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HONEY*POISON ―甘い蜜には毒がある―  作者: 滝沢美月
side:SYOMA
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第20話  君が華なら、僕は蜜という名の毒



 俺が社長代理を辞めてから三週間が経った日、新作メニューの試食に社長と一緒に長田さんがやってきた。

 その時も、キッチンにいる俺達スタッフに会釈をした長田さん。目が合ったのに、全く気付いていない様子だった。

 だから、料理をすべて食べ終わりキッチンにいるシェフと社長が意見交換をしているのを確認して、俺はホールへと出た。



 店内、キッチンに近いソファー席に長田さんが時間をもてあましたように座っているのを見つけて、声をかける。


「お飲み物のお代わりはいかがですか?」


 何と声をかけるか迷って――無難に、そう言った。

 俺だと気づいていないと分かっていても、普通に話しかけて、誰ですかとか言われたら傷つきそうだったから――

 顔を上げた長田さんは、じーっと俺の顔を見た後、ふわりと微笑む。


「大丈夫ですよ、もうお腹一杯なので。あの、はじめまして。私、以前に何度かお皿洗いに来たことがある長田と言います」


 そう言われて――予想通りの反応だったけど、こう何度も“はじめまして”と言われると、ほんと傷つく。俺って、そんなに長田さんにとって印象が薄いのだろうか――?

