チャプター10 約束
照和50年5月某日。
小学五年生になった雪子には、手遅れになる前に、どうしてもやっておかなければならないことがあった。
例によって少し先の未来を見ておいたので、そろそろ父に一言告げなくてはならないのだ。
今日は日曜日。
うまい具合に、母の恵は妹の香子と一緒に、本郷駅前のスーパーへ買い物に出かけたところだ。
そしてまだ5才の由理子は、子供部屋でお昼寝中だ。
リビングのソファーでは、珍しく父の英二が起きて新聞を読んでいる。
雪子は、父の隣にそっと座ると話しかけた。
「ねえ、お父さん、ちょっとだけ話を聞いてくれる?」
「なんだい?」
新聞から目を離さずに答える父。
「大事な話なの。ちゃんとこっちを見て。」
父は新聞を閉じた。
「何かな?」
「私は今までに色々とお父さんにイイことを教えてあげたよね?」
英二は、パチンコ店のことや競馬のことや株の売買のことなどを思い出す。
「そう…だな。うん、確かにそうだ。」
「だから今から言うことも、ちゃんと守って欲しいの。」
「わかった。言ってごらん。」
「お酒を飲んだら、絶対にクルマの運転はしないで!」
雪子はできるだけ真剣な顔で言った。
適当な返事はさせないという覚悟を、父に見せたかったのだ。
「わかった。雪子の言うとおりにする。」
父はちゃんと真剣な顔で素直に返事をした。
雪子はやや拍子抜けした気分だったが、そもそも素面の父は頭脳明晰なのだ。
彼が、ここで「うん」と言わないわけは無かった。
「問題は実際に酒を飲んでからだな」と、あらためて雪子は考えるのだった。




