1 『神との対話』が始まったいきさつ
記述ルール
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①原著は、《神との対話シリーズ》ニール・ドナルド・ウォルシュ著/吉田利子訳 サンマーク出版です。
②原著の引用文は、┌---で囲み、引用ページは、《神との対話1- P22》(1~3巻-ページ)と表します。(続編『神との友情』、『新しき啓示』も同じ)
③原著の対話形式は、神:、ニール: のように発言者名を文頭に記し、表します。
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〔1 『神との対話』が始まったいきさつ 〕
┏━あらすじ━
著者ニールのペンを持つ手が、何者かの力に拘束され、神の言葉が、自動的にノートに書き始められた(心霊科学でいう「自動書記」)。
これをきっかけにして、『神との対話』が始まった。ニールが書き並べた質問項目に沿って神が答えるという形で、神との対話が始まって行く。
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[1-1]《あなたはほんとうに、すべての質問の答えを知りたいのか》
『神との対話』の著者ニールは、1992年のある日、行き詰まった人生に憤り、テーブルに置いてあったノートに怒りや失望の思いを、神に当てて書きなぐりました。それは誰でも、日記にその思いを書いて、心の平安を得ようとする行為と同じものです。
書き終えてしばらくすると、自分のペンを持つ手が、何者かの力に拘束され、神の言葉が、自動的にノートに書き始められたそうです。
この現象は、スピリチュアリズム(心霊科学)で「自動書記」といわれるものと、考えられます。「まるで口述筆記をしているようだった」と、ニールは述べています。
これをきっかけにして、『神との対話』が始まったのです。対話が始まったときの様子が、原著には次のように、生々しく描写してあります。
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1992年の春――復活祭のころだったと記憶しているが――驚くべきことが起こった。神がわたしに語りはじめたのだ。わたしを通じて神は語った。
説明しよう。
そのころわたしは、私生活でも仕事の面でも、苦しんでおり、不幸で、どちらを向いても自分の人生は失敗だと感じていた。以前から何か考えると手紙を書く癖があったので(ふつうは、書くだけで投函はしなかった)、気持ちを吐き出してしまおうと、いつものように黄色い便箋をとり出した。
このときは、自分を苦しめている相手ではなく、もっと奥にある根源に直接、思いをぶつけたかった。
人間を苦しめている根源、最も偉大な相手だ。わたしは神に宛てて手紙を書こうと考えた。
悪意のある激しい、混乱と歪曲と罵倒に満ちた手紙になった。それに怒りをこめた問いのかずかずが並んだ。
どうして、わたしの人生はうまくいかないのか。うまくいくためには、何が必要なのか。どうして、わたしは幸福な人間関係を結べないのか。どうして、いつまでたっても金に困りつづけていなければならないのか。そして最後に――これがいちばん大きな質問だったが――こんなに、もがきつづけていなければならないなんて、わたしがいったい何をしたというのか。
驚いたことに、回答のない苦々しい質問を書き終えてペンを放り出そうとしたとき、わたしの手は見えない力で押さえられているように、紙にのったままだった。ふいに、ペンが勝手に動きはじめた。
何を書こうとしているのか、予想もつかなかったが、わたしはともかく手が動くのにまかせた。すると……。
神:あなたはほんとうに、すべての質問の答えを知りたいのか、それとも八つ当たりをしてみただけなのか?
わたしは目をしばたたいた……突然、返事が浮かんだ。わたしはその返事を書き記した――。
ニール:両方です。たしかに八つ当たりした面もあるが、答えがあるものなら、もちろん、「絶対に」(地獄のように確実に:sure as hell)知りたい!
神:あなたは「絶対に」(地獄のように砲実に:sure as hell)と……よく言うね。だが、「天国のように確実に:sure as Heaven」と言うほうが良くはないかな?
わたしは書いた――。
ニール:それは、どういう意味なのですか?
こうして、気づいたときには、対話が始まっていた……わたしは書くというよりも、口述筆記をしているようなものだった。
この口述筆記は三年つづいたが、最初は何が起こっているのか理解できなかった。答えは、質問を書き終わり、わたし自身の考えが消えてから、はじめて現れた。手の動きより答えのほうが速いので、走り書きになった。混乱したり、この言葉はどこからくるのだろうとよけいな思いにとらわれたときには、いったんペンを置いて立ちあがり、ふたたび「霊感」を感じてから――「霊感」としか言いようがない――またデスクに戻って、筆記した。
《神との対話1-P12》
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[1-2]《さあさあ、思いつくままに、質問を並べてごらん》
ニール氏が神にうながされて、神への質問をメモ書き風に並べます。
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ニール:わたしにはたくさん質問があります。百、千、百万、数えきれないほどたくさんの問いです。それで、どこから始めたらいいか、わからなくなってしまいます。
神:とにかく、質問を並べなさい。どこからでも始めればいい。さあさあ、思いつくままに、質問を並べてごらん。
ニール:わかりました。とても単純な、俗っぽい質問もあるんですが。
神:自分自身を批判するのはやめなさい。ただ、質問を並べなさい。
ニール:わかりました。それじゃあ、いま思いついた質問です。
①わたしの人生はいつになったら、上向くのでしょうか。「うまくいく」ため、わずかな成功でもいいから達成するためには、何が必要なんでしょうか?もうあがきつづけなくていいという日はくるんでしょうか?
