると、教師はまた最初の学年に戻り、別のグループの生徒たちと一から始めます。教師は、生涯に四つか五つのグループの生徒しか教えないのです。
ウォルドルフ・スクールの教育では、人間関係と絆、愛は、教師が教える知識と同じくらい大切だと考えているのです。
----------
*〈いのうげんてん〉からのお願い:神・生命に関心のおありの方に、当ページを紹介いただけましたら嬉しく思います。→http://ncode.syosetu.com/n6322bf/
----------




