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『神との対話』との対話  作者: いのうげんてん
2章 『神との対話』-私なりの説明
45/246

  (4)前世・現世・来世 と 輪廻(りんね)

記述ルール

────────────

①原著の引用文は、┌---で囲み、引用ページは、《神との対話1- P22》(1~3巻-ページ)と表します。(続編『神との友情』、『新しき啓示』も同じ)

②原著の対話形式は、神:、ニール: のように発言者名を文頭に記し、表します。

────────────


〔3 人 生 (4)前世・現世・来世 と 輪廻りんね


┏━あらすじ━━


・魂は、宿った人間の人生を通じて神性を体験する。


・神性には、無数といえる側面があるが、一生の中で体験できる側面には限りがある。


・魂は、その人間で体験しうる課題が現世で完了すると、身体から離れて(死)、霊的世界(来世)に行く。


・神性の異なる側面を体験したいと魂が意図したとき、再び現世に戻って、別の人間に宿る(輪廻)。


・輪廻転生する場合、転生場所(地球や他の惑星文明)を選択することができる。


・因果応報といった懲罰的な意味合いでの「カルマの輪」はない。


・人生は何度でもある。


┗━━━━━━━



[3-(4)-1]《魂の最大の望みは、自分自身のさらに高い側面を経験することだ》


┌----------

 魂の最大の望みは、自分自身のさらに高い側面を経験することだ。


 存在のすべてとの全的な一体化を経験するまで、決して下には向かわず、つねに進化の過程の上へ向かう。存在のすべて、つまりわたしと一体化するまで。


 魂が人間のかたちに戻るとしたら、それは、さらに進化するためだよ。


 ある者は何度も何百回も人生をやり直しながら、上に向かって進化していく。


 もし、輪廻転生がなく、物質的なかたちに戻れなければ、魂はなしとげたいと思うすべてを一生でなしとげなければならない。一生とは、宇宙の時計ではかれば、一瞬のそのまた10億分の1よりも短いのだよ。


 だから、もちろん輪廻転生はある。それが真実であり、目的にかなっており、完璧なのだ。


 《神との対話3-P170》(一部略)

 ------

ニール:わたしは地上ではないべつの場所で生まれ変わることを選べるのですか?


神:そう、その選択肢もある。


  あなたの魂の旅の一環として、 知っているそれ自身のすべての側面を経験するという使命の一環として。まったく同じ理由で、あなたの魂はべつの文明を離れて、地上で身体に宿ったのかもしれないよ。


 《神との対話4-P193》(一部略)

└----------


 魂は、宿った人間の人生(現世)を通じて神性を体験することによって、自己を成長させていきます。


 神性には、無数といえる側面があります。


 魂の宿る人間は、生まれもった個性や能力、生育歴、置かれた環境などの違いにより、人生における生活内容が異なります。さらに1人の人生は、80年間ほどの限られた期間です。したがって、その人生の中で体験できる神性の側面には限りがあります。


 その人間の個体で体験できる全ての内容(課題)が現世で完了すると、魂は身体から離れて(死)、霊的世界(来世)に行きます。


 魂には、現世での全ての体験が記憶されています。


 そして、さらに神性の違う側面を体験したいと魂が希望し意図したときに、再び現世に戻って、別の人間に宿るのです(輪廻)。


 仏教でいう輪廻を、この『神との対話』でも述べています。


 すなわち、魂は人間の個体が死んでから来世(霊的世界)に行きますが、魂に内在する概念としての神性が完全に体験しつくされるまでは、何度も現世に戻って、前の人間とは別の人間に宿り、それを完成するために、また新たな人生を歩むのです。


 これを繰り返すことを、「輪廻」というのです。


 『神との対話』では、輪廻によって物理的(物質的)世界に転生する場合、必要であれば、転生する場所(惑星文明)を変更して選択することができるといっています。


 地球文明に生きていた魂が、地球上ではないべつの場所、つまり宇宙の他の惑星の文明に転生することもできるといっているのです。


 ニール氏は、648回目の人生(現世)を、今、歩んでいます。すなわち、すでに647通りの前世を生きているというのです。


 時間軸を入れて考えてみると、現在生きている現実世界を「現世」、死後の霊的世界(究極の現実)を「来世」、以前に生きた現実世界を「前世」(過去世とも原著ではいっています)というのです。


 前世というのは、人間(魂-精神-身体)が過去に生きた現実世界(すなわち現世)ですから、実質的には「現世」と「来世」、すなわち物質的世界(現実世界)と、霊的世界(究極の現実)の2つの世界のみがあることになります。


 具体的にいうと、魂Xが現世のAという人間に宿り、Aの人生を終えて身体を離れて(死)、霊的世界(来世)に行きます。その魂Xが、再び物質的世界(現世)で生きたいと意図したときに、現世のBという人間に宿って、Bの人生を体験します。


 Bの前世とは、魂Xが過去に宿って生きたAの人生をいうのです。


 魂には、現世および過去世での人生体験が、すべて記憶されています。死後の世界では、魂が希望すれば、過去に宿った人間全ての姿に、いつでもなれると書いてあります。


 すなわち魂Xは、A、B両方の姿を内包しながら、Aの姿にもBの姿にも、希望すればいつでもなれるというのです。それが、〔3人生(3)生と死〕で紹介しました映画『奇跡の輝き』で描かれているのです。


 現世と来世における人生を何度も繰り返して、魂に概念として与えられたすべての神性の側面を、実体験して完了したとき、その魂は神に帰一し、一体化するのです。それがニルヴァーナ(涅槃)というのです。


