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第十一話 思いがけぬ発想


 俺は右手の甲に左手の爪を突き刺して、貧血状態になろうとする。


「さあ、いくぞ! お嬢様!!」

「なんて馬鹿な真似を……! 早く『回復スプレー』で治癒をしてくださいまし!」

「ああ! ただし、人工血液を頂いたらな!」

「……トキマさん。貴方って、ほんっとうに馬鹿ですわね。どうして貴方を大切にしている人の気持ちを考えないんですの!?」

「そんなの、俺がそうしたいからに決まってるだろ!」

「どうしてご自分のお身体を大切にしませんの!?」

「…………そ、それは……」


 お嬢様の言葉と迫力に、つい気圧されてしまう。

 言われてみれば、どうして俺は自分の身体を大切にしないんだろう……。

 きっと、その答えはどこかにあるのだろう。

 だが、今の俺には、その答えを探す時間はなかった。


「じ、自分の身体なんだから、俺の勝手だろ! お嬢様には関係ない!」

「どうしてそんな酷いことを仰りますの……」


 お嬢様は涙を流した。

 何をやってるんだ俺は……!

 俺は、生まれて初めて女の子を泣かしてしまい、自己嫌悪に陥る。


「わ、悪かったよ……。でも、俺は強くならなくちゃいけないんだ!」

「どうして強くなりたいのですか?」

「俺の目的のためだ」

「トキマさんの目的……? 一体何ですの?」

「FとPの合併だ。またいつ分かれるかわからない。だから俺は、強くなりたい! もし再び組織が分かれた時に、繋ぎ止める力を得るために!!」 


 口に出して、ようやく考えが纏まった気がする。

 俺は当初の目的を思い出した。「FUTURES」と「PASTS」の合併の事を。

 そして、それはもう既に達成しているということも……!

 だけど、またいつか二つは分かれてしまうだろう。

 じゃあ、俺はいつ安心できるのだろうか。

 俺はとてつもない壁にぶち当たってしまったような気がする。

 そこで、お嬢様が俺の悩みの種を解消してくれるような提案をしてくれた。


「なら、トキマさんご自身で、別の組織を作ってはいかがでしょう。もちろん、わたくしも協力いたしますわ!」

「……そうか! それだ! その手があったか!!」


 点と点が線になった気分だった。

 別の組織か……! うん、そうしよう! それが良い!


「貴方は一人っきりじゃないんですのよ。わたくしはずっと、トキマさんの味方です」


 お嬢様の言葉に心が揺さぶられる。

 それは、初めて俺を肯定してくれる味方ができたからからなのかもしれない。


「わかった。お嬢様の気持ちはよーくわかった! ありがとな!」

「ええ! 困ったときはお互い様ですわ! それでは、先ほどの部屋にお戻り下さい」

「……いや、それは出来ない」

「どうしてですの!? 言ってることとやってることがチグハグですわ!」

「俺は新しい目的が出来た! お嬢様と! いや、お嬢様たちと一緒に組織を作る!! その名も、『新・時空自警団』だ!」

「それは素敵ですわね。では何故観念しませんの?」

「俺はその組織のリーダーになるからだ! だからそのために、一番強くなくちゃならない!」


 みんなを率いて、みんなを守れるリーダーになるために!


