名前のない文通
〇〇〇の間は基本手紙の内容です
世界は、まだ壊れていなかった。
だから今日も剣を握る理由があり、
だから今日もここに来る必要はなかった。
国境に近い丘の上。
崩れかけた石壁と、半分落ちた屋根。
かつて祈りの場だったらしいその建物は、今では風の通り道になっている。
誰もいない……
それだけが、この場所の取り柄だった。
奥に古い文箱が置いてある。
木製で角は丸く削れ、鍵はとうに壊れていた。
――前に来たときも、ここにあった。
理由は分からない。
捨てられたまま、誰にも触れられず、ただ残っている。
箱の前に立ち、少し迷ってから、腰を下ろした。
剣を壁に立てかけ、外套の内側から紙を取り出す。
書くつもりはなかった。
本当は、祈るつもりだった。
けれど、祈る言葉よりも先に、文字が浮かんでしまった。
⚪︎⚪︎⚪︎
この手紙が誰に届くのか、分かりません。
もし読まれたら、気まぐれだと思ってください。
最近、自分の役目がよく分からなくなることがあります。
逃げることはできません。
でも、進む先が正しいのかも、分かりません。
こんなことを書いても仕方がないですね。
返事はいりません。
⚪︎⚪︎⚪︎
折りたたんだ紙を、文箱に入れる。
蓋を閉めた瞬間、少しだけ胸が軽くなった。
馬鹿げている。
誰かが読むはずもない。
そう思いながら、教会を後にした。
♦︎♦︎♦︎
次にその場所を訪れたのは、三日後だった。
戦いの帰り。
血と土の匂いを落とすために、無意識に足が向いていた。
文箱の前に立ち、何の期待もせずに蓋を開ける。
――紙が入っていた。
自分の字ではない。
少し癖のある、整いすぎていない文字。
一瞬、罠を疑った。
それでも、手は止まらなかった。
⚪︎⚪︎⚪︎
返事はいらない、と書いてありましたが、
それでも書きます。
役目が分からなくなることは、悪いことではないと思います。
分からなくなったまま進む方が、
何も考えずに進むより、ずっと誠実です。
逃げられない立場について、
私は答えを持っていません。
ただ、あなたが立ち止まれる場所があるなら、
それだけで救われる人もいるはずです。
⚪︎⚪︎⚪︎
読み終えてから、しばらく動けなかった。
知らない誰かの言葉だ。
優しいとも、正しいとも限らない。
それでも、不思議と否定する気にはならなかった。
返事を書くかどうか、少し迷う。
迷ってから、紙を取り出した。
⚪︎⚪︎⚪︎
立ち止まれる場所、ですか。
もしそれがこの教会のような場所なら、
私は今日、少しだけ救われたのかもしれません。
あなたは、どうして返事を書こうと思ったのですか。
⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎
箱に入れ、蓋を閉める。
名前は書かない、
立場も、日付も。
それでいいと思った。
教会を出ると、空は曇っていた。
雨の匂いが、微かに混じっている。
次にこの箱を開けるとき、
それが誰からの手紙なのか、
知らないままでいたいと思った。
それでも、
返事があることを、期待している自分がいた。
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