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事故

作者: 三谷湊

ある冬の日、僕はいつものように電車に乗っていた。ただ今日の目的地は普段通り学校じゃなくて大学だった。今日は大学受験の日だからだ。

『え~、次は……』

 車両がホームから離れ、アナウンスで次の駅名が流れる。大学まであと二駅、時間でいうとあと十分ぐらいだ。

 いよいよ受験が当日になって僕は緊張していた。

 志望は地元にある難関国立大の医学部。もし実力を限界まで出せれば合格するだろう、と入試担当の先生は言っていた。 取り合えずもう一度入試の注意事項でも確認しようかと思って鞄を開く。その時ちょうどカーブに差し掛かったのか体が傾く。と思った次の瞬間、僕達乗客を下から突き上げるような衝撃そして一瞬の浮遊感からの衝撃が襲った。

 人の悲鳴、鉄の金切り声。僕は反射的に体を丸めた。体中に走る衝撃そして痛み。その中で僕は意識が遠退くのを感じた。

「ううぁ……」

「ぃやぁ……」

「ヒクッ、ヒック……」 痛みで目を覚ました僕が見たのは血溜まりと、そこに横たわる人だった。

「っ!?」

 驚きのあまり声が出なかった。だって、どう見てもあれは死体だ。そして恐ろしくなって呟く。

「な、何なんだよコレ……」

 答える者は誰もいなかった。ただ辺りにはうめき声と泣き声、それにしゃくり上げる声が響いていた。どうも列車が事故をしたようだった。不思議な事に最初に考えたのは入試に間に合わないという事だった。

 取り合えず自分の周りを確かめる事にした。確か乗ったとき右には車両の繋ぎ目があったはずだが完全に潰れている。

 左側には取り合えず空間があるのが分かった。そして前には死体、さらに周り中からのうめき声。後ろにあったはずの窓は跡形も無く粉々に砕けていた。幸いな事にその破片は僕にはかかっていなかった。

 周りを見ていると小さくミシィッと音が聞こえる。早くこの車両から逃げた方がいいのじゃないか、と思った。そして左側に進むことにした。辺りは暗くてはっきりとは見えない。前へ進み続けているとそのうちに非常口を見つけた。