 神と一体化した後、魂は再び高次の次元で分化します。すなわち、無限にこの分化と帰一が繰り返されるのです。これがいわば神の呼吸であるというのです。


*2017年7月2日追記:スピリチュアル系の書物には、「並行世界」、「多次元世界」という言葉が出てきます。『神との対話』にも、「代替現実」、「多次元世界」について書かれていますので、参考までにその文章を列記しておきます。


┌《神へ帰る P207》


 あなたは三次元しかない世界で生きていると思っているのかな?誰でもいいから量子物理学者に聞いてごらん。


 あなたは三次元の世界を経験するが、その世界に生きているわけではない。


 「究極の現実」は、あなたが想像できないほど複雑だという意味だよ。目に見える以上のことが進行しているという意味だ。


 いいかね、「すべての」可能性は、同時に存在する。


 あなたは限りない可能性のある多次元の場から、いま経験したいと思う可能性を選択する。そして、いまここで違う選択をする「あなた」も存在する。


└----------


┌《神へ帰る P423》


 前に代替現実の可能性について話したのを覚えているかな?


 あなたが「死んで」、そこから「戻る」というのは、じつは意識的な気づきをべつの代替現実に移行させるだけなのだよ。


 その現実のなかで、あなたはまた「死」の瞬間を経験するが、今度は死なずに生き延びる。「危機一髪」に見えることもあるだろう。驚異的に回復したとか、突然、快方に向かったと見えることもある。「時間の流れ」のなかで「死」の直前に何分間か何週間かが挿入され、それから転轍機が働いて分岐線に誘導されるようなものだね。


└----------


┌《神との対話1-P273》


 無知から抜け出すには―ふたたび知りさえすればいい。


 それが可能になる方法も場所(次元)もたくさんある。


 いま、あなたはその次元のなかのひとつにいる。あなたがたの理解では、三次元と呼ばれているところだ。


 わたしの王国にはたくさんの館があると言わなかったか?


└----------


┌《神との対話2-P99》(一部略)


 あなたは時空のすべてのレベルに同時に存在していることを、もう知ってもいいころだね。


 つまり、あなたの魂は、過去、現在、未来に、終わりのない世界に、つねに存在しているのだよ。


ニール:わたしは、複数の場に同時に「存在」しているんですか?


 もちろん!あなたはすべての場に-すべての時に存在している!


 あなたは聖なる存在で、同じ「時」に複数の経験をすることができる。自己というものを、自分が選んだだけの数の「自己」に分割することができる。あなたは「同じ生」を何度もくり返して、べつのやり方で生きることができる。それは、いま説明したとおりだ。それに、時空のなかで異なる「時」に、異なる「生」を生きることもできる。だから、いま、ここにいるあなたでありながら、ほかの「時」、ほかの「場」で、ほかの、「自己」になることができるし、実際にそうしてきたんだよ。


└----------



[3-(4)-2]《「因果カルマの輪」などは存在しない》


┌----------

 「因果カルマの輪」などは、存在しない。(あなたがたは*筆者注)過去の行動に対して代償を支払い、これ以上の債務を負わないようにがんばらなければならないと考えている。


 それが、あなたがたの言う「因果の輪」だ。


 わたしが説明した経験、「宇宙の車輪」と呼ぶものには、価値のないものなどなく、債務の償いもなく、懲罰も、「浄化」もない。


 《神との対話3-P78》(一部略)

└----------


 『神との対話』には、「カルマ」について書かれています。


 カルマ(Karman、業)とはインド宗教用語で、もともとは「行為そのもの」を意味しています。


 それが歴史の変遷とともに、「前世における行為の結果として現在における幸不幸があり、現世における行為の結果として来世における幸不幸が生じる」という「因果応報」の意味に解釈されるようになったのです。


 『神との対話』では、現世と来世の生を繰り返す「輪廻りんね」を説いていますが、因果応報といった懲罰的な意味合いでの「カルマの輪」はないといっています。


 神性には無数の側面がありますが、一生の中で体験できる側面には限りがあります。それを「輪廻」というプロセス(宇宙の車輪)によって、無数に体験できるのです。


 全ての神性を体験するには、Aプラスという体験もAマイナスという体験も、どちらも必要であり、Aプラスの体験の因果応報によって、Aマイナスの体験があるわけではないと、『神との対話』ではいっているのです。



[3-(4)-3]《人生は何度でもある》


┌----------

 人生はめちゃくちゃだ、もうだめだと思ったら、考えなおしなさい。


 やり直したいと思うのなら、人生は何度でもあるから。


 《神との対話1-P127》

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 同じ状況や環境を何度も何度も、新たな自分自身を創造するまでくり返し呼び寄せている。


 《神とひとつになることP194》(一部略)

└----------


 「人生は何度でもやり直せる」と、『神との対話』ではいっています。


 そのフレーズを、2つの意味合いで説明しています。


 1つは、巨視的に見たもので、[7-1]で述べた「輪廻」という概念に結びつきます。


 もう1つは、同一の人生の中で、やり直せるチャンスは再びおとずれるという、微視的なものです。


 人生の中で、失敗した、 あるいは本当の自分を表現できなかったと思っている状況と同じようなシチュエイションが、いつかまた必ず出現します。


 その時、自分の思い描く最高のヴィジョン、最大のヴァージョンの自分を表現し、それを乗り越え、より高次の人間に成長して行くのです。


 このようにして人間は、1つの生涯あるいは複数の生涯をかけて、抱いた人生の課題を完了させていくのです。


〈つづく〉



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*〈いのうげんてん〉からのお願い:神・生命に関心のおありの方に、当ページを紹介いただけましたら嬉しく思います。→http://ncode.syosetu.com/n6322bf/

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