一行分の余白
その手紙は、これまでより少しだけ遅れて届いた。
文箱の蓋を開けた瞬間、勇者は気づいてしまう。
紙の端が、わずかに震えたような跡を残していることに。
(……何かあった?)
返事が来ない日があったわけじゃない。
文面も、きっといつも通りだ。
そう頭では分かっているのに、胸の奥に小さな棘が刺さる。
インクの色は同じ。文字の癖も、相変わらず少し強気で、少し不器用だ。
それなのに――
「近況報告」という一文の前で、勇者の指が止まった。
一方その頃、魔王は自分の城の一室で、空になった文箱を見下ろしていた。
送ってしまった。
書いてしまった。
たった一行の、余計な言葉を。
――境界を越える前に、これ以上踏み込んでいいのか。
その答えを、二人ともまだ知らない。
⚪︎⚪︎⚪︎
この前のお返事です。
私自信の顔はわかりませんが、
私は下を向いて書いてしまいます。
顔を上げると、書けなくなるから。
あなたは、どんな手でペンを握る人ですか。
――
ふと、自分の手を見る。
よく見慣れた自分の手、剣士特有の豆の潰れたあとの残る手。
⚪︎⚪︎⚪︎
私の手はとても綺麗とは言えません。
前から剣を握っていてボロボロです。
ですがまだ字は書ける、そんな手です。
――
そんなことを書く……
[追伸]
もしこの文箱が壊れて、あなたに会えなくなったら――
それは、少しだけ嫌だと思いました。
そんな一行が目に入る。
少しだけ胸がドキリとした。
⚪︎⚪︎⚪︎
僕も同じように感じています。
お互いの立場がどんなでも、この文通だけは信用して、続けたいです。
――
こう書き加え文箱にいれる。
これは逃げだ。
お互いの立場は明かさずに、ただ続けたいとだけ……
でも、手放すよりかはマシだと思った。
顔は分からないままでも、
この人の心と、ここで通じ合っていることだけは、
もう疑えなかった。
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