5-8 《何をするにしても、あなた全体として行いなさい》
A:これほどまでにすばらしい人間体験を、避けることほど、馬鹿げたことはないんだ。
神は「セックスを楽しみなさい」とさえいっている。
しょう子:キリスト教会の教えとは大違いね。
A:そう、大違い。
だからといって、勝手気ままでいいというわけではないよ。そこにはルールがある。
その無邪気さ、美しさをこわさないようにすること。
相手を傷つけてはならないこと。
相手の合意と許可をもってすること。
これは何ごとにおいてもいえる、基本的なルールだよ。
しょう子:合意と許可ね。
A:前に、魂はすべてつながっているといったよね。
しょう子:家の空気のように。
A:そう、すべてつながっている。だから合意と許可は、何ごとにおいてもいえる基本的なルールなんだ。
これが無い行ないは、どんな行ないでも魂を成長させることにはならない。
そして、あなたの全体として行なうこと。
しょう子:全体として、って?
A:肉体だけのセックスではなく、心身ともの総体的、全体的なものでありなさいということだよ。
肉体だけでもすばらしい人間体験だけど、それではセックスのすばらしい性質、つまり心身ともに「ひとつになる」という最高の部分を、体験しそこなってしまうんだ。
しょう子:心身ともに、なのね。
A:そう。あなた全体として、心身ともの愛の表現として、セックスを行いなさいと神はいっているんだよ。
セックスだけでなく、何をするにしても、あなたの全体として行いなさいと、いっている。
それを原著から引用しておくね。
「セックスでも、朝食でも、仕事でも、浜辺を散歩するのでも、縄跳びをするのでも、良い本を読むのでも、何をするにしても、あなた全体として、あなたの総体として行いなさい」《神との対話3-P193》
〈つづく〉
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