第一話
私のHP「Choroの遊び場」からの転載です。そちらですでにお読みの方は、区切りは変わっていますが、内容変わりませんので、ご了承ください。
――― 通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちょいと通してくだしゃんせ
御用のないもの通しゃせぬ ―――
――― 行きはよいよい
だってあなたに会えるから ―――
――― 帰りはこわい
だってあなたとさよならだから ―――
春休みに両親の転勤で天神町に越してきた忍谷唯那は、新しい町をよく知ろうと散歩がてら一人、探検していた。
唯那は今春から高校1年になる。
引越しのタイミングとしてはよかったなと唯那は思う。
小学校・中学校の友達と離れるのは悲しかったが、いずれにしても高校はみんなバラバラだ。
どうせ新しい友達を作らなければならないなら、ここでも一緒だった。
だから、引越しと聞いてもそんなに抵抗は無く、これからの高校生活を楽しみにしていた唯那だった。
天神町は、それほど大きくはない町だ。
今では失われつつあるという、ご近所づきあいというものがあるという。
そのおかげか町にはどこかのんびりとした空気が漂っていた。
とはいっても、人口はそれなりにいる。
大通りには多くの車が行きかっているし、裏路地といわれるような場所でも、ちらほらと人影があった。
まだ、それほど面識はないが、唯那をみかけると「こんにちは」「いい天気ね」などと声がかかった。
その挨拶に唯那の心は暖かくなる。
(今日の天気みたい)
春独特のふんわりした日差し、ぬけるような青い空。
だから、唯那は町の隅々まで歩き回った。
唯那がその小道を見つけたのは偶然か、それとも必然だったのか。
その道は人が2人通れるくらいの小さなもの。
道と呼べるものではない。
それでも、それは確かに【道】だった。
【細道】だった。
周囲には民家があるにも関わらず、その【道】には人の気配はおろか、野良猫の類の気配さえなかった。
そのことを少しだけ不思議に思ったが、唯那の好奇心のほうが強かった。
いや、惹かれたといったほうが、正しいかもしれない。
道の先にかすかに視える小さな鳥居。
(何かが祭られているのかも)
惹き寄せられるように唯那はその【細道】に足を踏み入れた。
しん――
なにも音が無い。かに思われた。
通りゃんせ 通りゃんせ
声が響いた。
澄んだ高い声、幼子の声。
声は続ける。
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちょいと通してくだしゃんせ
御用のないもの通しゃせぬ
ヒュウ と風が通り抜けた。
お前は?
今度は成人男性の声が誰何する様に尋ねた。
「忍谷唯那です。」
唯那は問われるままに答えた。
何をしに来た?
「あなたに、会うために。」
言葉が口から紡ぎだされた。
まるで、用意されていたかのように。
そうか。
再び、ヒュウ と風が吹いた。
・・・景色が、変わっていた。
きれい・・・。
ただ、そう思った。
真っ赤な鳥居、真っ赤な本殿。ぐるりと囲む水の鏡・・。
ひらひらと、満開の桜が散っている。
唯那はただ、その光景に見惚れた。
道の先に視えていたのは、ほんとに小さな鳥居だった。石造りの鳥居だった。
だが、今、目の前にあるのは、大きな鳥居。真っ赤な木造の鳥居。
本殿を囲む池に、周りの風景が映し出されて、まるでもう一つ神社が存在するかのようだった。
「いらっしゃい。」
惚けていた唯那の耳に静かな男の声がかかった。
声のしたほうに目を向けると、綺麗な人がたたずんでいた。二匹の犬を従えて。
透きとおるような白い肌に、銀に光る髪をなびかせてその人はそこにいた。
唯那は目を離すことが出来なかった。
この美しい場所に相応しい、厳かな雰囲気を持った人だった。
唯那から声を掛けることは許されない気がした。
「あなたが、唯那ですか?」
声を発することが出来ず、唯那はコクリと頷いた。
唯那の肯定を受け取ったその人は、うれしそうに微笑んだ。
「あなたを待っていました。」
「あ、あなたは?」
唯那は恐る恐る口を開いた。一番の疑問だ。
「わたしは天神。名は蓮と申します。こちらの白い毛の子がマコ、黒い毛がコマ。わたしの守犬です。」
二匹の犬が交互に口を開いて、蓮の言葉を肯定する。
「我はマコ。よろしくお願いします。」「私はコマ。よろしく。」
二匹が喋ったので、唯那は驚く。そして、「あっ」と声をあげた。
「唄・・・問い・・。」
「はい、唄は我が。」
マコが澄んだ高い声で答える。
「そして、私が問うた。」
低い声で、コマが言った。
唯那は本殿へ通された。
「うわぁ・・」
本殿の中はたった今出来上がったばかりのような輝きを放っていた。
知らずに感嘆の声が漏れた。
そんな唯那のようすに蓮は目を細めた。
あ、感心してる場合じゃなかった。はたと唯那は思い出す。
「あの、ここはどこなんですか?」
本当に一瞬で視界が変わってしまったのだ。
ただ、唯那が先ほどまでいた世界と違うことだけは確かだった。
明らかに空気が違う。この地の空気はどこまでも澄み切っていた。
「ここは、あなたが目指していた場所ですよ。石造りの小さな社。それが本来人々に見えている姿です。」
そして、それに重なる神界が、今、視えている世界です。
最初の言葉は唯那には理解できなかったが、ここが神界だということは分かった。
さっき、この蓮という人は天神と名乗っていた。つまり・・・
「ここは、あなたの住む世界・・・。」
「はい。私が統治する世界です。」
(つまり、私は今、神と話しているわけで・・・)
だけど、あまり異世界に来てしまったという実感は湧かない。
怖さや不安といったものも唯那は感じていなかった。
「えっと、じゃあ・・。」
唯那が、次の質問を発しようとしたところ、さえぎる声が掛かった。
「続きはお茶でも飲みながら。」
そう言いながら、マコが運んできたお茶は薄いさくら色の飲み物だった。
「桜の花びらを溶かしたものなのですよ。」
蓮が説明を加える。
その言葉を聞いて、唯那は異世界に来てしまったことを実感した。
それから、西の空が赤く染まるまで、唯那はのんびりとした時間をそこで過ごした。
「あ、そろそろ帰らないと。」
唯那はつぶやいた。
「え・・・?」
蓮はその言葉に意外だというような複雑な表情をした。
そして、「もう帰らなくていいのではないか?」と言う。
唯那もこの場所はとても居心地が良くて、出来ることならもっと居たいと感じていた。
しかし、
「だって、家に帰らないと心配するわ。」
蓮に唯那がもっとも一般的だと思われる説明をする。
すると、蓮はもっと複雑な表情をして何かを考える素振りを見せたが、ひとつ頷くと、
「では、また来てくださいね。」
と、美しい微笑を湛えて言った。
唯那は、なぜ蓮がそんなに意外に思うのか、不思議に感じたが、
「はい、また遊びに来たいです。」
と答えた。
「鳥居を抜ければ元の道に戻りますから。では。」
「はい。さようなら。」
唯那は言われたとおり、鳥居へと向かって歩く。
一歩踏み出すごとにはっきりとは分からないが、かすかな不安を感じた。
その気持ちに気づくのはもう少し先のこと・・・。