6-4 《神は礼拝してもらう必要などない》
しょう子:宗教は力を失っている……。
A:教会組織を維持することにきゅうきゅうとして、今の世界を導く力を失っている。
多くの活動が儀式的になってしまって、霊性を向上させるものではなくなつてしまっているんだ。
『神との対話』では、儀式的な礼拝など、神は全く望んでいないといっているんだよ。
しょう子:礼拝はいらないの……。週2回、教会の礼拝に私は参加してるわ。
A:儀式的な礼拝は、神は全く望んでいないといっている。
宗教が組織化されていくうちに、教理、組織内の規約、慣習が交じりあって、教会では十字架の前にひざまずき、礼拝するという儀式が生まれていったんだ。
しょう子:じゃあ、お祈りはどこでするの?
A:どこでもできるんじゃないかな。家にいても、仕事をしていてもね。
新約聖書にもあるよ。
マタイによる福音書(第6章6節)には、「あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい」と書いてある。
しょう子:教会では、「主の祈り」をみんなで唱和するわ。
A:祈りは、かたちではないんだ。心の内なる魂と、神との交わりなんだよ。
魂と神は一体だから、心の内なる世界では、人間はすでに神と通じている。
ただ多くの人たちは、それに気付いていないだけなんだ。
それを目覚めさせるのが、宗教の一番の使命だといってもいいんだね。
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