「で、出口だ……」

 安堵のあまり声が出る。その声に反応したように声が聞こえる。

「お、おいそこの奴……」

「誰? 何処?」

「後ろだ、後ろ。足がはまって出られねえんだ」

 後ろを振り返るとそこには言った通りの状況の同年代のような男がいた。

「大丈夫か? どうしたらいい」

「だから俺の足を抜くのを手伝ってくれよ」

 近くに寄って足を探す。すぐに見つけられた。

「これか?」

「ああ、俺の足だ」

「痛いかもしれないけど、我慢してくれ」

 わかったと言うように男は首を縦に振る。なので僕は足に手をかける。そして引っ張り出そうと力を込める。わりと楽に足は抜けた。

「ふう~、助かったぜ。ありがとな」

 見ると男は多少薄汚れているだけで元気そうだ。

「無事でなによりだよ。ところで何が起きたか分かるか?」

 質問すると男は頭を振って答えた。

「いいや。突然下から押されて、気づけば今だ。ただよ」

 窓の外、薄暗い空間を指差しながら

「外とか見る限りこれは、トンネルで列車が事故った訳だろうな」

 言われるまで気付かなかったが外は薄暗い。単純な列車の事故じゃなくてトンネルも崩れたらしい。

「まあ取り合えず外へでようぜ」

 ほら、と僕を促すように男は非常口を指で示す。そして出て行った男の後ろを僕はついて行った。

「これは……」

 それ以上は二人共言葉が出なかった。目の前のあまりに酷い有様に何も言えなかった。

 見える範囲で言うと電車二両がくの字に折れている。その前後は暗闇で何も見えないが、おそらく崩れたトンネルに潰されているだろう。

「なあ、どうする?」

 男が聞く。

「どうするって……」

 何も浮かばない。

「自己紹介でもしないか?」

 出た答えはおかしものだった。

「じゃあ、俺は田中肇。肇って呼んでくれ。で、お前は?」

 そのままの流れで僕も自己紹介。

「僕は、牧田修」

「で、どうするかって話だが」

「うん」

「救助を待つしかないな」

「いや、待って」 唐突に思い付く。

「まだこの中に生きてる人がいるはずだ。助けよう、出来る限り」

 田中は少し驚いた顔をした。けれど次の瞬間には

「そうだな。そうしよう」と言ってくれた。

 そうして僕達の救助活動が始まった。

互いの得意分野から、肇が探して二人で外へ出して僕が手当てすることになった。

「おーい、修。こっちに一人いるぞ」

「すぐ行くよ」 助け出した人数は、一人また一人と増えていった。そのうちに手の届く範囲に人はいなくなった。

「これで全員みたいだな」

「うん」

「けど、何時までこのままなんだろうな俺達は」

「さあ、分からないよ。でもそれまでは生き延びないと」

「そうだな。じゃあ修は手当てを続けてくれ」

「肇は?」

「食糧と水、いるだろ? 探してくる」

「そっか。気をつけて」「おう」

肇がいない間も僕は出来る限り手当てした。骨折には添え木で固定。切り傷には乗客が持っていた消毒薬。出血には止血法を施す。

普通の人より少し知っているだけだったけど、みんなにありがたがられた。

そうして、ほぼ全員の手当てが終わった頃肇が帰ってきた。

「お帰り。どうだった?」

「ボチボチだな」

 そう言ってどこかで見つけただろう袋から取り出す。中身は水分が500mlのペットボトル10本。食べ物は、バータイプが5本と袋に入ったスナック菓子にチョコが少々。

 今生き残っているのはたった8人。救助までどれくらい掛かるか分からないが多分大丈夫だろう。

「なら、みんなに少しずつ配ろう」

「良いのか?」

「うん。無駄遣いしなければ」

「そっか」

 そう言うと肇はみんなに呼び掛けた。「聞いてくれ。俺の名前は田中肇。それで俺達は今、トンネルに閉じ込められてる。もしこの中に食べ物、飲み物を持ってる奴がいれば渡してくれ。全員が生きる為なんだ」

 肇の言葉に賛成したのか、ペットボトルが渡される。

「それと、一応リーダーを決めたいと思うが、無事そうなのは俺と修しかいないみたいだな。なら俺達は交代で起きるから用があれば言ってくれ」

 肇の言葉に特に反対は無かった。

「僕は牧田修。調子が悪くなったらすぐに言ってくれ。少しは医学の知識があるから」

 こうしてサバイバルが始まった。

 しかし現実は厳しかった。

 何時になっても助けは来ない。徐々に物が無くなる。特に重要なのが水だ。日に日に脱水症状の人が出る。そう言う僕も身体が動かなくなった。 そして虚ろなまま時間だけが過ぎた。

「……なぁ、声、しない、か?」

 それを誰かが言った。

「そう、ね。でも……空耳、じゃない、かしら」

 口を開くのも億劫な程だった。

「いや……、俺、も、聞こえる」

 その輪はみんなに広がった。

「おい。おさ、む。聞こえるか?」

 分からない。

「なあ、返事しろよ。修」

 揺さ振られるが、返事しようにも出来ない。

 ドサッ、と土が崩れる音。それと共に光が差し込む。何日ぶりかの光。

「おーい、助けに来たぞー!」

 光の中から人が現れた。

 救助隊だ、助かったんだ。そう思うと張り詰めていた糸の最後が切れた気がした。

「修、助かったぞ。修? おい修、返事しろよ」

 近くで肇が騒いでいる。気持ち良く寝ようとしてるのに、どうして邪魔する?


 俺、田中肇は牧田家を訪ねていた。

あれから一年。久々に顔を出す。

 事故直後、嫌な事を連想させる俺の訪問を断ると思ったが、あっさり許可された。それ以来の付き合いだ。

 ピンポンとインターホンを鳴らす。

「はーい」

「どうも、田中です」

「はい、どうぞ」

 これからの人生に苦難はあるだろうし、辛い事もあるはずだ。だが俺はほとんどの物に耐えられるだろう。あんな凄惨な目にあったのだから。

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