7-3 《どうして感情的には裸になれない?》
7-3 《どうして感情的には裸になれない?》
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神:毎日、真実を求め、真実を語り、真実を生きるのだ。自分自身に対して、人生でかかわりあう相手すべてに対して、それを心がける。それから、裸になる覚悟をしなさい。どうぞ、見てくださいと立ち上がりなさい。
ニール:それは怖いですよ。ほんとうに怖いです。
神:何が怖いのか、考えてごらん。
ニール:みんなが部屋から出ていってしまうのが怖いです。もう誰からも好かれなくなるのが、怖いですよ。
神:ほう。すると、ひとに好かれるためには、嘘をつかなければならないのかな?
ニール:嘘というほどではありません。ただ、何もかも言うわけにはいかないんです。
神:わたしが前に言ったことを思い出してごらん。
べつにささいな感情や考え、思い、恐れ、記憶、告白まであけっぴろげにしなさいと言うのではない。ただ、真実を語り、自分をまるごと見せるだけのことだ。愛するひとに対しては、物理的に裸になれる、そうではないか?
ニール:ええ。
神:それでは、どうして感情的には裸になれない?
ニール:そのほうが物理的に裸になるよりも、ずっとむずかしいんです。
神:わかるよ。わかるが、勧めたい。そうすると、とても大きな見返りが得られるからだ。
《神との対話2-P248》
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『神との対話』では、「どうして感情的には裸になれない?感情的に裸になる勇気が人生を深める」といっています。
私たちは人と関わるとき、本当の自分を隠してしまうことが少なくありません。「嫌われたらどうしよう」「受け入れてもらえなかったら困る」という恐れから、心の一部を閉ざし、仮面をかぶってしまうのです。
しかし、人間関係をより深め、豊かにするためには「感情的に裸になる」勇気が欠かせません。裸になるとは、何もかも打ち明けることではありません。大切なのは「嘘をつかず、自分の真実を隠さない」という姿勢です。たとえば「本当は悲しかった」「実は心配している」といった素直な気持ちを表現すること。それが相手との信頼を築く土台になります。
もちろん、感情的に裸になることは簡単ではありません。物理的に裸になるよりも、心をさらけ出すほうがずっと難しいと感じる人は多いでしょう。けれども、少しずつ練習することは可能です。
感情的に裸になる勇気を持ったとき、人間関係はより深まり、自分自身も解放されていきます。恐れを越えて真実を生きることこそ、人生から大きな見返りを得るための鍵なのです。
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