5-10 《セックスは生殖だけが目的ではない》
しょう子:セックスを楽しめなんて、キリスト教会では絶対いわないわ。
A:そうだね。キリスト教では、セックスは生殖を意図する場合のみに許される、としているからね。
過去には、結婚した夫婦間でもセックスは罪だとした、極端な教えもあったんだよ。
しょう子:原罪が伝わるから……。
A:そう。
『神との対話』はこれとは違うよ。セックスは、「ひとつになりたい」という自然な欲求の表現なんだ。
相対的である現実世界では、人間に限らず、相対するものは全て引きつけ合い、ひとつになろうとする性質をもっている。
電気のプラスマイナス、磁石のN極S極などが、分かりやすい例だね。
しょう子:愛は磁石だものね。
A:セックスは、ひとつになろうとする、男女の自然な性的表現なんだよ。
ひとつになりたいという欲求の表現がセックスであり、その結果として新しい命が生まれてくる。
しょう子:子供をつくるためだけではないのね。
A:前にいったよね。
「私たち2人」と思っている男女がさらに接近すると、「1つの私たち」となる。心身ともに1つとなれば、「1つの私たち」が子供という新しい生命として誕生する。
これが、セックスと生殖のありようといってもいい。
しょう子:「1つの私たち」から生まれるのが子供なのね。
A:もし生殖のためだけにセックスをするというなら、今では試験管内でも子供ができるようになっている。セックスなしでも子供はできるんだ。
しょう子:試験管ベビーね。
A:そう。食事を例えにしてみると、もっと分かりやすいだろう。
しょう子さんはなぜ食事をするのかな?
しょう子:栄養のためもあるけど、食べるのが楽しいからだわ。
A:そうだよね。栄養のためだけではないよね。おいしいという楽しみ、喜びのために、いろいろな料理を作って食べる。
ただ栄養のためだけというなら、宇宙食のようなものでもこと足りるよね。
セックスもそれと同じだよ。生殖のためだけではない。セックスを通して、様々な人間体験をしているんだよ。
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