↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜転生〜俺の鑑定スキル、全部チャートで表示されるんだが、ポートフォリオ召喚術で異世界無双します〜  作者: スローインベスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/96

第85話 底だ

 白帳が、床を紙のように、めくり上げた。


 全員を、器の中へ落とそうとする。


 ……足元が、ない。


 立っていた場所が、めくれて、丸まって、こちらへ寄ってくる。


 あの廃坑の霧を思い出した。あの時も、足場を奪われた。


 だが、あれは崩された。これは、めくられている。


 崩れた床は、瓦礫になる。めくれた床は、まだ一枚のままだ。


 ……こいつは、壊していない。畳んでいる。


 ……器、と言ったな。


 あの人は、そう言っていたはずだ。大きな器を作ればいい、と。個人の善意では足りないから、全部を受け止められる、大きな器を。


 いま、その器が、口を開けている。


 受け止めるための入れ物と、飲み込むための入れ物は、外から見ると同じ形をしている。


 違うのは、入ったあとに出られるかどうかだけだ。


『……ここは、くずさぬ』


 ダイチが、踏ん張った。


 めくれ上がろうとする床の一角が、そこだけ、動かなくなる。


 勝つための足じゃない。


 全員が、立てる場所を、保つための足だった。


 ……こいつは、いちばん安い札だ。


 召喚に要るものが、ほとんどない。誰も欲しがらないから、安い。


 その安い一体が、いま、この場でいちばん高い仕事をしている。


 値段と、要るかどうかは、別の話だった。ずっと窓に出ていたことだ。安いのは、悪いという意味じゃない。


 ……まず足場だ。


 立つ場所がなければ、どんな火力も、どんな知恵も使えない。


 当たり前のことだ。


 当たり前すぎて、噛み合わせが灯っていた頃は、一度も考えなかった。◎の札を探して、それを出す。それで足りていた。


 いまは、教えてくれる一覧がない。


 だから、順番から考えるしかない。


 ……何が効くか、じゃない。何が先か、だ。


 白帳が、周囲のマナを、際限なく吸い上げていく。


 だが——コガネだけは、鈍く動かなかった。


 ……あの石だ。


 俺は、それを見た瞬間に、叫んでいた。


「コガネを、中心に寄れ!」


 攻めない。派手な還元もしない。だから、吸われにくい。


 総崩れの中で、コガネだけが——揺るがず、残っていた。


 ……こいつは、今日、一度も攻撃していない。


 一度も稼いでいない。


 ずっとそうだった。順風の日は、こいつを出すだけ損だった。何度も、置いていこうかと思った。


 置いていかなくて、よかった。


 吸われるのは、動くものと、差し出すものだ。


 こいつは、どちらもしない。だから、吸い上げの中で、そこだけが減らない。


 減らないものの周りに、立てる場所ができる。


 ……盾じゃない。杭だ。


 流されないための杭が一本あれば、そこを支点にして、残りが形を保てる。


 白帳の主は、波のように、吸収と、放出を、繰り返していた。


 焦って動けば、吸われる。


 動かなすぎれば——飲まれる。


 ……どっちもだめだ。


 俺は、これまでに三つ、答えを持っていた。


 あの淵では、動くなと言われた。手を出すほど悪くなる相手で、待てば終わった。


 あの群れは、待つなと言われた。放っておくほど増える相手で、早く断つのが正解だった。


 あの影は、待っても終わらなかった。糸で補給されていて、根を断つしかなかった。


 こいつは、どれでもない。


 待つか、動くかを決める相手じゃない。


 いつ動くか、を決める相手だ。


 *


 ナギの水面が、静かに広がる。


『……まだ、底ではない』


「いつまで待つんだよ!」


 ホムラが、苛立って叫ぶ。


『……いま動けば、沈む』


 ナギは、それきり黙った。


 ……ホムラを、責める気にはならなかった。


 こいつは、今日、二度出て、二度とも吸われている。


 自分の火が相手の栄養になる、というのは、たぶん、こいつにとって、いちばんこたえる負け方だ。


 前にも一度、そういう相手がいた。あの淵だ。あの時も、出すこと自体が相手を強くした。


 二度目だ。二度目のほうが、きつい。


 ……こいつが黙っている間、俺たちは、殴られ続ける。


 待つのは、何もしないことじゃない。


 殴られながら、手を出さないことだ。


 同じ「待つ」でも、あの淵の時とは、体にかかる重さが違う。


 あの時は、待っていれば楽になった。今度は、待っている間、ずっと悪くなり続ける。


 俺は、口を挟まなかった。


 挟めば、たぶんホムラが動く。


 ……こいつの水面のほうが、俺の目より、深いところを見ている。


 白帳の吸収が、最大になった、その一瞬。


 全員を、飲み込もうとした——その刹那。


『……底だ』


 ナギが告げた。


 ……底、という言葉を、俺は一度、窓から受け取ったことがある。


 動くな、底を待て。あの時は、そう書いてあった。


 今度は、窓に書いていない。


 書いていないどころか、測るな、と言われた。


 その場所で、底を見つけたのは、俺じゃない。


 水面のほうだった。


 ……読めなくなった時に、何が残るか。


 残ったのは、ずっとそこにいて、何も言わずに水面を広げていた一体だった。


(第86話へ続く)


====================

 【用語辞書】第85話に出てきた「投資」の話


 この回のテーマは、順番と、タイミングです。


 ● 足場が、いちばん先


 立つ場所がなければ、どんな武器も知恵も使えません。守りの役割は地味で、それ自体は何も生みませんが、他のすべての前提になります。生活費の備えや、無理のない資金配分が最初に来るのは、それが攻めを可能にする土台だからです。


 ● 危機でだけ意味を持つ資産


 平時に一度も稼がず、置いておくだけ損に見えるものがあります。それでも手放さずにおくのは、総崩れの局面で「減らない」ことに、他では代えられない価値があるからです。減らないものが一つあると、そこを支点にして、残りが形を保てます。これがヘッジと呼ばれるものの、いちばん実務的な姿です。


 ● 待つか動くかではなく、いつ動くか


 放っておけば良くなる相手、放っておくと悪くなる相手、待っても変わらない相手。答えはそれぞれ違います。そして、どれにも当てはまらない場面では、待つか動くかではなく、いつ動くかだけが問題になります。早すぎても遅すぎても、機を逃します。


 ● 待つことの、本当のコスト


 何もしないことと、殴られながら手を出さないことは、まったく別のものです。後者には、耐える力が要ります。待機の判断が難しいのは、正しさが分かっていても、待っている間ずっと目減りが続くからです。


 ※本作は投資の学びを物語仕立てで描くフィクションです。特定の団体・制度を批判する意図はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。