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『神との対話』との対話  作者: いのうげんてん
1章 入門編 よくわかる『神との対話』
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5-9 《よくないのはセックスにおぼれること》

A:セックスにおぼれないようにしなさいともいっている。


しょう子:おぼれるって?


A:おぼれるとは、夢中になり過ぎて、自分を見失うことだよ。


しょう子:でも「全体でしなさい」っていったよ。


A:「全体でする」ということと、「おぼれる」ということとは違う。むしろ逆のことだよ。


 おぼれると、周りが見えなくなってしまう。へたすると、自分ばかりか相手や周りを傷付けてしまうことになる。


 セックスだけでなく、何事についもおぼれてはいけないんだ。「神性を体験している」という本質を忘れてはいけないんだね。


しょう子:いつも「神性の体験」が強調されるのね。


A:そう。それは『神との対話』のエッセンスだといってもいい。


 現実世界の出来事は成長のツール(手段)であって、目的ではない。人生の目的は神性を体験して、自分が成長することなんだ。


 それを忘れると、現実世界の出来事にほんろうされて、自分を見失い、人生の迷子になってしまう。


しょう子:人生の迷子……。


A:迷子になると、本来の目的と手段の区別がつかなくなる。そうなると、考えることが虚無的、悲観的となり、自暴自棄に陥ってしまうよ。


 何事においても、「神性を体験している自分だ」と絶えず意識して生きなさいと、『神との対話』ではいっているんだ。


〈つづく〉


*〈いのうげんてん〉からのお願い:神・生命に関心のおありの方に、当ページを紹介いただけましたら嬉しく思います。→http://ncode.syosetu.com/n6322bf/




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