「なるほど。要するに、今すぐにでも強くなりたいと」

「そうだ。それに、最初の仲間に勝てる実力がなくちゃ、リーダーは務まらないだろ?」

「そうですわね。最初の仲間、ですか……」

「不満か?」

「いえ! いまはそれでいいですわ!」

「いまはそれでいい……? そうか! つまり、お嬢様はこういうことが言いたいんだな?」

「ど、どういうことですの!?」

「サブリーダーになりたいんだろ!」

「……どういうことですの?」

「隠すなって! 俺とお嬢様の仲だろ? 俺を倒したら認めてやるよ。特別に、横たわるのもカウントしてやる」

「わかりましたわ! ではサブリーダーの権限で、絶対にトキマさんを倒してみせますわ!」

「面白い! やってみろ!」

「では……!」


 そう言うと、お嬢様は一瞬で消え去ってしまった。

 お嬢様のヤツ、数日前より速くなってやがる。

 あの発言は伊達じゃないってことか。

 でも、俺だって強くなった筈だ。

 俺は体温を感じることに集中する。

 長期戦は不利だが、集中する時間を作ったのは、お嬢様からしたら失敗だっただろう。

 俺の身体は自分の体温が低いことに気付き、だんだんと集中力が増していった。


「来た来た来たぁ!」


 会話している間も、ずっと右手の血は滴り落ちていたんだ!

 よって、十分に体温は低くなっていた。

 そしてだんだん、世界が遅くなって来る。


「いくぞ、お嬢様!」


 俺は、現在居る階である、二階の廊下を走り回る。

 どこだ……? どこにいる!?

 キョロキョロと部屋や廊下を見て回るが、一向にお嬢様の居場所は掴めない。

 一瞬で居なくなったのは、どういうトリックなんだ?

 俺は考える。

 そして、すぐに思い付く。


「……わかったぞ! お嬢様の居場所が!」


 思考時間は十秒にも満たなかっただろう。

 思考速度も速くなってるからだ。

 まず前提として、昔に戻ったというのは考えられない。

 予備動作無しで移動することは、あのスバルさんですら出来ない筈だ。

 次に、どこに行ったのか。外に行った……という線はなくもない。

 だが、その可能性も低いだろう。一瞬でどうやって移動するというのだ。

 大事なのは、この施設が横ではなく縦に伸びている点と、天井の壁がない点だ。

 おそらくだが、社長が施設の敷地を広く使うための構造なのだろう。

 よって、考えられるのは……!


「上か下だな!」


 だけど、下に下りる時間はなかった筈だ。

 この施設にはフェンスがある。

 一気に飛び越えたと仮定しても、対空時間を考えると、上しかない。

 おそらく、ワイヤーか何かか……?

 伸縮が速いワイヤーというのが、無難な発想だろう。

 社長はそういう道具を発明を開発するのが大好きだからな。

 俺は階段を上り、再び施設内を走り回る。

 部屋どころか、廊下の隅々まで見渡した。

 そして、遂にお嬢様を見つけ出す。


「見つけたぞ! お嬢様!」

「み、見つかってしまいましたわ……!」


 お嬢様は、四階のトイレの前にいた。

 おそらく、中に隠れるつもりだったのだろう。

 俺は男だから、女子トイレには絶対に入れないしな。

 だが、それより前に見つかってしまった……、といったところか。

 ……ワイヤーのトリックは、わかってしまえば簡単だ。

 バレてしまえば、移動するのが、一瞬で気付かれてしまうからな。


「観念しろ! お嬢様!」


 俺はお嬢様にタックルをかます。


「ぐっ……!」

「捕まえた!」


 お嬢様は観念したのか、動かなくなった。

 俺は、お嬢様の服の左ポケットをまさぐる。


「えーと……、あった! 血のケース!」

「まいりましたわ……」

「ああ。俺も楽しかったぜ」


 こうして俺は注射器型のケースで、人工血液を注入する。

 だけど、血液を入れている途中でフラッと来て、俺はフェンスから落ちそうになってしまう。


「しまっ……」

「危ないですわ!」


 お嬢様が俺を掴み、力任せにフェンスと逆方向へと俺を投げつけた。

 だがその代償に、お嬢様がフェンスから落ちてしまう。


「馬鹿野郎!」


 俺は最後の力を振り絞り、お嬢様の落下する位置や速度を計算した。


「あそこの場所からして、フェンスを蹴って高速移動すれば……!」


 よし、予測完了! あとは行動するだけだ。

 絶対に助けてやるからな!