 俺は痛む胸にぎゅっと眉根を寄せ、それから仕方なく言う。


「はじめまして……」


 じゃないけど……

 心の中で呟いた時、長田さんの瞳が揺れて。


「こ……が、さん……?」


 桃色の艶やかな唇から摘むがれた言葉に嬉しくて、切なくて――苦笑する。


「やっと気づいたんだね」


 言いながらコック帽を脱いで、脇に抱える。


「レストランに来た時もまったく僕に気づかないで、約一ヵ月一緒に働いた仲なのに、君は本当に薄情だな」


 本当はそんなことを言いたいわけじゃないのに、つい嫌味な言い方になってしまう。


「まったく、君は……」


 そう言った時――

 はらりと、長田さんの頬を綺麗な雫が伝ったのを見て、俺は声を失った。

 その時、社長とシェフがホールに現れる。社長は長田さんが泣いているのを見て片眉を上げ、俺を見る。


「翔真――お前が泣かしたのか?」


 その口調は静かだったけれど責められているようで、眉間に皺を刻む。でも反論できなくて。

 すると長田さんが俺を庇うような発言をする。



「久我君も今日は上がってくれて構わないよ」

「翔真、遅いから葵生ちゃんを送ってあげなさい」

「わかりました、お先に失礼します。長田さん、支度してくるから少し待ってて」


 社長とシェフに頭を下げ、俺は着替えるためにロッカールームに向かった。



  ※



 やっと勇気を持って話しかけたのに泣かせてしまって、そのまま別れるのは嫌だったから、社長に言われなくても送っていくつもりだった。

 手早く着替えてホールで待つ長田さんの元に行く。


「長田さん、お待たせしました。車まで少し歩くけどいい?」


 街灯の明かりだけの薄暗い夜道を、俺は長田さんの斜め前をゆっくりと歩く。

 店を出てから長田さんは一言も話さなくて、俺も、なんて切り出そうかと迷ってなかなか言葉にできなくて。

 後ろで長田さんのため息が聞こえて振り返ると、視線があってしまった。

 俺は勇気を振り絞って、話しかける。


「長田さん、さっきどうして泣いていたの?」


 こんなこと聞いていいのかと戸惑いながら言うと、聞き返されてしまったから言葉を変える。


「レストランで会った時、本当に僕のこと気づいてなかったの?」

「はい、すみません。本当に全然気づかなくて」


 言いながら長田さんは俯く。


「ひどいな、長田さんは。そういえば、社長が復帰するって聞いた時、すごい嬉しそうにしてたよね。社長が戻ってきたら、僕のことなんか忘れちゃった?」


 長田さんの言葉で直接聞くと、より一層鋭い切れ味で、俺は傷つきながらも平静を保つために、皮肉気味に言う。

 こんなこと言って傷つくのは、俺自身なのに――


「そんなに僕のことが嫌い?」


 そう言ったことに自分で驚く。だけど、長田さんはもっと驚いたように戸惑った顔をしていて。


「えっ……」


 答えてくれないから、俺はわざとらしくふんって鼻で笑って斜めに見おろす。


「そういえば、僕のことインケンとか言っていたね?」

「言いましたね、そんなこと。でも本当のことじゃないですか、今だってネチネチネチネチ、私のこといびって……」


 腕を組んでそっぽを向いて言う長田さんの言葉に、思わず笑ってしまった。


「くっ……くっくっ……」


 俺って、好きな子にはこんな意地悪だったんだな。こんな自分の性格、初めて知った。

 冷静に長田さんと話している自分を観察して、自分の新たな一面を知ってしまった。

 好きな子に意地悪するって、小学生のガキじゃあるまいし……俺って、幼稚だな。

 そんなことを考えて、笑いが込み上げてくる。笑いすぎてお腹は痛いし、目には涙も浮かんでいる。そんな俺を、長田さんはキョトンと見上げてくる。


「あははっ……ごめん。笑ってないよ?」


 そう言うと、長田さんはあからさまに唇をとがらせて言う。


「めちゃくちゃ、笑ってるじゃないですか。ほんと、久我さんって謎ですね」

「謎?」


 長田さんにとって、俺って謎なんだ……?

 俺は長田さんの方が謎だけど……


「そうですよ、突然機嫌が悪くなったり、そうかと思えば良くなったりするし、突然笑いだすし」

「くすくす」


 そうなのか、俺。そんな態度を長田さんには取っているんだな。


「ごめん、長田さんのことを笑ったわけじゃないよ。長田さんの言う通りだと思って。俺ってなんて、性格悪いんだろうと思ってね」


 笑いながらも、自分でそう言ったことで、新しい自分の一面を受け入れられた気がする。

 俺のことをじーっと見つめる長田さんに一歩近づいて、顔を覗きこむ。母親譲りの蜂蜜色の髪が揺れる。


「こんな俺のこと……嫌い?」


 首を傾げて長田さんに聞いたんだけど、長田さんは驚いたように目を見開いたまま、どこか遠くを見つめて、しばらくして俺から視線をそらした。



「――長田さん?」


 黙り込んだ長田さんの顔を再び覗きこみ、声をかける。

 瞬き、俺を見つめた長田さんは、震える小さな声で言う。


「嫌いなのは……私のこと嫌いなのは、久我さんの方じゃないですか?」

「長田さん……?」

「いつも言うことは厳しいし、笑ったところは見たことないし、笑ったかと思うとそういう時は怒ってるし……」


 言いながら瞳が潤み、ぽろぽろと頬を涙が伝う。それでも、長田さんは俺をまっすぐに見つめる。


「でも、時々すごく、優しく、され……る、から……私、は、久、我さんの、こと、きっ……嫌い、じゃ、ない……です」


 その瞬間。

 俺は長田さんを抱きしめていた。硝子でできた宝物のように大事に大事に、優しく包みこむように――


「ごめん……優しく出来なくて……ごめん。自分でもこんな感情は初めてで戸惑っているんです。自分がこんな風になるなんて……」


 言いながら夜空を仰ぎ、長田さんを抱きしめていた腕を緩める。

 視線を下げると、すぐ側で長田さんが俺を見上げていて、こんな情けない自分を見られていると思うと恥ずかしい。心なしか、顔も赤いような気がする。

 それでも、俺は一番伝えたかった言葉を、ふわりと笑って言った。


「好きです、あなたにだけなんです。こんな自分で自分の感情をコントロールできなくなったり、感情と態度がちぐはぐになってしまうのは。初めて会った瞬間から、長田さん、あなたに惹かれていました」


 それなのに――


「それって……私を好きってことですか?」


 キョトンとした顔ですぐに聞き返され、苛立つ。

 俺、今、確かに好きだって言ったのに。聞いていなかったのか……?

 口角を上げ、にこりと微笑む。それは苛立つ気持ちを隠す極上の笑顔。


「そう、言いましたよ、最初に」


 長田さんはびくりと肩を震わせて、一歩後ずさる。それでも、それ以上は逃げずに、きっと瞳を鋭くし反論してくる。


「うっ、嘘ですね。だって、そんな風には見えないじゃないですか。もう、私のことからかうのはやめてください。そーゆうことは他の人にしてください」


 怒りを露わにふいっと横を向く長田さん。だけど、そんな怒った顔も可愛くて。

 そんなことを冷静に考えていた俺は。


「久我さんのそーゆう態度は毒です! 公害です! 毒にやられるこっちの身にもなっ――」


 そう言った長田さんの腕を掴んで引き寄せて、文句を紡ぐその口にキスをした。

 たった数秒の出来事だったが、ゆっくりと唇を離した俺は長田さんを見つめ――にんまりと笑う。


「好きですよ、長田さん」


 公害で結構。

 毒で結構。

 俺流の愛情たっぷりの笑顔で、長田さんだけに向ける愛の言葉を、囁く――




これにて、翔真視点のお話は完結です!

ここまで読んでくださってありがとうございます。


次話からは続編というかんじで……side2を更新します。

6話ほどの予定ですので、よかったら読んでみてください。


誤字などありましたら、お知らせください<m(__)m>

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