第28話 エターナル
「父さんが葵生に代わってほしいそうです」
成田空港の搭乗口近くの椅子に座って電話していた翔真さんにそう言われて、私は恐る恐る携帯を受け取って耳に当てる。
「もしもし、長田です……」
翔真さんがフランスに行って戻ってこない――そう勘違いして慌てて事務所を出てきちゃったのを思い出して、面目なくて。
『葵生ちゃんかい? ちゃんと翔真と会えて誤解が解けたみたいでよかったよ』
「はい……」
『私が、翔真がフランスに行くのは一週間だけと伝える間もなく事務所を飛び出していってしまうから焦ったよ』
そう言って、社長がくすりと電話越しに笑う声が聞こえた。
そういえば――確かに社長は事務所をあわてて飛び出す私に何か言おうとしていたのに、私ったら最後まで話を聞かずに飛び出してきちゃって――そう思い出したら恥ずかしくて、かぁーっと自分でも分かるくらい顔が赤くなる。
「すみません、すみませんっ」
目の前に社長は居ないのに、ぺこぺこと頭を下げながら誤る。
「おまけに……」
事務所のバイトがあることをすっかり忘れて、勢いに任せて翔真さんとフランスに行くことまで決めちゃって。
『ああ、翔真から聞いたよ、一緒にフランスに行くそうだね』
「はい……すっ」
もう一度誤ろうとした私の言葉に被さって、社長が穏やかな声で言う。
『事務所のことは心配ないから、楽しんできなさい。一週間後、翔真と元気に帰ってくるのを待っているよ』
そんなことを、そんな優しい声で言われて、私はじわりと視界がにじみ。
「社長……」
ぎゅっと目を瞑って、私は言っていた。
「大好きですっ。お土産買ってきますね」
『あはは、ありがとう葵生ちゃん。無事に帰ってくるんだよ』
社長の耳に染み入る優しい声に酔いしれていて。
『じゃあ、もう一度翔真に変わってくれるか』
社長の苦笑交じりの声で、はっと我に返る――
瞑っていた目をゆっくりと開けて横を見ると――
キラキラの、天使も慌てて逃げ出すような麗しく眩しい微笑みを浮かべて翔真さんがこっちを見ていて、私はびくっと肩を震わせる。
携帯を耳から放し、受話器の部分に手を当てて翔真さんを仰ぎ見る。
「ん? 代わるんですか?」
そう言って携帯を受け取った翔真さんは立ち上がり、私達が座っている椅子から離れたところに行ってしまった。しばらく話した後電話を切り、携帯を片手に持って戻ってきた翔真さんの顔は相変わらず嘘つき天使スマイルで、私は体を縮める。
「葵生の大好きな父さんが、お土産はエスカルゴチョコレートよりもガレットクッキーがいいと言っていましたよ」
その言葉に明らかに棘があって、私は苦笑するしかなかった。
「搭乗が始まっていますよ。パリまでは十四時間のフライトですからね、搭乗前にお手洗いには行かなくて大丈夫ですか?」
「あっはい、さっき行ったので大丈夫です」
「では行きますか?」
そう言った翔真さんをじぃーっと仰ぎ見ると。
「まあ僕は……一度も大好きなんて言われたことがないからって気にしてはいませんよ」
ぼそりとそんなことを言うから、思わず声を出して笑ってしまった。
イケメンでインケンで、怒りを隠して美しすぎる笑顔を向ける人で、その強烈な毒に、最初はドキドキしたりビクビクしていたけど、慣れると――
真っ直ぐで素直で可愛くて――
蜂蜜色のあまーい毒にどっぷりとやられてしまったみたい。
私は数歩先を歩いていた翔真さんに駆け寄り、ぐいっと肩に手をかけて耳元で囁く。
“翔真さん、大好きよりももっと、永遠に、愛していますよ――”
これにて完結です!