「……お嬢様ぁ!!」

「トキマさん!」


 俺はまず、フェンスを蹴り横に一往復し、加速する。

 そして、速度が乗ってきたところで、お嬢様をキャッチ。

 ……といっても、キャッチと言うには些か乱暴だけどな。


「うっ……」

「悪いな、お嬢様! ほら、加速してるから……」

「い、いえ……!」


 あとは降りながらフェンスを二回蹴って上がるだけだ。


「一……、二……! ふぅ、危なかったな!」


 俺たちは無事、施設の三階へと到着した。

 蹴り上げる位置、角度、力、そして速度。

 何が欠けても駄目だっただろう。


「トキマさん! ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした!」

「いいって。気にすんな!」

「いえ、普通にワイヤーで戻れたのですわ……」

「先に言えよ! つーか、それなら予備動作で分かるような……」

「いえ、やろうとしましたわ! でも、落下の恐怖で身体が萎縮してしまって……」

「なら、助けられてよかったな!」

「でもご迷惑を……」

「気にすんなって! じゃあ、疲れたから寝ることにする! またな!」

「はい!」


 階段を下りようと廊下を歩いていると、後ろからお嬢様がべったりと付いてくる。

 ……何がしたいんだ?

 その後、俺は元の部屋へ戻り、ベッドへと横たわった。

 部屋の中には誰もいなかった。

 そして、お嬢様が突然、こんなことをのたまった。


「やりましたわー!」

「……何をだよ?」

「無事、トキマさんを倒しましたわ! 横たわる……でも良かったのですわよね?」

「し、しまった! つーかそんなの、語弊があるだろ!」

「なんとでも仰ってくださいまし! これでわたくしが、サブリーダーですわ!」

「……わかったよ。お嬢様がサブリーダーだ」

「ええ。ではサブリーダーの権限で、わたくしと一緒に寝て下さいまし!」

「は?」


 お嬢様が添い寝してきたので、俺はベッドの上で必死に後ずさる。

 だけど、お嬢様はずりずりと近づいてきた。


「く、来るなよ!」

「いいじゃありませんか。わたくしとトキマさんの仲ですもの」

「なんだよその言い方!」

「トキマ君、寝ているかね? む?」


 俺が困っていると、社長がやって来た。


「何をやっとるんだ君たちは……?」

「わたくしたち、仲良くなりましたの!」

「その通りだけど、その言い方だと語弊があるだろ!」

「まあいい。仕事に支障をきたさんようにな」

「何もよくない! 勝手に納得しないで下さい!」

「照れなくてもよろしいじゃありませんか」

「俺は照れてない!」

「仲が良いな君たちは」

「それは……、そうですね」

「そこは否定しないんですのね。可愛いですわ」

「俺が……、可愛い……?」

「はい! とっても!」


 生まれて初めて言われたぞ、そんな台詞……。


「じゃあ俺は寝るから、お嬢様はふざけてないでそろそろどいてくれ」

「嫌ですわ! わたくしもご一緒させて下さい」

「社長……!」

「マーガレット君? 君も暇じゃないだろう?」

「あっ、そうでしたわ! じゃあ、お休みを取りますわ」

「正直そんな暇はないのだが……、まあいい。それじゃあな。マーガレット君に、トキマ君」


 普段役に立つのに、こういうときに限って役に立たないな。

 内心社長に腹を立てたが、どうにも眠い。

 俺は覚悟を決めた。

 ……というか、お嬢様に根負けした。


「それじゃあ、おやすみ。二人とも」

「おやすみなさい」

「仕方ない。今回だけ特別だからな! マジで覚えとけよ!」

「ありがとうございます、トキマさん! 初めての添い寝、一生忘れませんわ!」

「そういう意味じゃない! ぐっ……」


 そうして俺は、気絶するように眠った。

 この後、俺たちがどういう関係なのか、顔見知りの人たちに度々聞かれるようになるが、それはまた別のお話。

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