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第四話

唯那に抱いた消え入りそうな雰囲気は、日を重ねるごとに強くなっていた。

そんな健太の心配をよそに、今日も唯那は千由紀らと共に明るく過ごしている。

本人は気付いてないのだろう。自分の持つ不安定さに。

目を離した隙に、健太たちではたどり着けない、違う世界へ行ってしまいそうな危うさを持つことに。


『違う世界』

健太の思考の片隅に、その言葉はひどく印象に残った。

同時に思い出すのは、健太の祖母がよく話してくれた昔話。この町に伝わる話だ。




「この町は天神様が守ってくれているんだよ。」


「天神様は、ほら、お前も何度か通ったろう?あそこの細い道の先に、石造りの鳥居と社があってね。そこにいらっしゃるのだよ。」


「昔は、そうだねぇ、まだおばあちゃんの母さんも生まれてないくらい前かね。天神様に贈り物をしていたそうだよ。天神様が一人で寂しくないようにね。若い女子、14~18くらいの間かね。ん?何でその歳の子なのかって?天神様は神様だからね。歳はとらないからお若いお姿なのだよ。だから、ちょうどつり合うような子を選んでいたんだろうね。天神様の元へ行けるのは名誉なことだったというよ。おばあちゃんはもちろんその儀式を見たことはないけどねぇ。おばあちゃんの母さんから聞いた話だよ。」




祖母の優しい声で、記憶が呼び起こされる。何度も何度も繰り返し、話してとせがんだ。

その場所はどこだったろうか。なにせ、小さい頃に聞いた話だ。健太の記憶は曖昧だった。

ちょうど今の俺たちくらいの子だったんだなとぼんやり考える健太の耳に、唯那たちの会話が引っかかった。



「んも~!唯那ったらまたなの?」

「だって、寄るところがあるんだもん!」

「そう!それよ!いつもいつも私の誘いを断って、どこに行ってるの?」

「え・・っと。」

言葉をにごす唯那に、千由紀は返事を貰うまで放さないようだ。

「答えられるわよね~?」

千由紀の追及は恐ろしかったらしい。

「は、はいっ!」

唯那は勢い込んで返事をした。


「え、えっと~、千由紀ちゃんは天神通りの脇にある細い道知ってる?」

「細い道?そんなのあったっけ?」

「ふたりくらいが通れるくらいの細い道なんだけどね、先に行くと小さな社があるの。」

「ふ~ん。」

唯那の説明を聞いても千由紀にはピンと来ないようだった。本当に知らないのだろう。

まあ、あんなに細い道なんだからいくら地元とはいっても知らないのは当然か。

大して気にも留めず、唯那は説明を続ける。

「で、その社に行ってるの。」

「うん。で?」

「『で?』って?」

「だ~か~ら、何をしに行ってるかってことよ。」

「あ、うん。」

唯那は少し不安になった。本当のこと、蓮のいる神界のことを言ったら千由紀は信じてくれるだろうか?きっと信じてくれないだろう。私だってそんなこと友達から言われたって信じられないもの。

「えと、お、お参り?」

「はあ~?そんなもののために私との約束断ってたのっ!」

どうやらお参りだという唯那の言葉を信じてくれたらしい。深く突っ込まれないのはありがたい。しかし、千由紀の怒りを買ってしまったようだ。

「今日は、いや、一週間!付き合ってもらいますからね!!」

問答無用で、引っ張っていかれるようだ。

唯那は心の中で「ごめん。」と蓮に謝った。



天神通りの脇の細道?

そうだ。確か祖母は言っていたではないか。

『天神様の前を走る道だからこの道は天神通りと呼ぶんだよ』

さっきはお参りなんて言ってたけど、本当だろうか?

もしかしたら・・・。

なんて、あるわけ無いよな。

自分で否定してみるが、すっきりしない。直接本当のことを唯那に聞いてみよう。

だけど、千由紀に解放された唯那を問い詰めたとき、本当に唯那の身にそんなことが起こっていたなんて、違う世界があるなんて信じられなかった。





***





健太はそこにいた。

まさか、ほんとに、こんなことが、あるなんて。


唯那はそう簡単には本当のことを言わなかった。

そりゃ、そうだよなと健太は思う。

健太だって信じられないことなのだ。

だけど、嘘だと決め付けてしまうには、祖母の話は現実感を伴っていて。

健太は自分から言った。

「天神様のところだろ?」と。


その一言に、唯那は一瞬驚愕し、そして話した。


イライラする。

唯那の話を聞けば聞くほど、どれだけ唯那が蓮に魅せられているのかが分かって、向こうの世界に執着心を持ち始めていることに気づいて。

次に向こうへ行ったら、二度と帰ってこないんじゃないかって。

それは、嫌だ。

唯那が俺のそばからいなくなるのは嫌だ。

笑いかけるときのふわっとした笑顔とか、千由紀たちとはしゃぐ姿とか。

それがなくなるのは、嫌だ。唯那の笑顔が、笑い声が、なくなるのは嫌だ。


そうして、やっと、健太は気付いた。

なぜ、唯那の笑顔を追ってしまうのか。初めて会ったときに守りたいと思ってしまったのか。

そう答えは簡単。・・・・唯那が好きだ。



贈り物として捧げられた彼女たちは、あちらへ行ったきり、一人として帰ってくる者は無かったという。

初めて会ったときから感じている、消えそうな唯那の気配。

合点がいった。

唯那はすでにあちらの世界に取り込まれ始めているんだ。


嫉妬と不安。ふたつの気持ちが健太の心でせめぎ合い・・・。

「唯那、もう行くな。」

放った言葉は、思いがけずも冷たいものだった。


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