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境界の文箱  作者: 華燕雀
3/5

一行分の余白


 その手紙は、これまでより少しだけ遅れて届いた。


 文箱の蓋を開けた瞬間、勇者は気づいてしまう。

 紙の端が、わずかに震えたような跡を残していることに。


(……何かあった?)


 返事が来ない日があったわけじゃない。

 文面も、きっといつも通りだ。

 そう頭では分かっているのに、胸の奥に小さな棘が刺さる。


 インクの色は同じ。文字の癖も、相変わらず少し強気で、少し不器用だ。

 それなのに――


「近況報告」という一文の前で、勇者の指が止まった。


 一方その頃、魔王は自分の城の一室で、空になった文箱を見下ろしていた。


 送ってしまった。

 書いてしまった。

 たった一行の、余計な言葉を。


 ――境界を越える前に、これ以上踏み込んでいいのか。

 その答えを、二人ともまだ知らない。


⚪︎⚪︎⚪︎


この前のお返事です。

私自信の顔はわかりませんが、

私は下を向いて書いてしまいます。

顔を上げると、書けなくなるから。


あなたは、どんな手でペンを握る人ですか。

――


ふと、自分の手を見る。

よく見慣れた自分の手、剣士特有の豆の潰れたあとの残る手。


⚪︎⚪︎⚪︎


私の手はとても綺麗とは言えません。

前から剣を握っていてボロボロです。

ですがまだ字は書ける、そんな手です。

――


 そんなことを書く……



 [追伸]

もしこの文箱が壊れて、あなたに会えなくなったら――

それは、少しだけ嫌だと思いました。


そんな一行が目に入る。


少しだけ胸がドキリとした。


⚪︎⚪︎⚪︎


僕も同じように感じています。

お互いの立場がどんなでも、この文通だけは信用して、続けたいです。

――


こう書き加え文箱にいれる。


これは逃げだ。

お互いの立場は明かさずに、ただ続けたいとだけ……

でも、手放すよりかはマシだと思った。


顔は分からないままでも、

この人の心と、ここで通じ合っていることだけは、

もう疑えなかった。



 

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