第五話
「もう行くな。」
初めて聞く、健太の冷たい声に、唯那の体はビクッとなった。
健太の言葉が心に突き刺さり、唯那は自分がとても悪いことをしているような気分になる。
「行くな。」
再びの声に、健太の顔を見上げると、それはとても心配そうで。
健太はただ、繰り返す。「行くな。」と。
それはとても強い静止力を持っていて・・・。
だけど・・。
唯那は想う。
(蓮に会いたい)
くしゃりと唯那の顔がゆがむ。
健太が心配してくれるのを、うれしいと思う。
だけど、私は・・・。
唯那は健太を見上げ、懇願する。
「蓮に会いたい」と。
唯那の意思を曲げることが出来ない。
それならば。
「俺も連れて行ってくれ。」
健太は言った。
***
その細道は静かだった。大通りに面しているというのに、とても空気が澄んでいた。
ああ、そうだ。この場所だ。
健太は、一歩足を踏み出す。
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちょいと通してくだしゃんせ
御用のないもの通しゃせぬ
唄が響く。
ああ、唯那が言ったとおりだ。
「唯那です。・・・あの今日は・・。」
唯那が何も無い空間に向かって呼びかける。
分かっております。さあ。
「!!」
直接、耳に響く声が唯那に応えた。
そして、一筋、風が吹き抜ける。
・・・・世界が変わった。
健太の目に飛び込んだのは、燃えるような赤だった。
温かい
健太の想像とは異なり、あったのは、・・・とても温かい世界だった。
「初めまして。」
そこにたたずむ一人の男が健太に言った。
この人が・・蓮。
驚くほどの澄んだ気に、健太は気圧される。
天神か・・・。
「蓮っ、久しぶり!会いたかった。」
隣から弾んだ声が上がった。声の主を振り返る健太の目に映ったのは・・・、
唯那のはにかんだような、だけど満面の笑顔。
ズキンと健太の心は軋んだ。
(そうだ、こいつ千由紀に捕まって、しばらくここに来てないんだ。)
千由紀やクラスの友達、健太といるときとは違う。
健太の見たことの無い唯那がそこにいた。
それだけ会いたかったってことだよな・・。
唯那の連に対する思い入れがどれだけ強いか思い知らされる。
自分の無力を思い知れされた気がして、健太はうつむいた。
唯那がしばらく来なかった。
久しぶりの気配に心が躍る。
しかし、そこにもう一つ気配があることに蓮は気付いた。
もしや・・・。
蓮はもう一人の客人を招きいれた。
ああ、やはり。
その者は健太と名乗り、そして、蓮が初めて迎え入れた、性を男とする者だった。
一目見た瞬間に、唯那がまとう想いの主だと悟った。
そして、想いの糸をたどるように唯那の心を覗き見たのだ。
「!!」
ああ、なんということだろう。いずれにしろ、時間はそれほど多くはないのだ・・・。
「少し、お話をしましょうか・・?」
蓮は健太に声をかけた。
蓮と健太、ふたりで何を話しているのだろうか?
蓮がいないため、マコとコマが唯那の相手をしてくれている。
ふたりと話をしながら唯那は思う。
健太、彼は自分がここに来ることを良くは思っていない。
(あまり、蓮にきついこと言ってないといいんだけど・・・)
いつもは意識しないが、蓮は神なのだ。
もし、健太が蓮の怒りを買ってしまったりしたら、どうなるのだろう。
唯那は健太のことも大事だ。
高校で初めて出来た友達。
唯那がここに連れてきたせいで、彼を失うことになったら・・・。
(何事もありませんように)
唯那は静かに祈った。
唯那に話を聞かれたくないという思いから、蓮は彼女のいる部屋から随分と離れた場所まで、健太を案内した。そうして、改めて切り出す。
「初めまして、私はこの地に住まう天神・蓮と申します。あなたと少し話をしたいと思いまして、この地に招きました。先に申し上げますと、この地に参られた男性は、健太殿が初めてです。」
しかし、疑問が残る。蓮が道を開いたとしても、健太側にそれを通る力がなければ来られないはずである。
「ときに健太殿。ここに来る際に唄は聞こえましたか?」
蓮の唄は道標。ここに来るための道標。
道標を聞くための条件は、『知っている』こと。
あの唄のことかと思い、健太は「はい。」と答えた。
「そうですか、あなたは私を『知っている』のですね・・・?」