閑話 蜂蜜王子
「ふーん、じゃあ、台風で家に帰れなくなったから社長代理の家に泊らせてもらったんだ?」
学食で昼食を食べながら、葵生から昨夜の出来事を聞く。
なんでも昨日の台風で家に帰れなくなり、今日提出の課題をやるために事務所に泊らせてほしいと言ったら、女の子を一人で事務所に泊らせる訳にはいかないからうちにおいでって言われて、社長代理の家で課題して夜食食べて、泊って――送ってもらったという。
私は顎に手を当て。
「それにしても……葵生から聞いてたイメージとぜんぜん違った。優しそうな雰囲気で見た目も申し分なくイケメンだし、何といってもあのサラサラの蜂蜜色の髪! 白馬に乗った王子様みたいに完璧じゃない」
「そうかな?」
首を傾げてご飯を頬張る葵生。
以前聞いた葵生の話では、社長代理は普段は澄ました顔でインケンでネチネチと小言を言ってくる――と言ってた。だからもっと、お堅いカンジをイメージしてたのに、全然違うじゃないか。
ふわりと笑った社長代理は春の日差しのようだった。それに、別れ際の社長代理の葵生を見つめる瞳は――
そう考えて、私は一つの可能性に辿り着く。
「ははーん、そういうことね」
にやりと笑った私に、葵生が小首をかしげる。
「えっ、何がそういうことなの?」
「社長代理ってさ、葵生のこと好きなんだね」
頬杖をついて言った私の言葉に、葵生が目を見開き、持っていたお箸を落とした。
「まっ……さか、そんなこと絶対ないからっ!」
立ち上がって机越しに顔を近づけてすごい剣幕で言い募る葵生。
興奮する葵生を見て、これは何かあるな、つついたら何か出てきそう――とか考えながら、冷静に聞き返す。
「なんで、そう言い切れるの?」
「なんでって……」
ぐっと言葉に詰まり、席についた葵生の顔は僅かに紅潮してる。
「だって、ほんとうに久我さんは……優しくなんてないもの。インケンでネチネチで、人のことからかって遊んだりする、最低な人なんだから!」
ぼそぼそと言いながら、葵生は再びご飯を食べるために箸を拾った。
ふーん、葵生は本当に気づいていないんだ。社長代理がどんな顔して自分のこと見つめてるか――
普通、何とも思ってない子を学校まで送ったりしないでしょ。それが性格インケンならなおさら、自分に向けられた優しさだって――気づかないものかな?
葵生の鈍さに、ため息をつく。
「まっ、気付いてないならいいけど」
あの社長代理なら、きっとそう遠くない時期に、革命的な行動を起こすんじゃないか――そんな気がして、他人事ながら葵生の未来を思って、苦笑を漏らした。
第8話直後のミチル視点でした。




