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HONEY*POISON ―甘い蜜には毒がある―  作者: 滝沢美月
side2:SYOMA
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第24話  ラビリンス×ラビリンス



 社長代理を務めてから一ヵ月と少しが経った。あれ以来、時間がある時は事務所の仕事を手伝い、俺は本格的な経営の勉強を始めた。

 そのせいで、俺は仕事と経営の勉強、長田さんは大学とバイト、お互い忙しくて付き合いはじめたというのになかなか会う時間がなく、電話やメールは慣れなくてあまりせず。大抵の場合は夕飯を一緒に食べるか俺の家に遊びに来るかで、デートらしいデートもしていなかった。

 まあ、俺の家に遊びに来るというのも問題なのだが――

 会えるのが仕事上がりの遅い時間だから俺の家以外に行くところがないというのも理由の一つだが、付き合う前に事情があって長田さんを俺の家に泊めたことがあって、そのせいか長田さんは警戒心なく俺の家に来るし泊るのも平気そうで……俺は正直、いつまで自分の理性を保てるか自信がなかった。

 でも部屋で、お互い課題や仕事をしたり一緒に映画を見たり、そんな風に過ごすだけなのに長田さんが嬉しそうにするから、余計に吹っ飛びそうになる理性を繋ぎとめることに必死になった。



 そんな時、珍しく長田さんの方から食事に誘うから、嬉々として仕事を終わらせて待ち合わせの場所に行ったんだが――


「どうして父さんがここに……」


 案内された席には父さんが座っていて、俺は眉間に皺を寄せる。

 父さんとは月に一、二回一緒に食事をするし、最近では事務所でも顔を合わせて、以前よりも会うこと多くなったが――今日、父さんも一緒だとは聞いていなかった。


「やあ、翔真。葵生ちゃんに誘われてね」

「長田さんに……」


 どうして……そう疑問に思って呆然と席の前に佇んでいると、お手洗いに行っていたのか、長田さんが席に戻ってきた。


「あっ、久我さん、こんばんは」


 言って頭を下げながら長田さんが迷わず父の隣の席に座るから、胸がざわつく。だけど、父がいる手前、なんとなくいつものように笑顔で誤魔化すことも出来なくて、渋々、二人の向かい側の席に座った。



 長田さんと父は一緒に一つにメニューを広げて、これが美味しそうとか、これ頼もうとか楽しそうに話している。その様子を俺はメニューを見る振りをして横目で見つめる。


「久我さん、今日は車ですか?」


 メニュー表を机に立てて顔を少し隠して言う長田さんに、俺は視線を向ける。


「いや、違うけど……?」

「そうですか~、よかった。あの、社長から久我さんはお酒が好きって聞いてて、でも今まで私と一緒の時はお酒飲んでいるとこ見たことがなくて、遠慮させてしまっているのかと思って……それで今日は居酒屋さんを選んでみました。私と社長はお酒のお供は出来ないんですけど、久我さんは遠慮せずに飲んで下さいね」


 にこりと、メニュー表に隠れて頬を染めて笑う長田さんが可愛くて、その気遣いも嬉しくて、俺は頷く。


「わかったよ、ありがとう」


 今いるのは大手チェーン店の居酒屋。店に入る時、長田さんがどうして居酒屋を選んだのか疑問に思っていたが、そうゆうことだったのか。

 しかし……父さん、余計なことを……

 確かに、俺は酒は好きだし、人よりも飲む方だと思う。だけど俺が今まで長田さんの前で飲まなかったのは、理由があるんだよ……

 でも長田さんが気を使ってくれたのに飲まない訳にもいかず、俺は適当にアルコールを頼んだ。



 料理が運ばれてくると、長田さんは取り分けたり食器をまとめたりと手際よくて、そんな姿に呆然としてしまう。

 なぜって?

