第23話 いつか訪れる日の二人
「美味しいね、葵生ちゃん」
向かいの席で本当に美味しそうに食べる社長は、机の上に手帳を広げて色々メモしている。
社長とはよくこうしてご飯を食べに行くんだけど、その時はいつも社長は手帳にお店の名前や食べたメニューや感想などをメモしている。きっと職業柄、どんな料理があるのかとか気になるんだろうな。
しかし、社長に報告しないといけないことがあるからこうして一緒にご飯を食べに来たわけだけど……なんて切り出したらいいのか分からなくて、なかなか言い出せない。
だって、本当のお父さんにも好きな人の話なんてしたことないのに……
二日前、私が久我さんに“好き”とまだ伝えていなかったことに気づいて、バイトの時間を融通してもらった時。
「ふふっ、そうか。じゃあ、今日の報告は今度聞けるかな?」
久我さんとそっくりな笑顔で社長が言って――
その報告をしなければと思って、近くに美味しいお店を見つけたという口実でご飯に誘ったのだ。
「社長、あの……この間のことなんですけど……」
もう、どうしていいか分からない時は直球で言うしかないよねっ!
「私、久我さんとお付き合いさせて頂くことになりましたっ」
一息に言い切り、ふぅーと息をはく。
目の前に座った社長は、目を丸くし、それからふわりと柔らかい笑みを浮かべる。
「そうか、おめでとう。翔真は優しくしてくれる?」
いつかも聞かれた問いかけに、私は照れた笑いを浮かべる。
優しい――そう言ったら嘘だけど、嫌味でインケンなだけじゃなくて、本当は優しいところもあるって今は知っているから。
「えへへ……」
私は笑って誤魔化す。
「二人、仲良くしなさい。翔真は不器用なところがあるからね、何かあったら私に相談してもいいんだよ、葵生ちゃん」
「はい」
社長の優しい言葉に、私は心が温まる。
もしもお父さんが生きていたら、お父さんもこんな風に言ってくれたかな――そんなことを考えて。
「それにしても、息子の交際宣言を葵生ちゃんから聞くとはね……ふふっ」
社長が苦笑するから、私は首を傾げて。
「社長と久我さんって一緒に住んでないんですよね……?」
確か、社長の奥さんは昔亡くなったっていうのは聞いたことがあるけど、それ以外はあんまり知らないんだよね。
「そうだね、もうかれこれ五年になるかな……」
「えっ、そんなに!?」
「ああ、別々に住んでいるのは、翔真が十八歳の時、私が日本に来てからだからね」
日本に来てからって……どこから???
「えっ、社長は日本人ですよね……?」
私がキョトンとして聞き返すから、社長も驚いた顔をしている。それから苦笑して。
「そうだけど。あれ、言ってなかったかな? 以前はフランスに住んでいたんだよ。妻――翔真の母はフランス人でね、翔真はフランスで生まれ育ったんだよ」
「えっ!?」
つまり、それって……フランス人とのハーフってこと……?
じゃあ、あの蜂蜜色の髪は染めてるんじゃなくて地毛ってっことで……
「翔真から聞いていない? 翔真は日本には何度か来たことはあるけど、こんなに長期間留まるのは初めてだからね。私はなかなか一緒に過ごす時間を持てなくて、翔真には寂しい思いをさせているかもしれないから、葵生ちゃんが力になってくれると嬉しいよ」
フランス生まれ、フランス育ち……
「……のくせに、あんなに日本語が上手なんて、詐欺ですっ!」
思わず心の声が漏れてしまって、力強く言うと、社長がくっくっ……て笑いだして。
わぁー、そんな笑い方まで久我さんと似ている。
そう思いながら、ついむきになってしまったことが恥ずかしくて、興奮していた気持ちがしゅーっと急激に覚める。
「くっ、くっ、くっ、翔真が葵生ちゃんに構いたくなる気持ちがわかるね」
社長ったら癒し系のふわふわした笑顔でそんなこと言うから、なんだか照れてしまう。
「んー、これで翔真が葵生ちゃんと結婚してくれたら、葵生ちゃんが本当の娘になってくれて嬉しいなぁ」
わっ、それって、なんて素敵なアイディアなんだろう!
社長が本当のお父さんになるなんて、すごい嬉しい!
「いいですね、それ」
久我さんとはやっと気持ちを伝えて付き合いだしたばかりで結婚なんてまだまだ現実味がなくて、“久我さんと結婚”ということにドキワクするよりも、“社長と親子になる”ということの方が魅力的で、私はにこりと笑い返した。
「彼氏のお父さんに交際報告」ってカンジで(^^)
葵生と社長の2人のシーンです。




