夜の光を吸い込む、あの街灯へ
僕の街の夕焼けは、いつも少し、せっかちだ。
太陽はまだ空の真ん中あたりにいるはずなのに、光の色はすでにオレンジから濃い茜色へと急いで変わっていく。そのスピードに、僕は時々、世界から置いていかれているような寂しさを感じた。
「律、帰るぞ。ぼーっとしてると、また置いていくぞ」
友達の拓也の声が遠くから聞こえる。僕は慌てて教室の窓から顔を離し、リュックを背負った。
ここ、海に面した小さな町は、風景だけはどこを切り取っても絵葉書のように美しい。だからこそ、その風景が異常な速さで「夜」に塗り替えられていくことに、ずっと違和感を抱いていた。
(まるで、誰かが無理やり、昼の時間を切り詰めているみたいだ)
そんなことを考えながら、僕たちは通い慣れた坂道を下っていく。
町の中心部にある小さな交差点。普段は気にも留めない、錆びた古い街灯が、今日の僕の視線を捉えて離さなかった。
その街灯は、夕闇の中で異様な光を放っていた。それは電球の色ではなく、歪んだ透明な光だった。その光は、周囲の空気を吸い込んでいるように見えた。
「おい、律。どうした?」
拓也が足を止める。僕の心臓が早鐘を打っていた。
理性では、ただの古い街灯だと分かっている。
だけど、僕の身体は、「そこには、僕が探し求めていた、何か大切なものが隠されている」と叫んでいた。抑えられない衝動だ。
「悪い、拓也。ちょっと忘れ物。先行っててくれ」
僕は嘘をつき、拓也の返事も聞かずに、その街灯へ向かって走り出した。
近づくにつれて、光は強く、そして静かに僕を包み込む。耳鳴りがした。世界から音が消え、目の前の光だけが全てになる。
僕は震える手で、その冷たい街灯の柱に触れた。
その瞬間、世界は完全に静止した。
時間の流れが、僕の周りだけを迂回していく。
そして、黄昏の色が、永遠に固定された。
僕が目を覚ました時、そこに拓也の姿はなかった。見慣れたはずの町の風景は、時間が止まったままの、異様な静寂に包まれた廃墟になっていた。
スマホを取り出す。時刻表示は、僕が街灯に触れた直前の時間で止まっていた。
(ここは、どこだ……?)
僕は知らず知らずのうちに、自分の意志で、誰も知らない「夜が来ない世界」へ足を踏み入れてしまったのだ。
(第1話・了)
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
主人公・律は、ついに「永遠の黄昏」の世界へと足を踏み入れてしまいました。
律の故郷の夕焼けの美しさ、そしてその裏に隠された不自然な速さ。この謎が、彼を異空間へと導きました。
次回、律は廃墟の街をさまよい、ある少女と出会います。
この「夜が来ない世界」に、一体どんな秘密が隠されているのか?
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また次回、黄昏の世界でお会いしましょう。