 俺と二人の時はそんなことしないから……

 それに心なしか、いつもより長田さんは笑顔だし、よく喋るような……


「葵生ちゃん、この明太子入り卵焼きは美味しいね」

「はい、社長。あっ、こっちのギョウザ鍋もおいしいですよっ。あっ、隠し味はポン酢ですかね……? 食べて見て下さい!」


 二人はにこにこと美味しそうに料理を食べながら、会話が弾んでいく。

 あまりに二人が仲さそうにしているから、実の父ながら……妬けてくる。

 長田さんがギョウザ鍋を入れた器を父の方に置いた時、熱かったからか一瞬眉をひそめ、素早く手を離したから器がカタカタと揺れて、汁がこぼれそうになる。


「長田さん、ゆっくり置かないとこぼしますよ」


 俺は苛立つ気持ちを隠して、呆れ気味に言う。


「あっ……はい……」


 その瞬間、長田さんがしゅんと悲しそうな顔になる。

 なっ、なんでそんな顔するんだ……


「葵生ちゃん、火傷はしなかったかい?」

「あっ、はい。大丈夫です」


 父が長田さんの手を掴んで、長田さんは頬を染めてはにかむ。


「翔真、もう少し優しくしてあげなさい」


 父が威厳のある声で俺をたしなめる。

 確かに、俺の言い方がきつかったのは事実で、俺が悪かったのも分かっている、だけど……

 俺はなんだか素直になれなくて、横を向く。


「翔真、女の子には優しくしなさいと、いつも言っているだろう?」


 いつもだったら素直に聞ける父の言葉も、今日はなんだか癇に障って……


「していますよ。俺は俺なりに、ちゃんと」

「そうか?」

「あの、社長、私、大丈夫ですから。久我さんはいつもこんな感じですし……」


 そう言って、俺を上目づかいでちらりと長田さんが見る。


「だいたい、付き合っているのに“長田さん”“久我さん”ってお互い名字で呼ぶのはどうなんだ? 翔真、ちゃんと名前で呼んであげなさい」

「父さんこそ、図々しいんじゃないですか? 初対面の時から、娘くらいの歳の女の子を名前で呼ぶなんて」


 初対面の時から呼んでいる――そう聞いたわけではないが、おそらくそうだと予想して俺は言う。


「いいじゃないか! 娘くらいの歳なんだから、初対面から名前で呼んだって」


 やっぱり……

 いい年して父さんは、“女性”相手にはすごく優しくて、そんなだから今でもすごくもてるっていうのは知っている。


「葵生ちゃんは嫌だったかい?」


 捨てられた子犬のように目じりを下げていう父に、長田さんが顔の前で思い切り手を振って否定する。


「えっ……ぜんぜんそんなことないですよ? むしろ嬉しいくらいで……」


 って。いちお“上司”相手に、長田さんが嫌だなんて言う訳ないだろ。


「ほら。だいたい、フランス(むこう)では、ファーストネームで呼び合うなんて普通だろ?」


 得意満面の顔で父が言う。


「ここは日本だろ? 日本人は奥ゆかしい、初対面から慣れ慣れしい態度をとってはいけないって教えたのは父さんだろ?」

「そんなこと、言ったかな?」


 今度は開き直る。俺は頭に来て、一気にまくしたてるように言う。


「C'est avoir l'intention de prétendre ne se pas souvenir seulement lorsque je dis donc. Est-ce que c'est adulte ........ prendre la responsabilité pour sa chose que j'ai dit? Je regarde le Père, je correctement, et dit.」


 つい、フランス語で……

 長田さんは目を丸くして俺を見ている。父は呆れたようにため息をつき。


「翔真、父さんと話す時は、日本語で(・・・・)。母さんと、そうゆう約束だろう?」


 そう――俺はフランスで生まれ育ったが母さんの希望で、父と俺の間の会話は日本語で、それ以外の人――母、母方の祖父母など――とはフランス語で会話するように育てられた。そのおかげで生まれて二十二年間フランスにいて日本には数回しか来たことがなくても、支障がない程度に日本語が話せる。

 だけど感情が高ぶるとついフランス語で話してしまうのは、フランス語が一番慣れ親しんだ言語だからで……


「父さん、ずるいじゃないか……。日本語で言い合って、俺が父さんに勝てるはずがないんだ……」


 ふてくされて言うと。


「くすくす」


 って、長田さんが笑っているから、俺は瞠目して言葉を失う。

 なっ……


「あっ、ごめんなさい。私の前ではいつも久我さんって大人っぽいのに、社長の前だと普通の子供みたいで……」


 長田さんに、子供って言われてしまった……


「あの、悪い意味じゃなくて、久我さんにもそんな一面があるって知って納得しました。それにしてもいいですね、社長みたいなお父さんがいて。久我さんが羨ましいな……」


 そう言った長田さんは、どこか切なげで……

 まだまだ長田さんのことを、俺は知らないことが多いと実感した。



「この機会に、名前で呼び合ったらどうだ?」


 いまだに、父はその話題を続行するつもりで、にこにこと人当たりのいい笑顔を浮かべている。

 我が父ながら、この穏やかな気性が羨ましいと思う。俺のこの感情的になりやすい性格は母譲りなのか――?


「葵生ちゃん、翔真って呼んでみたらどうだい?」

「えっ……」


 話を振られた長田さんが、顔を真っ赤にして俯き。


「しょっ……翔真、さん?」


 そんなことを言って、ちらりと上目づかいで俺を見るから――

 その表情が、仕草が、あまりに可愛すぎて胸がドキンとする。

 あ――

 高鳴る胸の音を誤魔化すように、にこりと極上の笑みを貼りつかせる。


「なんですか、葵生?」


 父さんが“葵生ちゃん”と呼ぶならば、俺は長田さんのことを“葵生”と呼ぶさ。

 平静を装って父に挑戦するように言った俺を、長田さんは目を白黒させて見、父はふふっと余裕たっぷりの笑顔を見せる。

 その笑顔にすべてを見透かされているようで、俺はまだまだ――というか一生、父には勝てそうになくて、ぐるぐると乱れる心を抑えることで精一杯だった。




翔真と社長の親子らしいやりとりを書きたくて、この話を書いてみました。

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