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第八話

ねえ、蓮。帰りたくないよ。不安があるの、たぶん最初のころからあったんだ。それが最近すごく大きく膨らんでいく気がするの。だんだんね、帰るとき苦しくなるの。心が千切れるみたいに、ギュって苦しいの。でね、怖いんだ。だって、帰ってしまったら、もうここに来られないかもしれないんだよ?蓮に逢えないのがすごく怖い・・。それからね、何かが無くなっちゃうような気がするの。そのうち、心が痛いのを拒否して、ダメになっちゃう気がする。だから、帰りたくない。ずっと、ここにいたいって思う。

でもね、帰らなくちゃいけないの・・・。健太が待ってるから。すごく心配してくれたから、もう心配かけないように。


ここにいたいのに帰りたいなんて、我儘なのかなぁ?





最近、唯那の様子が変わったと思っていた。それは、唯那の心がこちらに染まり過ぎてきていることだからだと蓮は知っている。唯那が蓮に心を寄せている。これはそういうことだ。それは蓮にとってうれしいことであるはずだった。想われているのだから・・・。

しかし、今日の帰り際、唯那が漏らした不安と心の苦しさ。『蓮に逢えないことが怖い』それは初めて唯那が口にした、唯那の蓮への想いの強さ。だが、その告白は、唯那が抱える苦しさの大きさも同時に伝え、蓮の心も重くした。

だけど・・・、

どんなに唯那の心が引き裂け、そのことで唯那が苦しむことを知っていても、蓮は言えないのだ。

唯那は、自分が我儘なのではないかと言っていたが、本当に我儘なのは自分だ。唯那が蓮の我儘に振り回されているのだ。

だけど、己が我儘だと分かっていても。

『もう来てはいけない。来るな。』とは、どうしても蓮には言えない。

同じように、唯那をこちらに留まらせることも。

唯那を想う少年と約束したから。


ここはもうすぐ無くなる。

唯那をその日までこの地に留め置くことは簡単だ。

そうすれば、少なくとも唯那の心の痛みは取り除けるに違いない。痛みの原因は、ふたつの世界に心が残っていることだから。

だが、そうしてしまったら、唯那の心はこちらに染まり、終焉の日にあちらへ戻ることは出来なくなる。そして、心も壊れてしまうだろう。

さらに、体はただの人でしかない唯那は、崩壊には耐えられない。それは、すなわち、唯那の消滅を意味する。

それだけは避けたかった。たとえ、蓮の手が届かない場所だとしても・・・、

唯那に生きていて欲しい。笑って、幸せに。

そんな言葉に出来ない蓮の想いをあの少年は、健太は理解してくれた。

あと少し。

唯那の心の限界が先か。この地の終焉が先か。

いずれにしろ、残された時間はあと少し。

それは、どれだけの時間だろうか?いや、どれだけであっても、きっと短いのだ。

どうにもならない想いを胸に、蓮は静かに目を瞑った・・・。





***





その日、いつものように蓮に会いに行くために細道を訪れた唯那は、その場所に立て札があることに気付いた。

(あれ?こないだ来た時にはなかったのに。)

漠然とした不安が、唯那の胸に広がった。そこに書かれている文字を目で追う。

「う・そ・・っ!」

読み終え、頭が内容を理解していくと同時に唯那の顔から血の気が引いていった。


青ざめた顔の唯那が、何かとても焦った様子で、健太のもとへとんできた。その時健太は部活中であったが、蓮のもとへ行ったと思っていた唯那が、血相を変えて健太を呼んだので、先輩達に断りを入れてから唯那のもとへ駆け寄った。

「どうかしたのか?」という健太の問いにも、「とにかく一緒に来て!」と言うだけで、はっきりしなかった。ただ唯那がとても焦っていることは健太にもわかった。健太は先輩に早退する旨を告げ、唯那の様子に何かを感じていた先輩達も健太に早く行くよう促した。


唯那に連れて行かれた先はあの細道だった。

「これっ!見て!」

唯那が示したものを見て、健太は愕然とした。




道路および区画整理に伴う工事について

着工日 XXXX年○○月△△日


社および周家の取り壊し、道路整備を行います。

危険ですので、工事の間は近づかないようお願いします。




「これは・・・。」

健太は呆然とつぶやく。

「ねえ、これって、蓮の居場所が無くなっちゃうってことだよね・・?」

不安げに唯那が言う。その言葉に健太ははっとした。

「ああ、・・たぶんそういうことになると思う。」

痛ましげな表情を浮かべ、健太は唯那の言を肯定する。


「蓮は、知ってるのかな?!」

おそらく蓮は知っていた。でなければ、あんな意味深なことは言わなかっただろう・・・。『あと少しだけ』などと。知っていたからこそ、あんなに必死で、だからこそ『あと少し』だったのだ。限られた時間を唯那と過ごすために。

「きっと知っていたよ・・。」

健太はそう言って唯那に寂しげに微笑む。

その表情を見て、唯那は理解した。

蓮は知っていた。そして、健太も知っていた。健太がいつ知ったのかといえば、それはあの日の二人の会話。唯那には決して教えてくれなかった、あのときの話だ。

「もう、・・駄目・・なんだよね?どうにもならないんだよね・・?」

唯那たちはもう高校生だ。何も分からない子供ではない。

一度こうして掲示してしまった行政の判断を、それも期限が1週間後に迫っている工事を止めることなど出来ない。それも、たかが高校生の言い分だ。そんなものが通るわけがない。

「とにかくっ、唯那、早く行ってこい!一人で平気か?」

「う、ん・・・!」

今にも泣き出しそうな唯那に健太は今、なすべきことを示す。

蓮のもとへ駆け出す唯那の背中を見ながら、健太は後悔の念を抱く。

あの日の帰り、「あと少し」という言葉が気になったのではなかったか。それにより、唯那が傷付かなければいいがと。なぜ、もっと深く考えようとしなかったのだろう。

守ろうと思ったのに、唯那の心を。


ただ、こんな形で事実を知ることになった唯那の心の痛みを思うことしか、健太には出来なかった・・。



工事の開始は一週間後。あと、一週間だ・・・。


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