②いつになったら、人間関係がわかって、円滑な関係を結べるようになるでしょうか?幸せな人間関係を結ぶ方法があるのでしょうか?人間関係というのは、いつまでも課題なのですか?
③わたしはどうしても金に困らない暮らしができないようですが、なぜなのでしょう?一生あくせくする運命なんでしょうか?自分の可能性を充分に実現できないのだとしたら、何がじゃましているんでしょうか?
④どうして人生でいちばんしたいことをしながら、暮らしていくことができないのでしょうか?
⑤いま抱えている健康上の問題は、どうすれば解決できるでしょうか?一生つづくほどの慢性的な問題を抱えこんでいます。どうして、こんなことになってしまったのでしょうか?
⑥わたしがこの世で学ぶべき因果の教訓は何なのでしょうか?わたしは、何を克服しようとしているのでしょうか?
⑦輪廻転生ということはあるんでしょうか?わたしは過去に何度くらい生まれ変わったのでしょうか?過去の生でわたしは何だったのでしょうか?「因果応報」というのは真実ですか?
⑧ときどき、自分が超能力者のような気が強くするんです。「超能力者」というのはいるんでしょうか?わたしがそうなのですか?超能力者だと主張するひとたちは、「悪魔と交流」しているんですか?
⑨善いことをしてお金をもらってもいいのでしょうか?たとえばこの世でひとを癒す仕事を選んだとしてこれは神の業ですね─その仕事で金持ちになってもいいのでしょうか?それともこの二つは両立しないんでしょうか?
⑩セックスはいいことですか?この人間体験の陰にあるほんとうの物語とはいったい何なんでしょう?一部の宗教で言われるように、セックスは純粋に生殖のためのものなんですか?真のきよらかさと悟りは、性的エネルギーの否定─あるいは昇華─を通じて達成されるのですか?愛情のないセックスをしてもいいのでしょうか?肉体的な感覚だけを目的にセックスをしてもいいのでしょうか?
⑪誰もができるだけセックスから離れているべきだとしたら、どうして、セックスをあれほどすばらしく、めざましく、力強い人間体験になさったんですか?どうしてなのですか?だいたい、楽しいことはみんな「不道徳か、違法か、太るもと」というのは、なぜなんですか?
⑫ほかの星に生命体はいるのですか?異星人が地球を訪れたことはあるんですか?いまも、わたしたちは観察されているのですか?わたしたちが生きているうちに、べつの星に生命体があるという─反論しようのない、決定的な証拠を見ることはあるのでしょうか?それぞれの生命体はそれぞれの神をもっているのですか?あなたはすべての神なのですか?
⑬地球にユートピアが実現することはあるのでしょうか?神は約束されたように、地球の人びとに姿を見せることがあるのでしょうか?再臨はあるのでしょうか?世界の終わりはくるのでしょうか。あるいは聖書で予言されている黙示録的世界の到来はあるのでしょうか?たったひとつの真の宗教があるのでしょうか?あるとすれば、どの宗教ですか?
これは、わたしの質問のほんの一部です。前にも言ったように、ほかにもたくさんあるんです。なかには、あんまり幼稚で恥ずかしい質問もあります。でも、どうぞひとつずつ答えてください。そして、それについて「対話」をしてください。
神:よろしい。ではとりかかろう。質問を恥ずかしがることはない。何百年も男たちや女たちがたずねつづけてきた質問だ。ばかばかしい質問だったら、何代にもわたって問いつづけはしなかっただろう。
《神との対話1-P98》
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ニールが書き並べた質問事項に沿って神が答えるという形で、神との対話が始まって行くのです。『神との対話』シリーズ全巻を通して、上記の質問事項すべてに、神は答えているのです。
*〈いのうげんてん〉からのお願い:神・生命に関心のおありの方に、当ページを紹介いただけましたら嬉しく存じます。→http://ncode.syosetu.com/n6322bf/




